腕時計を買いまして ⌚

上月くるを

腕時計を買いまして ⌚



 ある日とつぜん魔法のように出現した携帯電話がスマホに取って代わられてから、時代遅れの別称としてのアナログの際たる腕時計は無用の長物になっていた、はず。


 なのに、にわかに、あのレトロな文字盤が恋しくなり、夢にまで見るようになり、迷いに迷ったあげく、ついに買いました、おそらく人生最後になるソーラー腕時計。


 なぜって、第六感が鋭いあの子のところへ、無情なデジタルで行きたくないから。ちゃんと秒針を刻む腕時計を見せながら、その後のあれこれを話してやりたいから。


 もうすっかり待ちくたびれていると思うけど、さっさとそちらへ行けなかったのにはそれなりの事情があったんだってこと、きっと分かってくれると思うの、あの子。



      ****



 駅ビル内のテナント店に行ってみると、息子か孫のように若い店長さんがいてね。

 ヒヤカシ客と見たのか当初は気のない応接だったけど、途中から本気になってね、「お客さまのお肌にはこの色がお似合い」なんてホストみたいなこと言うの。(笑)


 腕の内側なんて他人様に見せる部位じゃないから、なんだかゾワッとしちゃった。

 しかもその人の手首には、厄除けらしき石のブレスレットが何連もじゃらじゃら。

 いやはやこれはこれは……怖気づいたけど、腕時計には罪がないからね~。(笑)


 これから若返るなど絶対にないから(笑)、女性っぽい甘いデザインは断固却下。

 それならばと見せてくれたのは、チャコールグレーを基調にしたシックな逸品で、縁取りに控えめなピンクゴールドが配され、精緻な文字盤には細密な幾何学もよう。


 ひと目で気に入ったので嵌めてみると、ホスト風の店長さんのお世辞どおり(笑)所有予定者の肌と同系色だったので誂えたように収まりがよく、節約家のわたし的には少し贅沢だったけど、こういうときの一点豪華主義だよと、国産品に即決したの。



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 10年か20年後……ううん、ひょっとしたらもっと早い時期かも知れないけど、家か施設か病院かのベッドに臥して、痩せた左手を眺めている自分が思い浮かぶわ。


 いいえ、ちっとも悲しくなんてないわ。😊

 むしろ、先に待っている状況が楽しみ。🤩


 そうそう、そのときまで1秒もズレずに正確な時間を刻みつづけてくれるように、若い店長さんに念を押された「定期的な太陽充電」を心がけるようにしなきゃあね。



     ****



 誕生日ごとに書きあらためている遺言どおり、無為な延命治療を上手に回避できたわたしは、無用な苦痛から解き放たれ、やすらかな心持ちで彼の国へと旅立つはず。


そして、仲良しの犬仲間たちと待っているあの子に再会するのよ!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

 

 ――かあさん、その腕時計、すてきだね!⌚

   かあさんにぴったり、よく似合うよ!🐕 


 そう言いながらもあの子のことだから、こちらでは行き会うみなさんから「カッコいい」と褒めていただいた長い脚をピョンピョンさせながら「それにしてもずいぶん遅かったね、いままでなにやってたのさ」と頭突きを食らわしてくるだろうね。😊

 

 それからふたりはずっと一緒。

 未来永劫に一緒なの。🐶👵

 

 


 

 

 




 


 

 


 


 

 


 

 

 


 

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