Epilogue

 ――ああ、でも。最後に少しだけ、現在の話を付け加えておくと。

 私と和奈は無事に第一志望に合格し、無事に大学生の身分となった。学校は別々だけど同じ東京の大学ということもあり、今でもちょくちょく顔を合わせる仲ではある。というか、つい昨日会ったばかりだったりする。一限に出るのが辛いと真剣に嘆くので、「じゃあ東京でシェアハウスでもする?」と冗談半分に持ちかけてみたりした。反応は良好だった。「ちょっと部屋探してみる」と言っていたけど、あれは本気だったのだろうか。怖くて未だに確認できていない。

 ……訊いてみたほうがいいのかな。でも、「え、冗談じゃなかったの?」とか返されたら、恥ずかしいどころの話じゃないし。どうしよう。

 ああいや、そんな私事はどうでもいいか。閑話休題。ここで語っておくべきは、習女が悲願の全国大会出場を成し遂げたというビッグニュースの方だろう。落ちた強豪の捲土重来というそれらしい背景も相まって、地元じゃそこそこ話題になった。ローカルのテレビ局がインタビューに来て、午後のニュース番組で特集されたりもした。五分足らずの短い内容ではあったけど、見覚えのある人物や教室をテレビ越しに眺めるというのは中々に新鮮な体験だった。

 支部大会での演奏、練習風景、顧問や部長へのインタビュアーなどを経て、特集の最後に流れたのが練習後の部員に対するインタビューだった。

 画面の中でキャスターからマイクを向けられているのは、長い黒髪のよく似合う三年生。凛とした顔立ちで、カメラを前にしても怖気づく様子は見られなかった。

「見事に全国大会出場を果たしたわけですが、練習は大変でしたよね。何がモチベーションになったんですか?」

「不純な答えで恐縮ですけど、意趣返しですかね」

「意趣返し、ですか?」

「はい。私としては、自分の満足いく演奏ができればそれでいいってスタンスなんですけど、私の代は全国に行ったぞって自慢してやりたい先輩がいて。だから、意趣返しです」

「なるほどー。その先輩とは仲が良かったんですか?」

「正直、最初は嫌いでしたね。何もかもを最初から諦めてるような態度が、鼻持ちならなくて。最終的には、まあ、険悪ではなかったと思いますけど」

「そうだったんですねー。ええと、では最後に、放送を見てるかも知れないその先輩に一言お願いしまーす」

 え、とその子が微かに目を見開いた。若干戸惑っているのが見てわかった。おもしろ、と思う一方で、変に緊張してしまう自分もいた。私、何を言われるんだろう。

 画面の中で、そいつは一度咳払いをした。不本意そうに眉根を寄せると、まるでこちらの内心を見透かしたかのように、言うのだ。

「なに緊張してるのか知りませんけど、伝えることなんてありませんから。引きずってるとでも思ったら、ひどい思い上がりですからね」

 あまりに不躾な回答に、私は抱腹絶倒しそうになった。

 始まりから、エンドロールの向こう側に至るまで。

 徹頭徹尾、唯は唯でしかないらしい。

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ただの青春には、フルートと強がりしかなかった。 赤崎弥生 @akasaki_yayoi

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