第117話 いつメン、理由、手掛かり
そのにぎやかな声はそのままドアを開けて店内へと入ってきた。
「戻ったよー」
「ただいま戻りました」
「ただいまっす!」
「おーう、来たぞ」
入ってきた順番に、アリアとリミューン。
そしてクロンと、何故かギルも一緒。
アリアとリミューンは食材の買い出しに出てもらっていたのでわかる。
クロンは今日は装備品の修繕と新調をしたいということで休みを取っており、いつもの給仕服ではなく、外に出る時の服装だ。
ふと見れば、彼女は腰に2つの鞘を下げているので、買い物が終わったタイミングで二人と鉢合わせでもして合流したのだろう。
で、何故か居るギル。
俺の視線に気づいたのか、ギルがふん、と一息した後、以外にも少々恥ずかしそうに視線をそらした。
「クロンに装備品の相談されてよ」
「ギル兄に頼んだっす!」
ほうほう……あの剛腕なんて大層な二つ名で呼ばれたギルも姪っ子には弱いときたか。
人の縁というのは不思議なもので、たまたま一緒にパーティーを組んでいたギルと、縁あってウチで働く事になったクロンの父親が兄弟だったのは驚いたなぁ。
俺の胸元を掴んでいたダニエルも流石に人が来た事で冷静になったか、手を話すとコホン、と一つ咳払い。
「それで、何処で飲んだんだ?」
「冒険者やってた時だったのは間違いないんだが、何処だったかなぁ……」
どうも記憶がはっきりしない事をダニエル爺さんに告げると、肩を落として目に見えて落胆していた。
今まで飲んだことがないとは言っていたが、酒を飲んだ場所がわからないだけでそこまで落胆するだろうか。
何処かで買った物か、若しくは貰ったものかとも思ったが、はっきりと爺さんのところで出来たものだと言っていたしなぁ。
「しかし、やけにそこに拘るけど、何かあるのか?」
何らかの事情があるのかと聞いてみれば、ダニエル爺さんにしては珍しい苦々しい表情で腕を組んだ。
「実はな、これは儂が作ったものじゃぁねぇんだ」
「ん?さっき爺さんのとこで出来たって言ってたよな?どういうことだ?」
爺さんが作ったのでなければ……弟子でも取ったのか?
いやでも、それならば弟子に話を聞けばいいだけだし……よく分からんな。
「正確に言えばな、作ろうと思って出来たもんじゃねぇんだ。普段通りの仕込みをして出来上がったのがこれでな」
「あぁ、なるほど」
爺さんとしては偶然できたこのエール、他に作っている場所があると言うことであれば、偶然出来たこれの作り方がわかるかもしれないと思ったと、そういうことか。
偶然出来た、という話を聞いてマリーとエリーも分かりやすく落胆している。
3人の落胆ぶりに流石の俺も少し考えを改める。
確かにカーネリアで流通しているエールとは全く違う趣のエールだし、店に出せば売れるかもしれない。
何より、3人ががっくりと肩を落としているのは少しかわいそうではある。
思い出せるのであれば思い出したいところではあるんだが……冒険者だった頃は東西南北とかなりあっちこっちに動いていたからなぁ。
と、俺も釣られて腕を組んだところで、今店に入ってきた4人の姿が目に入る。
そうだ、俺が思い出せなくともギルとアリアなら覚えているかもしれないな。
「ギルとアリアもちょっと飲んでみてくれないか?」
「話を聞く限りじゃぁ、なんか変わったエールってところか?」
「おっ、酒が飲めるなら喜んで~」
ギルは俺の飲みかけのジョッキをさらって、アリアはエリーの空になったジョッキに新しくついで、それぞれがジョッキを手にする。
で、買ってきた食材を厨房に置いてきたリミューンと、羨ましそうにギルを見ているクロンも居るわけで。
「リミューンもどうだ?」
「良いんですか?」
「良いだろ?」
「味見をしてもらいに持ってきたんだからな。構わん」
クロンはともかく、リミューンだけ放置というのも流石にどうかと思ったのでとりあえず勧めてみる。
一応は勝手に話を進めるのもどうかなと思ってダニエル爺さんに声をかければ、快く承諾して貰え、心なしか軽い足取りでエールを受け取りに行くリミューン。
しっかりしている様で、案外子供っぽいところがあるよなぁ。
そんなリミューンを視線で追いかけた後、なにやら視線を感じたのでそちらへと向き直って見れば、期待した目でこちらを見ていたのはやはりクロンだった。
「クロンは5年早い」
「え~ずるいっすよぉ」
まぁ別に飲んではいけないわけではないんだが、若い頃の酒は成長が止まるとか、そういう話を聞くので念の為だ。
俺も師匠には先を考えるなら体が出来上がるまでは酒は飲むなと言われていたからなぁ。
というか、実際のところクロンの歳じゃ酒の味なんぞわかりもしないだろうしな。
それぞれジョッキを持った3人の間で自然と発生したカンパーイの掛け声に合わせてコツンとジョッキをかち合わせると、グイッと一気にジョッキを煽る。
と、真っ先に反応したのはアリアだ。
「うわっ、にっがぁ。アタシこれ苦手だわぁ」
確かに口に含んだ直後に来る苦みは普段のエールよりも更に強烈だからなぁ。
エルフはこういった味が苦手なのかとリミューンを見れば、予想に反してうまそうにごくごくと喉を鳴らしていた。
「ん~~、美味しいですねぇ。ごくごくいけますよこれ」
どうやら200年経ってもアリアの口がお子様だっただけらしい。
いや、リミューンが酒好きなだけか?
そして最後の一人、ギルの反応は、まさにダニエル爺さん以下二人の求めていた反応そのものだった。
「随分と懐かしい味だなぁこりゃ」
ギルの一言に、3人の瞳に輝きが戻ったことが目に見えて分った。
ダニエル爺さんに至っては冒険者もかくやという勢いでギルに詰め寄ってるし。
「何処だ!?何処で飲んだ!」
「俺の故郷だよ。そういや暫く戻ってねぇなぁ……」
懐かしそうに目を細めたギルの言葉でようやく思い出した。
北に抜けるために一度だけ寄ったことがあったが、その時に飲んだエールがこの味に近かった気がする。
寄ったと言っても一泊しただけだし、覚えてなかったのも仕方ない。
仕方ないな、うん。
「あぁ、そうか、エルトワールの森か」
「あー、アタシも覚えてる」
言おうと思っていたとばかりにウンウンと頷いているアリアだが、果たして本当に覚えていたのだろうか……。
まぁともかくだ、エルトワールの森で飲んだことは間違いないのだろう。
というか、俺とギルが出会ってからエルトワールの森に行ったのはその一度だけなはずだが、懐かしいということは……こいつ随分と若い頃から酒飲んでたんだな。
その事に気づいたのか、クロンがジトーっとこっちを見ている。
ギルはギル、クロンはクロンだ。
俺は許しませんからね!
「そうか、エルトワールの森か……」
場所が判明した途端に急に冷静になるダニエル爺さん。
腕を組んだままドカリと椅子に座ると、そのまま考え込んでしまった。
てっきり作り方何かを聞くのかと思ったのだが、その様子はない。
まぁ聞かれた所で作り方なんか分からないんだが、その辺は爺さんも分っているのかもしれないな。
とはいえ、あれだけ騒がれたのだからこちらとしても何故出来たのかは気になるところ。
「あっちと爺さんとじゃ使ってる材料が違うとか、そういうことか?」
出来上がったものが違う物になったのならば、やはり材料が違うのが一番の理由になり得る。
マリーの作るシチューと、ミルクシチューとが全く別のものになったように。
ダニエル爺さんに問いかけたつもりだったのだが、当の爺さんはじっと考え込んだまま返答なし。
俺の事にかまっている暇はないということなんだろうか。
「普段と同じ仕込みをしたと言っていましたわね。そうなると材料や手順ではなく、それ以外が原因と考えるべきでしょうね」
何も話さなくなってしまった爺さんに代わり、エリーが考えるべき点を口にする。
そういやそうか。
普段と同じ仕込みをしたのだが出来上がったのがこれだと、そんな話をしていたっけか。
しかし材料や手順以外の原因ねぇ……。
そうなると、違いは酒を作る環境、という事くらいしか思いつかない。
普段であればこの新しいエールではなくいつものエールができるということは、そもそもエルトワールの森とカーネリアとでは環境が違うということ。
まぁそりゃそうなんだが、問題はこのエールが出来たということは、このエールを仕込んだ時に限ってはエルトワールの森と同じような環境になっていたと考えるべきか。
普段は違うがその時だけは同じ環境。
……考えれば考えるほど理由が分からんな。
そもそも、街の環境が急に森の環境になることなと有り得な……。
と、ここまで考えたところで、その例外が存在していることに気づく。
ここ最近はあまり店の中で姿を見なくなったと思っていたが、まさか?
にがーい、なんて言いつつも酒を残すのはもったいないと思っているのかチビチビと酒を消費しているアリアへと視線を向けると、あちらも気づいたようで、何?とばかりに首をかしげている。
ちょいちょいと手招きをすると、不思議そうな顔をしながらこちらへと近づいてきた。
そのアリアの耳元へと口を寄せて、ふと思いついた事を聞いてみる。
「ウチに居着いたドリアードがいただろう?あれの影響ってことは考えられるか?」
「んー、それはないかなぁ」
俺としてはまさにこれだろうと思っていただけに、あっさりと否定されてかなり肩透かしを食らってしまった。
俺の内心を読み取ったかのようにニヤリと笑ってから、アリアが続ける。
「ドリアード本体ならカーネリア4つ分くらいは余裕で影響範囲だろうけど、分体じゃこの店が精々かな」
「ふーむ、違ったか」
カーネリア4つ分を森に変えられるというドリアード本体の影響力すげぇなぁと、そっちの方が気になってしまったが、まぁともかくドリアードが原因ではないらしい。
となると他の要因ということになるが……分からんなぁ。
ふと視線をずらすと、図々しくもエールのおかわりを注いでいるギルが目に入る。
「ギルは何かないか?環境的な面とかで」
「あーん?そういうのは俺に聞くもんじゃねぇな」
「まぁ、分ってた」
藁にも縋るというのはこういう事だなと改めて実感する。
ギルに聞いたところでわかるはずもないというか、そういうの考えるの面倒くさいと思っている奴だからなぁ。
となると、残りは……クロンか。
クロンを探して視線を泳がせると、クロンは任せろと言わんばかりに目を輝かせてこちらを見ていた。
この感じ、まさか、わかるのか!?
「クロンは何か分かるのか?」
案外クロンはこういう事に気づく、直感力とでも言うべきか、そういう力があるように思っているだけに、期待を込めて問いかけると、クロンは自信満々に答えた。
「わかんないっす!」
「……自信満々に言うセリフじゃないぞ全く」
クロンの両親に会ったことはないが、多分クロンの父親もギルと似ているんだろうなぁ……。
「あ、でも」
「ん?」
肩を落として小さく息を吐こうかと思ったところで、クロンが続けた。
「カーネリアも結構寒いんだなぁとは思ったっすね。森とあんまり変わんないっす」
その言葉に、考え込んでいたダニエル爺さんとエリー、マリーの3人が反応した。
「そうか、寒さか!」
「ダニエルさん、これを仕込んだのはいつですの?」
「年が明けてすぐだから……20日くらい前だな」
「丁度急に寒くなってきた頃ですね」
「例年よりも大分寒いとは思っておったが、あり得る、ある得るぞ!」
色めき立つという言葉はまさにこういうことなんだろうなと、そう思えるような盛り上がりを見せた3人。
一方でなんか新しい酒の作り方で躓いているらしい、くらいの情報しかないであろうギル、アリア、リミューンの3人は少々引いている様に見える。
本来は俺はマリー達側に居るべきなんだろうが……まぁ、俺のことはともかく、3人が喜んでるならいいか。
「よくやったぞ坊主!こうしちゃおれん!早速仕込みだ」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったダニエル爺さんが年に似合わぬ素早さで入口へと駆けると、ドアに手を掛けてくるりと振り返る。
「そうだ、その酒は勝手に飲んでくれて構わんぞ。フハハハハ!久々に腕がなるわい!」
バーン!と盛大な音を立てて店から出ていった爺さんに一同がポカンとした顔で揺れるドアを見ている中、ハッと気づいたように声を上げる人物がいた。
「ぼ、ボクは坊主じゃないっす!!」
クロンの叫び声は寒空の中、徐々に遠くなっていくダニエル爺さんの笑い声を少しだけかき消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます