1-5

「俺も一緒に行かせて貰うぞ。シュリーの監視役兼護衛なんだ」

 空色の瞳に剣呑さを宿し、ディアスはユディファルをじっと見た。

 もちろん、第二王子に会うのが駄目だとか危ないとか思っているわけではない。ただ、リヴァーがいない時を狙ってきたというのがどうしても気に食わなかった。


「俺にも、リヴァーからシュリーを預かってる責任があるんだからな」

「その役目は、今日は俺が引き継ごう」

 ユディファルはあっさりと言葉を返す。

 その銀色の眼差しは夜空に浮かぶ月のように静かすぎて、少しだけ冷えた光を放っているようにも見えた。


「冗談だろ。そんなことしたら、俺がリヴァーに殺されるって」

 朱里を隠すように一歩前に出て、ディアスはにやりと笑ってみせる。

 このまま朱里だけ行かせてしまっては、あとでリヴァーに何を言われるか分かったものじゃないし、自分自身でも許せなかった。


「…………」

 ほんの数秒、互いに互いの心中を推し量るように目を合わせる。

 ぴんと張りつめたようなその空気に、朱里ははらはらしながら、目の前のディアスの広い背中と、ユディファルの静かな銀の瞳を交互に見た。


「……仕方ないな」

 先に折れたのは意外にもユディファルの方だった。


「だが、さすがに殿下とシュリー嬢がお会いする場では遠慮をしてもらうぞ」

 まったく引きそうにないディアスに、黒髪の青年は軽くため息をつくように苦笑を刻む。

 不意打ちのように彼女を迎えに来たのは確かなので、そのくらいは譲歩しても構わないだろうと思った。

 あとでリヴァー・シアーズからも責められるだろうが、そこは甘んじて受けるしかない。


「ふん。それは、その時の雰囲気にもよるけどな」

 ディアスはぷいと横を向いて、ユディファルの言葉にそう安易に従う気はないのだということを示す。

 それが自分のことを心配してなのだと分かってはいたけれど、朱里は思わず制止するようにディアスの腕を取った。

 こんなことで仲がこじれて、に始まるはずの「水底のレイラ」の物語で互いの協力関係に影響があったら困るし、そうでなくとも、こんなことで争う必要はないと思うのだ。


「ディアス、大丈夫だよ。一国の王子様に会うなんて緊張するけど、めったにない経験だしね。ちょっと楽しみでもあるもん」

 やや殺伐となった空気を振り払うように、朱里はあえて軽い口調でそう言った。


 ユディファルのは、原作を知っている朱里にはよく分かっていたので、彼が関わっているならとくに悪いこともないだろうと、そこに不安はなかった。


「シュリーがそう言うなら、まあいいけどさ……」

 少しだけ不満そうに朱里を見やり、ディアスは気を紛らわせるように短く刈られた赤毛をがしがしと掻いた。

 

「 ―― 殿下はお優しいからそんな気負う必要はない。それに、とても姿な御方でもあるからな。シュリー嬢のお気に召すのではないか?」

 少し考えるように俯きながら、ユディファルはそんなことを言う。

 を言っているわけでもなさそうなそのに、思わず朱里は目を見張り、そうして大きなため息をついた。


「……いやいやいやいや。顔は関係ないから」

 さっきの『顔が云々』の一件で、どうやら朱里はイケメン好きだと思われてしまったらしいと気が付いて、慌てて反論する。

 もちろん美形は好きだけど、だからといって顔だけで人を判断するわけではない。


 しかしさっきの会話でそう判断したということは、ユディファルは姿と自覚しているということでもある。

「それは、ちょっと意外かも……」

 それがなんだか可笑しくて、朱里はこらえきれないように肩を大きく揺らし、声を上げて笑った。


「では、行こうか」

 通りの脇に停められていた馬車へといざなうように、ユディファルは朱里に軽く手を差し延べる。

 その際にちらりと一瞬だけ見せた楽しそうな笑みに、さっきの言葉はやはりだったのかもしれないと朱里は思い直す。

 あんな真顔で冗談を言うユディファルはやっぱりよく分からない人だと、改めてそう思いつつ、朱里はその手をとって馬車に乗り込んだ。

 

 *****


 しばらく馬車に乗ってたどり着いたのは、静かな湖畔に建てられた別荘のような場所だった。

 あまり大きな建物ではないが、白い外壁に周囲の樹木みどりと湖の青がよく映えて、見ているだけで心が洗われるように美しい景観。

 王宮のある首都に向かうとばかり思っていたのだが、朱里たちの住む街と首都との中間あたりにあるこの場所なら、確かに夕刻までに帰ることもできるだろう。


「ここは、ルーファス王子が時おり骨休めなどに使われている別宮だ。王宮ではシュリー嬢の気が休まらないだろうと、こちらをご指示された」

 ユディファルはとくに大事おおごとでもないようにあっさりそう言うと、何の取次もなしに建物の中へと入っていく。

 それを咎める存在も、この場所には皆無のようだった。


 一国の王子に会うということで、もっとこう、警備とかを想像していた朱里には、おおいに肩透かしもいいところだ。


「王子さまって、こんなに気安く会えていいものなの?」

 思わず隣を歩くディアスを見上げつつ、いてみる。


「……まあ、ルーファス王子は継嗣じゃないから、そこまで厳しくないのかもな。王太子に会うのはけっこう大変らしいから」

 ディアスは苦笑しつつ、そう答えた。

 以前、リヴァーがなかなか会えないのことを愚痴っていたのを思い出す。

 やはり王太子と第二王子では、その立場や責任も大きく違うのだろう。


「私は、自由に動くのが好きなんだ」


「 ―― えっ?」

 ふと上の方から聞き覚えのない柔らかな声音が聞こえて、朱里はパッとそちらに顔を向けた。


 入口から少し離れた場所にある階段の踊り場に、二十歳はたち前後かと思う青年が穏やかそうな薄藤色の瞳を笑ませ、にこやかに立っていた。

 踊り場に備えられた大きな窓から差し込む陽の光に照らされて、銀色にも見える淡い金の髪プラチナブロンドが肩の少し上でゆらゆらと揺れる様子が美しかった。


「……ルーファス王子?」

 一見するとシンプルにも見えるその服装が、実はかなり凝った織りの高価な衣装なのだということが朱里にも分かる。

 ディアスやユディファルが身に着けている衣服ものもかなり上質ではあるはずなのに、それが霞んで見えるような衣装がよく似合っていた。

 そんなものを身に着けられるのは、王族としか考えられなかった。

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