後編
今日も残業をして帰ってきた父と、母と私の三人で食卓を囲む。父が学校での出来事を尋ね、私が曖昧な返事を返す。毎日その繰り返しだ。本当のことなど言えるわけないのだから。私は適当な話をでっち上げる。
本当は話の真意なんて本当はどうでもいいのだろう。子供が学校楽しいよ、と言えば親は満足する。それでおしまい。最初こそ親に噓をつくことに対し、罪悪感こそ覚えていたがもう慣れてしまった。
食事を終え二階の自室に戻ると、私はノートパソコンを起動し、オカルト掲示板を開いた。二十一時前くらいだからだろうか、普段に比べて住民の人数が多く感じた。私は普段からあまり書き込まないタイプの住民の為、取り合えず一時間前のログから読んでいく。
どうやらNavと名乗る新人の住民が掲示板に書き込んだ怪談話が火種となって、盛り上がっている様だった。一部の住民はありきたりな内容だと切り捨て、一部の住民は"こっくりさん"みたいな自身が体験者になれる話だったため、実践している様子をYourTubeで放送しようと盛り上がっていた。
そう、自身が体験者になれる。それはどういうことか。Navが語ったその怪談は一言で言ってしまうと、自分と鏡の中の自分が入れ替わる方法だった。私は掲示板をスクロールしながら、鏡の中の自分と入れ替わる方法を熟読する。
時刻は二十三時過ぎ、既に私は夢の中にいた。鏡の中の自分と入れ替わる方法を熟読した後、その内容をノートに書き起こしてから眠りに着いた。普段であれば、そのままネットに落ちている怪談話を漁りに行き、母に早く寝るように促されてからやっと寝るための支度をする。そのためいつも寝るのは日付が変わった頃だ。
深夜三時。スマートフォンのアラームが鳴り響き、私は夢から覚醒する。と同時に反射的にアラームを止め、こんな時間に鳴った理由を思い出そうとする。数分布団の中で考えた後その理由を思い出し、Navが書き込んだ鏡の中の自分と入れ替わる方法を写したノートを持参し、一階の祖母の和室へ向かう。
今、私は亡き祖母の和室で、遺品の一つである姿見の前に立っていた。大きな姿見から布を取り外し、和室の畳にたたんで丁寧に置く。そして私はNavの指示通り、ある"手遊び"を鏡の前でしてみた。が何も起こらない。当たり前と言っては当たり前かもしれない。鏡の前で手遊びをするだけで、摩訶不思議な現象が起きるなら既に経験している人も多そうなものだ。
しかし一連の動作を完了した私はあることに気がついた。それはこっくりさんやタロットカードを実践してきた私に身に着いた、ある種の霊感による直観だったのかもしれない。理由はどうあれ、私は再度手遊びの動作を思い出す。
手遊びの途中に、手を前に差し出す動作がある。先ほどは姿見に当たらぬように、控えめに手を突き出した。しかしもし思いっきり突き出したらどうなるだろう。普通なら姿見が押されて倒れる。しかしこれは鏡の中の自分と入れ替わる方法……
この時、根拠のない自信が私を動かしていた。その自信は私の直観が正しいと、全肯定している様で。それは起きた。私が姿見に手を思いっきり突き出すと、何の抵抗もなく手が姿見の鏡面に入っていった。次の瞬間、私は引きずり込まれるように鏡の中へ吸い込まれていった。
いつの間に気を失っていたのだろうか。目が覚めると目の前に私がいた。しかし目の前の私は不敵に笑っていて、片手に姿見に掛けていた布を持っていた。布を持っていた私は布を大きく広げ、姿見に掛ける。すると私の視界は遮られてしまった。どうやら本当に入れ替わってしまったらしい。そう気づいたのは目の前にいた私、つまり偽物の私が姿見に布を掛けてからだった。
こういう時、人は恐怖に支配されパニックに陥る。あの偽物の私の不敵な笑みが脳裏によぎり、どことなく私を不快な気分にさせる。あの笑みは明らかに入れ替わった私に対するもので、今頃自由になれた高揚感に浸っていることだろう。
考えるだけでゾッとする事実に、私はその後に待ち受けているであろう偽物の私の末路を思い描き、入れ替わった私に負けないくらいの不敵な笑みを浮かべた。
数日後、私が自殺した。飛び降り自殺だったらしい。らしいというのはリビングにある鏡を通して、両親の会話を盗み聞きしたからだ。どうやら偽物の私は学校でのいじめに耐えれなかったようだ。私が何故、鏡の中の自分と入れる方法を実践したのか。好奇心?違う違う。自宅と学校、それが学生に許された世界であり居場所だ。その両方に居場所を見いだせなかった私は、ただつらい日々を過ごす。なら賭けてみよう。非日常の世界に。旅立とう、鏡の中の世界に。そう思ったっだけだ。もし誰かがいじめの身代わりになってくれるなら。もしNavの語った鏡の噂が事実なら?入れ変った偽物の私が、その身代わりになってくれるに違いない。
偽物の私、世間の認識では本物の私、琴瀬 加奈の自殺から二ヶ月経った現在。鏡の中にいる私は両親によって姿見ごと捨てられるところだった。どうやら姿見に映る私を、子供の自殺のショックからくる幻覚だと決めつけ、娘の姿を映す姿見を処分することにした様だ。鏡を通して色んなところの音こそ聞けるが、まだ鏡の世界に不慣れな私は、祖母の遺品の姿見の領域から動けずにいた。どうやら本物の私もこれまでの様だ。どちらにしろ短い人生だった。だが後悔はない。怪異とは言え、他人を掌で躍らせた感覚、自分の思い通りに動かすという経験は本当に気持ちの良いものだった。
了
鏡の中の私 城島まひる @ubb1756
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