鏡の中の私

城島まひる

前編

オカルト好きな面と内気な性格が災いし、学校でもいじめのターゲットになっていた私は、ある奇妙な噂にハマっていた。

オカルトに入り浸っている間は内気な自分が消え、非日常の世界に生きるもう一人の自分が開花している気がしたからだ。勿論それが現実逃避ということに私自身気づいていた。しかし学校でのいじめという現実から目を逸らすには、それしかなかったのだ。そう……あの噂を聞くまでは。

いつも通り陰湿ないじめを受け、日に日にスカレーとするいじめにうんざりしながら帰路に着く。家につけばネットを通して知り合ったオカルト好きたちと、掲示板で談笑できるという唯一の楽しみのため、通学路を外れ人気の少ない道を早足で通り過ぎる。

途中空き家が目立つ住宅街に差し掛かり、つい最近この付近でクラスメイトの男子が失踪したことを思い出す。彼が失踪したその日の朝、驚くことに私は彼と言葉を交わしていた。

「なあ何か面白いオバケとかいねぇーの?」

「お、オバケですか?」

普段話さないにも関わらずグイグイくる彼に私は戸惑った。

「俺さオバケ捕まえて、皆なに自慢したいんだ。だから何か教えてくれよ、オバケの名前とか特徴」

お前そういうの詳しいだろ、と言われいつになく上機嫌になった私は、ある住宅街に人面犬が出現するという噂を教えてあげた。彼は大変喜び早速、帰宅後探してみると言っていた。そして彼は失踪。最初こそ驚いたものの、人面犬が人を襲うなど聞いたことが無かったため、自分の責任ではないだろうと結論づけた。

無論、実は人面犬には人を襲う性質があり、これまで犠牲になった人たちの中に誰一人として、生存者がいなかった可能性もあるが……考えすぎだろうか?

それにそれがもし真実だとしたら、彼の死に関する責任の所在が、私にある気がして敢えて考えないようにした。

そんな恐ろしい閑静な住宅街を通り過ぎ、商店街に入るとやっと見えてきた赤い屋根に安堵の息を漏らす。家を建てるとき、母が父に頼み込んで家の屋根を赤にしてもらったのだ。正直、私は悪目立ちするから好きではないが。

家の前まで来るとランドセルから家の鍵を取り出す。両親は共働きのため、私が帰っても誰もいない。しかし祖母が亡くなってからか、時々誰もいない筈の家内から人の気配がすることがある。私はそれを死んだ祖母だと根拠なく結論づけている。というのもどうやら父と母には気配が感じ取れないらしく、いつか話したときもまともに取り合ってもらえなかった。

靴を脱ぎ家に上がると、背後に気配を感じた。その気配は私が振り返るのを待っているのか、一向に動こうとせずそこに立ち続けている。

玄関のドア上のすりガラスから夕日のオレンジ色の光が差し込む。ふとちらりと足元を見ると、床に二つの人影が伸びていることに気づいた。やはり気配の主は私の背後に陣取っている様で、動こうとする気配がない。

どれ程そうしていただろうか。夕日が沈み、オレンジ色の光が差し込まなくなった玄関で、私はいまだ硬直していた。それはまた背後の気配も同じであった。

しかし遂にしびれを切らしたのか、気配の主はやっと私の許から離れ、家の奥へ続く廊下へ進んでいった。私は気配が廊下を曲がったあたりで、急いで玄関から二階に続く階段を駆け上った。

自分の部屋に入り、ランドセルをベットの上に放り投げる。そしてノートパソコンを起動し、興奮冷めやらぬ私はオカルト好きたちの集う掲示板に、今体験した内容を書き込んだ。

投稿を終え、掲示板の住民たちの反応は後で確認しようとノートパソコンを閉じた。私は席を立ち、ランドセルから給食セットを取り出すと、そのまま一階に降りていった。

台所にたどり着き、給食セットを洗っていると廊下から気配を感じる。私は気づかないフリをして、給食セットを洗い終えるとテレビを付けた。


いつに間に眠っていたのだろうか。日は完全に落ち、辺り暗くなっていた。私は横になっていたソファーから身体を起こすと、すぐ側に例の気配がいることに気づいた。私は半分寝たままの意識で、気づけばその気配の手を握っていた。

気配はゆっくりと私の手を引き、ソファーから降ろすと今は亡き祖母の和室まで連れて行かれた。気配は祖母の遺品である姿見を指して、そのまま動かなくなる。私の手も開放されていた。

私は鏡と気配の主である黒い人影を交互に見やった後、姿見に近づいた。そして姿見に掛かっている布を手に取り思いっきり引っ張った──────

「ちょっと加奈、おばあちゃんの和室で寝てたら風邪ひくよ」

次の瞬間、私の目に映ったのは祖母の和室で寝ていた私を起こしにきた母の姿だった。私は数回瞬きを繰り返し、何故自分が祖母の和室で寝ているのか疑問に思った。

姿見を見たが掛かっている布が退かされた跡はなく、布はホコリを被っていた。

「まったく寝るのは良いけど、給食セットはちゃんと洗ってよ」

えっ?と思わず漏らしてしまった。給食セットは掲示板に体験談を書き込んだ後に、洗って干した筈だ。どうなっているんだ。私は飛び起きて急いで二階に上がると、自室のノートパソコンで掲示板を確認する。

「投稿されてない……」

帰宅してから投稿した筈の体験談。それは掲示板のどこを探しても無かった。削除された?わざわざそんなことする輩がいるだろうか。私はどこか薄ら寒いものを感じながら、から給食セットを取り出して一階に降りた。

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