第119話 祝いの品、先輩、閃き
あれから料理の事など一切頭に入らなくなってしまった俺は、相変わらずの呆れ顔をしたエリーに追い出されるように店を後にして、ぶらぶらと街を歩いていた。
当然、考えるのは一周年のお祝いの事だ。
「お祝い……お祝い、ねぇ……」
困ったことに、俺は人から祝われる事も、祝ったこともあまり無い。
いや、14の時に家を出るまでは誕生祝いなどしてもらった記憶はあるのだが、なにせ子供に対するお祝いだ。
確か普段よりも豪勢な食事が出たのと、10歳の誕生祝いにはグリフォンの羽を使った羽ペンを貰ったような気がする。
……そういやあの羽ペン、家に置いてきたんだったよなぁ。
それはともかく、家を飛び出してからこの方、女性といえば酒と肉があれば満足のアリアと、魔道具渡しておけば満足するヴィオラしか相手にしてこなかっただけに、女性へのプレゼントなど皆目見当もつかない。
「マリーの好きそうなもの……かぁ」
そういえばマリーの好みというのもあまり分っていないな。
マリーはあまり何が欲しいという事を言わない。
まぁ、二人で店を切り盛りし始めた頃はそれほど金銭的に余裕があったわけではないのでその辺を我慢していたところもあるのかもしれないが、あまり物を欲しがる性格でもないのだろう。
女性へのプレゼントと言えば宝石類なんかが定番らしいということは聞いたことがあるが、マリーは綺羅びやかなアクセサリー類などはあまり好まない風でもある。
うーーーん。
というか、良く考えれば店の一周年の記念ということなのだから、マリーだけではなくクロンやアリア、リミューンにも何かプレゼントした方がいいんじゃないだろうか。
……4人の好みに合致したプレゼント……だと……?
ダメだ、考えれば考えるほどドツボにはまっていく感が増していく。
こういう時は誰かに助言を求めるのが正しい行為なのだろうが、俺の知り合いにそういった話に詳しい人物など……。
と、一人でブツブツと呟きながらフラフラと歩いてた結果、ふと目の前に見知った看板が見えた。
そうか、そうだな。
彼ならばこういったアドバイスをくれるかもしれない。
一縷の望みを賭けて、天秤の両端に袋と女神が載せられている看板を掲げるその店の扉を開けた。
コロンという、走る子馬亭とは違ったドアベルの音が響き、店の奥にある小さなカウンターの奥で作業をしていた人が顔を上げる。
「おや、クラウスさん。珍しいですね」
「ど、どうも、アランさん」
少し驚いたような顔で俺を迎えてくれたのは、走る子馬亭に道具を卸してくれている道具屋のアランさん。
去年の雪解けの祭りの時からの付き合いで、この街では長い方になる。
ただ、俺からアランさんの店に顔を出したのは数える程。
走る子馬亭がほぼ休みなしだった事もあるが、仕事の話であれば大抵は納品の時に一緒に、とか、家族で食事に来た時に一緒に、といったことが多かったからだ。
改めて見ると店の大きさ自体はさほど大きくは無いが、品揃えは充実している。
卸して貰っているからすでにわかっては居るが、並べてある品物の品質もいいし、価格も良心的だ。
俺がカーネリアを拠点にした冒険者であれば間違いなくお気に入りの店になっていただろう。
さてどうやって切り出したものかと店内を見回していると、不意にアランさんの方から声をかけてくれた。
「その様子だと仕入れの話……ではなさそうですね」
「やっぱり、わかります?」
「明らかに挙動不審でしたよ」
こちらとしては不自然にならないように気をつけていたつもりだったのだが……人生の先輩には敵わないようだ。
完全に見抜かれていた事に少々の恥ずかしさを覚えながら、眠る穴熊亭でエリーと話したところから、掻い摘んで説明をすることに。
うまく要約出来たかはわからないが、アランさんは時折ウンウンと頷きながらこちらの話に耳を傾けてくれる。
「とまぁ、そういうわけでして」
「うん、なるほどね。状況はわかりましたよ」
とりあえず状況を伝えることは出来たようで一安心するも、話を聞いたアランさんが少し申し訳無さそうに眉を下げているのが見えて嫌な予感が膨らんできた。
「うーん……実を言うと、私とアカネも元冒険者だから、そういうことには疎いんですよねぇ」
「えっ!?」
嫌な予感は半分程あたっていたのだが、もう半分は予想外の答えが帰ってきた。
アランさんも冒険者だったのか……。
ランクとしては確かに俺の方が高いとはいえ、冒険者の先輩だったとはなぁ。
「まぁ冒険者といってもスチール級だったし、カズハがお腹に居ることに気づいてすぐに辞めてしまったから、冒険者としてはクラウスさんの方が上級者ですけど」
そう言ってハハと笑うアランさん。
聞けばアランさんとアカネさんは元々とあるパーティーに所属しており、そこから恋仲になったらしい。
今年15になるカズハちゃんが出来てからすぐ……ということはもう15,6年は前にやめているということになる。
俺が冒険者になったのが15年程前なので、丁度入れ違いになっていたということか。
アランさんの事を知らないわけだ。
しかしそうなると困った。
頼みの綱だったアランさんがそういった事に疎いとなると他に頼れる人物はかなり限られてくる。
マッケンリーやリカルドあたりは女性の扱いにも慣れていそうではあるが、商業ギルドのギルド長に次期領主では流石に住んでいる世界が違い過ぎる。
まぁ、共に相手の立場を考えられない人物ではないのでそれなりのアドバイスはもらえるかもしれないが、リカルドにはそう簡単に会えないし、マッケンリーに相談するのはなんというか、こう、癪である。
彼の事は別段嫌いではないが……なんとなく頼り難い。
出来ることなら彼に相談するのは最後の手段にしたい。
「じゃぁ、特別な日とかじゃなくてもいいです。何かアカネさんが喜んだ物とかありますか?」
「んー、そういうことならいくつかありますよ」
「是非教えて下さい!」
藁にも縋る気持ちでアランさんへと質問を投げると、なんとかヒントになりそうな話が聞けそうで思わず声が大きくなってしまう。
勢いに押されるように少しのけぞったアランさんがコホンと小さく咳払い。
少々前のめりになりすぎた体を戻すと、改めてアランさんが話し始めてくれた。
「えーっと、まずは赤い果実の塩漬けを見つけた時かな」
「食べ物、ですか」
特別な日ではないとなれば当然日常的な話になるので食べ物の話というのもありえるとは思っていたが、出てきた食べ物は特別豪華な物というものでもなさそうだった。
塩漬けと言えば基本は保存食。
あまり美味しいものとも思えないからだ。
「私もその時初めてみたんですけどね。どうやらフソウの伝統的な漬物らしくて、懐かしそうにしながら喜んでましたよ」
「あぁなるほど。故郷の物ですか」
それならば納得出来る。
アカネさんの故郷はフソウという島国らしいが、ここからは果てし無く遠い。
いくつもの国を渡り、巨大な山を超え、海を跨いだ先にあると言われている。
そんな遥か彼方にある故郷の食べ物を見つけられれば、それは嬉しいだろうな。
しかし
「マリーの故郷はここだからなぁ」
「そうですねぇ。これはあまり参考にならないかもしれませんね」
クロン、アリア、リミューンの3人であればその方向でも悪くない。
それぞれの故郷の物の入手も兄さんに頼めばなんとかなるかもしれない。
しかし、マリーがそれに合致しない。
思い出という意味では母親の作っていた料理とか、そういう方向に持っていくのも可能かもしれないが、なにせその母親直伝のシチューはマリーが作っているのだ。
流石にそれは無いな。
「他は何かありませんか?」
「そうですね……後は新しい短刀を送った時でしょうか」
「ふむ、実用的な物かぁ」
これは俺も共感出来るところだ。
特に使う頻度の高いものであれば純粋にありがたい。
物にもよるが、食べ物のような消費してしまって終わるものよりも物として残る方が記念にもなるだろう。
うん、この方向性の方が良いかもしれない。
「どうです?参考になりましたか?」
「えぇ、ありがとうございました。少し自分でも考えてみます」
俺の返答にホットした様子のアランさん。
その様子に、本当に人が良いなぁと改めて実感しつつ、折角なので仕入れについての話も少ししていく。
こちらは取り立てて変わった話も無く早々に話をまとめると、アランさんにお礼を言いつつ店をあとにした。
コロンというドアベルの音を背中で聞きつつ、アランさんとの話を思い起こす。
「実用的……ねぇ……」
この方向で行く事は確定したとはいえ、一体何を贈るべきなのか、という最大の課題はまだ解決していない。
マリー、クロン、アリア、リミューン。
ひとまず真っ先に思いついたのはマリー。
アランさんのアイデアをそのまま流用するようだが、調理用のナイフなんかがいいんじゃないかと思う。
今はクロン、アリア、リミューンと給仕を担当している人が多いためほぼ調理に回ってもらっているので、最も使う頻度が高いと思われる。
次に思いついたのはクロン。
思いついた物は冒険者用の装備。
先日ギルと一緒に装備を新調した、と言っていたのだが、おそらくは武器だけだろう。
クロンの戦闘スタイルに合わせた防具なんかを贈るのもいいんじゃないか、と考えたところで、大きな欠点に気付いた。
「……走る子馬亭の記念じゃないよなぁ」
クロンが昇級したときの贈り物としては最適だとは思うんだが、少なくとも店の記念ではないな。
……実用的と言われても、思ったよりも難しいな。
もう少しアランさんから話を聞いておくべきだったか、とかそんな事を考えながら走る子馬亭へと歩みを進めていると、正面から見知った顔が歩いてくるのが見えた。
見慣れたその姿を見た瞬間、俺の中でコレしか無いという閃きに近いモノが生まれる。
「サリーネ!」
思わず手を振りながら声を掛け走り寄る様は、思えば見る人によっては誤解されてしまいそうなそれだったが、その瞬間はそんな事は全く気にしていなかった。
何故なら、何よりも早く彼女に相談しなければならなかったからだ。
「あら~、クラウスくん?」
「サリーネ、少し相談があるんだが、いいか?」
「あらぁ」
いきなりの話で少々困惑しているであろうサリーネだったが、ともかく今はこっちの要件を伝えるのが先決だ。
なにせ、多分時間が無い。
すぐにでも動いて欲しいものだからだ。
その要件を彼女に伝えると、困惑気味だった彼女の顔があっという間にニコニコとした笑みに変わっていった。
「どうだ、出来るだろうか」
「うふふ、大丈夫よ~。任せて頂戴」
「本当か?ちょっと時間が厳しいんじゃないかと思ったんだが……」
「大丈夫よ~1人分くらいすぐ出来るもの」
「ん?いや、4人分なんだが……」
「あら~そうだったわね~。うん、でも大丈夫よ~心配しないで~」
サリーネの言葉に少々の危うさを感じるものの、仕事に関しては信頼出来る相手だ。
彼女が大丈夫だと言うのであれば大丈夫だろう。
「よし、ならお願いしよう。デザインはサリーネに任せるとして、大きさは……」
ひとまずサリーネにまかせて大丈夫そうだとなれば、あとは細かい話だ。
大きさもそうだし、デザイン的なところもある。
まぁデザインに関してはサリーネに任せればいいと思っているが、大きさはそうはいかない。
細かい大きさも指定しないとダメだったはずなので、採寸みたいなものが必要になるだろうと思っていたのだが、俺の言葉を遮るようにサリーネのほわんとした声が帰ってきた。
「そっちも大丈夫よ~」
「そう、なのか?」
「コレでも本職なのよ~?見れば分かるわ~」
「そういうもの、なのか」
正直、裁縫に関しては門外漢にも程があるのでよくわからないが、多分そういうものなのだろう。
うん、多分。
まぁともかく、サリーネが大丈夫だと言うのであれば大丈夫だろう。
「よし、それじゃ改めて、頼んだぞ」
「うふふ、きっと気に入ると思うわよ」
サリーネの腕前は一年前の雪解けの祭りの時、カズハちゃんの衣裳でしっかりと見させて貰っている。
あの腕前であるならば4人も間違いなく気に入ることだろう。
ともかく、祝いの品について目処がたった事で一安心だ。
サリーネに分かれを告げて心なしか軽くなった足取りで店へと戻る道すがら、背後から小さく声が聞こえた気がした。
「やっぱり、夫婦なのねぇ~」
冒険者の酒場、はじめました。―元冒険者のまったり経営ライフ― 黒蛙 @kurokawazu
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