6
この日から野宿になることは、前もって全員に伝えられている。
日暮れ前に予定の野営地に着き、新人兵士見習いたちは食事や寝場所の準備、要を足すときにどうしたら良いのかを教わった。戦さ場ではないのだから、気楽なものである。焚き火を囲むことだってできる。そうなると、志願した事情を聞きたいという皆の様子が、アナンたちにも十分すぎるほど伝わってきた。
「サーラム領を戦に巻き込まないために、タイライに奪われないために、座して待つだけでは耐えられなかったんです」
アナンは真剣な表情で語った。
「おれは、若さまの行くところなら、どこへだってお供する」
エーランは、きっぱり言い切った。
「領主さまのお家なら、たしなみとして剣術も習ったでしょうが、戦になればそんなもんじゃありませんぜ。そっちのでかいのは力がありそうだが、若さまでは」
「アナンと呼び捨ててください」
「おれはエーランってんだ。でかいのじゃないぞ」
お役人との会話に、周り中が聞き耳を立てている。
そのとき、エーランが素早く立ち上がった。
「なんだ?」
「ねらわれてる。軍の人が気づかねえのか?」
「俺らは徴兵の世話をするだけだ。兵士じゃない」
お役人は諦めたように首を横に振った。
「こんなところで、もう戦か?」
エーランの問いにも首を横に振る。
「野盗だ。素人が持ってる武器を狙うんだ」
「わかってるんなら、なんとかしてくれよ」
「よその話を聞いただけだ。出くわしたのが運の尽きってやつだなあ。若さま、せっかくのお志が、戦に出る前に折られちまって。ともかく逃げ延びてくださいよ」
力のない笑みを向けたお役人は、アナンが手にしたものを見て目を見張った。
「え? 何をするんです?」
アナンは答えず、エーランと頷き合った。
雲の多い夜だった。踏み荒らされた焚き火の残りと、たまに顔を出す月明かりで見たものは、はっきりしなかった。だからこそか。何とか木の陰に隠れることのできた人びとは、目にしたものを信じられなかった。
アナンとエーラン。
くるりくるりと立ち回りながら、一人が左へ切れば、もう一人は右へ。一人が飛べば、もう一人が下へ。互いの背中を庇いつつ目を配り、刃物を振るい、時折聞こえる苦しげな叫びは敵方のものばかり。
二人が手にする剣は、常の剣よりも長くて細い。頭ではなく胴を狙い、力で押すとも見えないのに、敵はがっくりと膝をつく。ばったり地に伏す。
風に乗って血の臭いが漂い、兵士になるために旅を始めたはずの男たちは怖気を震った。
日が登り始めたときに彼らが見たものは、血を吸った地べたに倒れた6人の野盗の成れの果てと、妙な剣の手入れに余念がない主従二人の姿だった。
「命をお助けいただきありがとうございます、若さ、いや、アナンさま。…エーラン、さま」
お役人に合わせて、全員が「ありがとうございます」と頭を下げた。
「おれに、さまなんて付けなくていいよ」
エーランが照れ笑いをしたが、人びとは笑っていない。どちらかというと恐れ慄いて青い顔をしていた。戦に行くというのに、殺し合いだとわかっていなかった顔だった。
やがて出発したとき、ようやく一人がアナンの横にやってきた。エーランには及ばないが、背が高くがっしりした青年だった。
「俺も、若さ、アナンさまたちみたいな剣が、使えるようになりたい、です」
「そう思ってくれたのかい」
兵役を免れてきたアナンは、一行の中でもおそらく最も年上だろう。エーランよりも若そうな青年に微笑みかけた。
「でも、そんな剣は見たことないし、俺には金もない」
「そうか。他にも、我らのような剣を使いたいと思った者はいるかな? 一瞬思っただけでもいい」
顔を上げて皆に問いかけたアナンから目を逸らす者が多かったが、あと二人が手を上げた。
「我らは、それぞれもう一本の剣を持っている。使ってみるつもりがあるのなら、まずは木の棒からだが始めてみないか。どうです、お許しを頂けますか」
後はお役人に向けてアナンは訊いた。
「砦に期日までに着きさえしたら、好きにしたらいいでしょう。それと」
「はい?」
「砦近くに、武器職人たちが集まる場所があります。できるかどうかはわかりませんが、相談してはどうでしょう」
返事をしたお役人は、興味を示した3人を見た。
「野良仕事をしている身には縁がないだろうが、槍という武器があってな。アナンさまの剣に、ほんの少しだが、似たところがある。本来はこう、突き刺すものだが、こう、なぎ払うこともあるんだ」
彼は右腕で刺す、払う動きを示しながら教えた。
そのとき興味を持ったおかげで、わずか数年の後、彼らは〈サーラムの旋風〉として勇名を馳せることになる。
それはともかく。
〈サーラムの旋風〉の長たるアナンとエーランは〈勇者〉と〈サンビキ〉の通り名を得た。サンビキの何たるかを知る者はいなかったが、彼が勇者アナンに対し、ことあるごとに「俺一人でサンビキの働きをします」と宣言するからだということは知る人ぞ知る事実。
年数を経て軍としての体裁を整えていっても、アナンとエーランが離れることはなく、上層部をしても、彼らは鳥の両翼であるとの認識が高まるばかりだ。
西方の軍師に
領地に残した妹リヤンの奮闘ぶり、突然に長子を失ったも同然の老親のその後、エーランの出自を知る者の出現については、また別のお話。
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『エア猫タロウ』のサーラム・ドウ・リヤンの兄の話です。
いずれ長編として組み直してみたいと思っています。
イヌとサルと尾長鳥 杜村 @koe-da
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