第118話 休日、目指すべきモノ、記念日

 俺は何故こんなところに居るのだろうか……。

 なんだか趣味の良いような気がする絵と何故か存在する仰々しい甲冑。

 木製で座るとガタガタと揺れる作りのあまり良くないウチの物とは違い、一切のガタツキが無い上に上等な布に綿……か何かがたっぷり入った尻の痛くならない敷物が載せられた座り心地の良い椅子。

 真っ白に洗濯されたテーブルクロスと、多分時期になれば花の一つでも入っているのであろう透明度の高いガラスの花瓶。

 ひと目見て分かる、俺のような人間が入る場所じゃない。

 眠る穴熊亭の奥に作られた特別仕様の個室が、ここ。


 思い起こせばあれは昼前だったか……。


 冒険者の酒場、兼宿という形を取っている走る子馬亭は基本休みはない。

 まぁ休む気になれば休めたのだろうから、休むという考えがあまり思いつかなかったというのが正しいか。

 カーネリアに来て以来ずっと店開いてたしなぁ。

 そんな走る子馬亭だったが、珍しくマリーから店を休みにしてほしいという要望が上がった。

 思えば、年明け前後の休暇を除けば休みを取っていなかったよな、と気づいたことと、たまたま宿泊客も居なかった事もあり、マリーの要望通り本日は一日店を閉める事とした。

 要望の理由を聞けば、少し用事があるので、ということだそうだ。

 まぁマリーはこの街に生まれこの街で育ってきたわけで、俺の知らない交友関係の1つや2つはあるもんだろう。

 ……気にならないといえば嘘になるが、あまり深く突っ込むのは我慢した。

 マリーならば、そんな事気にしてたんですか?と笑われそうな気はしているが、詳細を聞く事で束縛になってしまわないか気になっていたのである。


 うん、俺はいい旦那で居たいからな。


 店が休みということでクロンは冒険者ギルドへ。

 アリアとリミューンは市場へと出かけると言っていた。

 先日お使いに出てもらった時もそうだったが、人混みが苦手だったリミューンも、最近では特に人の多い市場周辺に出ても以前のようにダウンすることもなくなった。

 カーネリアに来てからそれなりの時間も経つ。

 リミューンも大分人混みには慣れてきたようで、安心する。


 ということで、特に用事も無い俺は一人暇になってしまったわけだ。

 一人店に残って新しい料理でも考えて見てもいいんだが、調理はほぼマリー任せになっている昨今、マリー抜きで料理研究をしてもあまり意味が無いからなぁ。

 で、久しぶりにブラブラするかーと街中を一人ほっつき歩いていたわけだが、ばったりと出会ったエリーに腕を掴まれ、ズルズルと引きづられるように連行された結果……気づけばここに居た。


 店内は昼飯時ということもあってそこそこに賑やかなようだ。

 隔離された個室ではあるが、僅かにざわざわとした雑多な声が聞こえてくる。

 この時間であれば、走る子馬亭ならざわざわでは済まない賑やかさになるのだが、やはり眠る穴熊亭とは客層が違うんだなぁと実感する。


 そんなわけで、妙な緊張感を伴った居心地の悪さに耐えながら待っていると、漸く俺を拉致してきた本人が両手に料理を持って登場した。


「急に付き合ってもらって申し訳なかったですわね」

「付き合ったというか、強引に付き合わされたんだがな?」

「良いじゃありませんの。暇だって言っていたのはクラウスでしょう?」

「申し訳ないなんて言葉を言う奴の台詞じゃないんだよなぁ……」


 まぁ実際暇だったので別段問題があるわけではないのだが、相変わらず強引というかなんというか……。

 俺のボヤキは多分聞こえているのだろうとは思うのだが、エリーはそれをあえて無視するように、両手に持っていた皿をテーブルに並べた。


「おいおい、まだ注文してないぞ?」


 俺の座るテーブルに並べられるということは俺への料理という事なんだろうが、ここに引っ張ってこられてからというもの、注文を取りに来ることすらなかったので当然ながら注文はしていない。

 まぁ飯時だったので注文しようとは思っていたのだが、勝手に持ってこられるとは思ってもいなかった。

 その予想外の料理の登場にエリーへと疑問を投げかければ、彼女はニヤリと不敵な笑みを返してきた。

 一体なんだってんだ……。


「うちで新しく出す料理の試作品ですわ。味見をお願いしても?」

「それは構わんが……俺なんかがやるもんじゃないだろ」

「わたくしだけが新作の味見をさせてもらったのでは不公平でしょう?」


 新作の味見……?

 何のことなのか最初はわからなかったが、ふと思い出す。

 そういえば先日、ミルクシチューの味見をお願いしたんだったなと。

 正直に言えば、あれはこちらの都合というか、こちらからお願いをしたのだからエリーが気にすることではないのだが、まぁその辺がエリーらしいというか。

 と、ここで一つ気がついたことがある。

 別に普通に話をするだけであればこんな仰々しい個室などに押し込める必要もないのだからどういうことなのかと思っていたが、なるほど。


「こんなところに押し込めたのもそういうことか」

「こんなところって……一応ここはご貴族様達の為の特別室ですのに……。まぁそれは良いですわ。理由はクラウスが考える通りですわ。まだ表に出していない料理ですし、人目につくところでは困りますもの」


 やはりここは貴族御用達ということか。

 おそらく食事でも取りつつ会合なんかをするための部屋なんだろう。

 外から見える事もないし、聞こえることもないと。

 表に出したくないものをお披露目するにはもってこいだな。

 流石にそこまでお膳立てされてここで断ると何かしらめんどくさい事になりそうだ。

 自信満々な顔でこちらを見ているエリーに促されるままに、置かれたカトラリーに手を伸ばす。


 うわぁ、これ随分と上等なもの使ってんなぁ。

 と、思わず手にしたナイフとフォークに注意を向けてしまっていたところ、ゴホンとワザとらしい咳払いが隣から聞こえてくる。


 はいはい、そうせかすなよ。


 取り合えず並べられた料理をさっと見渡す。

 片方は肉の塊のように見えるが……ステーキではない。

 丸く形を整えられたそれは、イメージとしてはうちで出しているサンガに近いか。

 もう片方は陶器の深皿で、表面にはこんがりと焼けたチーズ。

 チーズの隙間から少し見える白は……ミルクか?

 こちらはナイフとフォークというよりもスプーンが必要になりそうだな。

 ならばまずはこの肉の塊か。

 ツプリとフォークを指すと、刺し口から透明な液体がじわっとあふれてくる。

 これは……脂?

 そのままステーキを切るのと同じ要領でナイフを入れて、驚いた。


「やわらかいな」


 表面こそこんがりと焼けた肉の僅かな抵抗を感じるものの、まるで温めたナイフでバターを切るかのようにすっと刃が入っていく。

 その断面を見て、これが何なのか漸く気づいた。


「肉をたたいているのか」


 見た目からして肉をそのまま焼いたのでは無い事はわかっていたが、なるほど、これはまさに肉で作ったサンガということか。

 今にも崩れ落ちそうなほどに柔らかいそれを刺したフォークを口に運ぶ。

 

「こいつは旨いな」


 まず驚くのはやはり柔らかさ。

 ここの牛肉の煮込みスープの肉も驚くほどに柔らかかったが、それとはまた別の食感がある。

 あちらはホロホロと崩れていくような感覚だったが、こちらはすっと歯が通る感覚。

 しっかりと肉を食っているという充実感がありながらも、ステーキよりもはるかに食べやすい。

 煮込みスープとステーキとの中間といった感じか。

 

「サンガを参考に作りましたの」

「なるほどな。確かに方向性がそっくりだ」


 サンガは小さな骨を気にしなくてもいいようにと叩いているが、こちらは肉そのものを食べやすくするように細かく叩いているのだろう。

 それと、叩く事でもう一つステーキとは違ったものが出てきているな。


「肉の赤身と脂のバランスがいいな。一緒に混ぜ込んでいるのか」

「最初は赤身だけで作ったんですけどね。どうしてもボソボソとした触感になってしまいましたの」

「ふむ……」


 食感の面でいえばサンガも最初はボソボソとした食感だった。

 特に魚肉は火を通すとその傾向が強いからな。

 あちらはチーズを入れてなんとかごまかしているが、こちらは肉の脂でそれをカバーしている。

 どちらが優れているという話ではないが、同じ食材でカバーしているのは純粋に感心するな。


 一度フォークとナイフを置き、今度はスプーンを手に深皿へと手を伸ばす。

 表面のチーズが僅かに焦げ色を付け、香ばしい匂いを漂わせている。

 スプーンを差し入れると焦げた部分が薄くパリッと破け、その下からトロリとした白が顔をのぞかせた。

 チーズとともにそれをすくいあげると、それは想像よりももっととろみが強い。


「うちのミルクシチューに近い気がするが……シチューにしてはしっかりし過ぎてる気がするな」

「確かに、マリーのミルクシチューを参考にさせていただきましたが、そのまま真似るようなことはしませんわよ?そうですわね……さしずめ、ミルクソース、かしら」


 と、自信満々に答えるエリー。

 確かにこれはスープというよりもソースだ。

 ソースといえば肉料理などに合わせて使うものだという認識でいたが、まさかソースそのものを食べる日が来るとはなぁ。


 ほこほこと湯気を立てるミルクソースとやらをゆっくりと口に運ぶ。

 思った以上に熱かったそれに若干舌を焼きそうになりながら、しっかりと味わう。


「これは……濃いな!」

「ふふん、お祖父様の自信作ですわよ」


 マリーの作るミルクシチューも決して味が薄いわけではないが、普段のシチューとの差別化の意図もあって優しい味わいに仕立ててある。

 一方のこちらはミルクの風味と甘みがガツンと口の中に広がる。

 風味の方向性は一緒だが、別物と言っていいほどの差がある。

 その違いはもちろん材料にもあるのだろうが、一番大きいのは間違いなく作り方にあるのだろう。

 悔しいが、正直この作り方は見当もつかないな。


 ふと、隣の皿が目に入る。

 あの肉料理も、このミルクソースのものも、うちのサンガとミルクシチューを参考にして作ったと言っていた。

 本来であれば、着想を盗まれたと怒るところなのかもしれないが、俺にはそんな気は微塵も起きなかった。


 なぜなら、結局のところどちらも自分達が考案した料理ではないからだ。

 サンガはアカネさんに教えてもらったものだし、ミルクシチューは偶然の賜物。


 一方でこちらはどうだろうか。


 サンガとミルクシチューを参考にした、とは言っていたが、もはや別の料理……眠る穴熊亭オリジナルの料理だ。

 果たして同じ条件で俺にこの料理を作り出す事が出来たのだろうか。

 正直なところ、悔しいが無理だろう。


 そんな感情が表に出ていたのだろうか。

 俺の顔を見たエリーがフッ、と小さく笑みをこぼしていた。


「いい顔をするようになったじゃありませんの」

「どういう意味だ?」


 一瞬、俺の悔しがる姿で悦に入っているのかと思ったが、その顔は決してこちらを見下すようなものではないし、何よりエリーがそんなことをいうはずもないなと、思い直す。

 純粋な疑問として投げかけてみると、今度は呆れた顔を向けられた。


 ……どういうことだよ。


「クラウス、あなた自分で気づいていないの?新しい料理を出されて悔しいと思うなんて、しっかりと酒場の店主になった証拠じゃありませんの」

「あ」


 そういえばそう、か。

 確かに、冒険者時代では自分の知らない料理を出されても珍しいと思うだけで、悔しいと思うことは無かった。

 そうか、俺も変わってきてるんだなぁ。


「まぁ、料理に人生を捧げ常に研鑽を続けているお爺様と、まだ1年しか経っていないクラウスとでは年季が違いますわ。そう簡単に追いつけるわけもありませんけれど」

「ぐっ……悔しいがそれを今実感してるよ」


 料理はセンスも必要だとは思うが、何より知識と経験が必要なんだろう。

 今の俺では、初代眠る穴熊亭の店主で今は料理長を務めているアルバート爺さんには到底かなわないよな。

 そう認識してから、改めて料理を口にする。

 うん、美味い。

 この味は俺が、俺達が目指すべき目標だ。

 今日エリーに引っ張ってこられて、それに気づくことが出来た。

 それだけで今日一日というものが有意義なものに変わった気がした。

 

 俺が味を確かめながらゆっくりと食っていると、ふとエリーが何かに気づいたように、そういえば、と話を切り出した。


「クラウス、あなた何か用意しているんですの?」

「何かって……なんだ?」


 唐突に切り出された話に、ピンと来るものが全くなかっただけに、そう返答する。

 が、その返答に、再び呆れた顔をされた。

 なんだかもう、エリーのこの顔に慣れてしまった気がするぞ。


「呆れた……。あなたがマリーと走る子馬亭を切り盛りしはじめてそろそろ1年じゃありませんの」

「あー、そういやそうだなぁ」


 この一年色々とあったが、振り返ってみるとあっという間だったなぁという感想が出てくる。

 いや、ホント、色々あったからなぁ……。


「何を懐かしそうな顔をしているんですの。一年という区切りなんですから、何かお祝いの一つでもやったらどうですか、と言っているんですのよ?」

「あ、あぁ~そうだな。全く考えてなかった」

「本当に……なんでこんなのがマリーの伴侶なのかしら」

「フフン、何を言われても俺が選ばれた事には変わりないからな」

「そうやって胡座をかいて居るとわたくしが追い出しますわよ?」

「肝に銘じておくよ」


 エリーが言うと本当に追い出されそうな気がしてくるので素直に聞いておくことにする。

 まぁ、エリーの言う事も最もだしな。

 そうか……一周年って事か。


「そうだな、何か用意してみるか」

「そうなさい。それくらいの甲斐性は持ちなさいな」

「ご尤も」


 俺とマリーがともに走り出してから一年か。

 何をしようかと考えだしたら、何故だか料理の味がよくわからなくなってきた気がした。

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