5
「術を消す。つまり、我がこの世から消えるということでは?」
「違います」
黒い肌の術士は、難しいことを考えている目つきで天井を見上げた。
「あなたの御魂、しっかりと命の根を張った。この地の水を飲んで、育ったものを食べて、何年も経ったから。我が考えたのは、あなたと、軍師の、つながりを切ること」
「そんなことが?」
「できます、難しいけれど」
「どうやって」
「あなたの手で、軍師を、殺せば、叶う」
「なんと!」
アナンは思わず立ち上がった。その肩から手を離した伯父は、数歩後ずさった。
「我が戦いに赴いて、それなりの働きができたとして、将軍の軍師に近づくことなどあるでしょうか! いや、ない!」
「できなければ、毒になるのみです」
術士は左右に首を振った。
「難しい。とても難しいことです。でも、今、自ら命を絶つよりも、国のためになることです。違いますか? あなたが、強い兵になる。絶対にできないとは言い切れない」
「証は立てられない。そういうことか」
「え、なんと言いましたか?」
「いや」
口の中で小さくつぶやいたアナンは、きっと顔を上げた。
「わかりました。軍に加わりましょう。そして、領内のことについては、」
「それは心配しなくていい。お前が無事に戻るまで、我が息子を義弟殿の下で働かせて、」
「いえ、それこそご心配には及びません。リヤンに任せます」
「リヤンっ?!」
伯父は思わず大声を上げ、取り繕うように両手を振った。
「いやいや、年端もいかん小娘に、領地を治める手伝いをさせるなんぞ」
「リヤンはただの小娘ではありません。あの子の成長を見るにつけ、我よりも跡取りに向いていると何度も思いました。サーラム領にリヤン有りと言われる日も近いでしょう。このことを両親とリヤン本人に相談し、我は軍に志願するとしましょう」
「リ、リヤンのことはともかく、ゆっくり相談している暇はないぞ!」
赤くなったり青くなったりしていた伯父だが、叫ぶように言った。
「今年の徴兵団は今日の昼過ぎにも出発するところじゃないか。領主見習いのお前が忘れてどうする」
「え、徴兵団とは別に志願するということは」
「できたばかりの頃とは違う。軍とは規律の厳しいところだ。のこのこ出かけて行って、入れてくださいと言えるものか。そもそも遠い道のりだぞ。一人でどうやって行くんだ」
伯父は唾を飛ばしながら早口に言った。
恥ずかしさで赤くなったアナンは、気持ちを振り切るように拳を握った。
「わかりました。徴兵団と共に行きます」
「そうか。よくぞ辛い決断をした。我が見送ってやろう」
「いいえ、伯父さまはお戻りください。このことが人の耳に入らぬように、お願いします」
「おっ、そ、そうだな。我が経緯を知っているそぶりを見せてはならんな」
伯父たちは、そそくさと帰って行った。
急な来訪と退出におろおろしていた執事を下がらせて、アナンは椅子に座り直した。
「さあ、出てこいエーラン」
「へっ、気づいてたんですか、若さま」
精巧な木彫りのつい立ての向こうから、四つんばいで姿を現したのは、まさにエーラン。
「呪術士が、人の気配に気づかねえってのに。あいつ、本物なんですかね?」
「どっちでもいい。我は戦いに赴くことを考えていた。時が来たというだけだ。それより、よく物音を立てずにいられたな。褒めてやろう」
「ありがとうございます」
アナンが立ち上がったので、エーランも照れ笑いしながら立ち上がった。
二人が向かい合って立つと、アナンの頭はエーランの胸にかろうじて届くくらいだった。
「まったく、大きくなってしまって。時が来たが、悔いはないか?」
「もちろん、有りません。若さまと一緒に行きます」
「よし。お前は手はず通り、料理長にだけ話してこい。我はリヤンと話してくる。後はいつもの場所で」
「はい、わかりました」
料理長やリヤンがどのような愁嘆場を繰り広げたのか、二人は互いに語らなかった。剣の稽古に励んだ林で落ち合った後、黙りがちに歩き始めただけである。
二人の荷物はとても少なかった。布の包みを一つ持った他には、背中に斜めにくくりつけた袋だけ。
その出で立ちで徴兵団の集合場所に現れた二人を見て、人びとはざわめいた。
「サーラムの若さまではありませんか! それと、異国、人?」
「誰が異国人だっ! おれはサーラム領育ちだいっ。サーラム領のほかどこも知らねえ」
「控えろ、エーラン」
エーランの腰をぽんぽん叩いて黙らせると、アナンが責任者の前に出た。
「我ら二人、枠の外では有りますが、志願します。必ずやお役に立ちます。共に連れて行ってください」
「いや、若さま、いけないっていうんじゃないですが」
「その呼び方も止めていただきたい。一兵士見習いとして扱ってください」
出立の時は近づいていた。責任者は迷っていたが、二人のために遅らせることはできなかった。渋々というか、本人のたっての希望というところに幾たびも年を押し、一団に加えることを了承した。
本来ならば持参した武器を検めるところだが、適当に流しての出立になった。
すでに集められていた男たちが20人、〈
お役人〉と呼ばれている責任者と補佐が一人ずつ、アナンたちを加えて24人である。
興味津々なのに話しかけられない面々と共に、アナンたちも黙々と日暮れまで道を進んだ。
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