1-6
朱里の問い掛けに、ルーファスはにこりと笑った。その笑顔はとても華やかで。思わず見惚れてしまいそうになる。
確かにユディファルが言っていたとおり、ルーファス王子は容姿端麗で、そのうえとても優しそうな雰囲気を持っている人だった。
「とつぜん呼び出してしまってごめんね。異邦人ではない憑依者というのがとても興味深くて」
ルーファスはゆったりと階段を降りながら、朱里が居る方へと近づいてくる。
ただ歩いている姿すら優雅に見えるのだから、やっぱり王族は違うなと思わず感心してしまう。
こちらを見つめるやわらかな薄藤色の瞳がさらにその印象を際立てた。
「
ルーファスは朱里の前にたどり着くと、穏やかそうな笑顔のままでそう呼びかけた。
「 ―― っ!」
シュリーでもなく、アシュリーでもない。一番最初にリヴァーに問われて応えただけの『大江朱里』という姓名をしっかりと呼ばれて、朱里はぎくりと身体をこわばらせた。
そういえば以前、リヴァーが『ルーファス王子は異世界からの転生者だ』と言っていなかったか?
もし彼の前世というのが自分のいた場所と同じならば。大江朱里なんて聞けば、すぐに
朱里に会いたいと思ったのも、異邦人のくせに『異邦人ではない憑依者』として振舞っている自分を確認したかったからなのかもしれない。
「……はい。そう、です」
おずおずとルーファスの顔を見つめると、彼は小さな子供のいたずらを見つけた保育士のように軽く目を細め、ふふっと笑った。
―― やっぱりばれている。
ルーファスの表情にそう確信しつつ、朱里はどうするべきか迷った。
自分から白状するべきなのか。それともとりあえず、知らない振りをしていた方がいいものか。
「こんなところで話しているのも無粋だね。お茶でものみながら話そうか」
薄藤色の瞳がやんわりと笑んで、朱里に、そして両脇に佇む二人の青年を順番に見やる。
「ユディファル、シュリー嬢をテラスにご案内して。私はちょっとだけ用事を済ませてからそちらに向かうから」
最後に向けた視線の先に指示を出すと、ルーファスはそのまま三人の横を通り過ぎ、ゆったりとした歩調で廊下の奥へと歩いていった。
「……俺、なんの挨拶もしなかったけど、大丈夫か?」
あっけにとられたように、ディアスは王子が消え去った廊下を見やる。これでも一応は王国民としての礼儀はわきまえているつもりだ。
ただ、あまりに気さくで軽やかな雰囲気で、礼を取る機を逃してしまったのだ。
「かまわない。この場所では一切の礼は不要と言われているからな。ここでは王族であることを忘れて、気楽に平民のように過ごしたいそうだ」
だから護衛もメイドもこの屋敷には居ない。
もちろん、この別邸の周辺には気付かれないよう護衛を配置しているが、それは暗黙の了解というものだった。
ユディファルは苦笑するように説明しつつ、ディアスと同じくルーファスが消えた先に目を向ける。
「おそらく用事というのも、ご自身でシュリー嬢にお茶を淹れるためだ」
「えっ! て、手伝わなくていいの?」
思わず朱里は目を見開いた。一国の王子が手ずから客人にお茶を用意するだなんて、聞いたこともない。
王侯貴族ともなれば、上げ膳据え膳で何もかも他人にやってもらうのが普通じゃないかと思うのだ。
「あの方のご趣味だからな。王宮ではさすがに出来ないが、ここでなら好きに行動なされるのも良い」
朱里に向けられた月光のようなユディファルの瞳には、どこか不思議な彩が浮かんでいるように見えた。
「変わった王子様だな」
「……変わられた、といった方が良いな」
ちらりとディアスを見て淡々と応えつつ、ユディファルは朱里をテラスに先導するように廊下を進む。
「あ、前世の記憶を思い出したから、そっちの趣味も出てきたってことですか?」
歩調を自分に合わせてゆっくりと進んでくれるユディファルの背中に、朱里は思いついたように訊いてみた。
以前リヴァーの説明では、ルーファス王子は落馬した後に前世の記憶を思い出したと言っていた気がする。
両方の記憶があるというのは、いったいどういう感覚なのか想像もつかなかった。
「 ―― 殿下が転生者ということは、リヴァー・シアーズに聞いたのか?」
ゆったりと歩きながら、ユディファルは肩越しに振りかえった。
「え? あ……はい」
一瞬、口にしてはいけないことだったのかと思ったが、特に怒っているようにも見えなかったので、朱里はほっと息をついて頷いた。
「私も当事者だから、状況を知っておいた方が良いだろうって」
「確かにそうだな。だが、あまり軽々しく口にしないように」
銀色の瞳をほんの少し強め、言い聞かせるように朱里を見る。
先ほどの街中でもそうだったが、ディアスもこの少女も、機密に関する配慮が少し足りないとユディファルは思った。
「……そうですよね。ごめんなさい」
さすがにこのことを気軽に口に出し過ぎたと朱里は反省した。
「まあ、ここでは構わないが」
軽く笑むように目を細め、そうしてちょうど目的の場所にたどり着いたのか、大きな扉の前で立ち止まる。
すっと手を伸ばして扉を開くと、さあっと目映い光が目の前に広がった。
そこは大きなリビングのようで、ゆったりと寛げそうな大きいソファーと、繊細な彫りで彩られたテーブルが置かれている。
扉と反対側の壁は一面が窓になっていて、外の湖がよく見えた。
窓の向こうには、ルーファスが言っていただろうテラスがあり、そこには二人掛けにちょうど良さそうな小さなテーブルに白いパラソルが掛けられていた。
琥珀の月が満ちるまで 雪乃 @snow_snow0630
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