サラバテスト
雨瀬くらげ
サラバテスト
チャイムが鳴り、終礼と同時に教室を飛び出る。
この瞬間を待っていた。待ち侘びていた。
二年生の学年末テストが先週終わり、実質今年度最後のテストであった今日の模試にさよならをした。
そしてこれから約束を果たしに行くのだ。
廊下に出ると、同じタイミングで隣のクラスから浅野が飛び出してきたようだった。
「行くか」
「行くぞ」
わざわざ息を合わせて階段を駆け降りる。ぎゃ、と叫びながら俺たちを避ける女子がいた。申し訳ない。
一回の玄関まで着くと一足先にもう一人の約束の人が靴を履いていた。
「お前ら遅い」
短髪の頭を掻きながら、津田は早く来いと俺たちを促す。
「うっせえ。これでも急いだ方なんだよ」
浅野は自分の靴を靴箱から取り出すと金属製の蓋を大きな音を立てて閉めた。
俺もそこそこの勢いで閉め、靴を足元に投げ散らかす。
「大体なあ、津田が早ぇんだよ。俺らが来てねえのに先行こうとすな」
「先行くつもりなんてあるか。校門で待とうと思ったんだ」
「はいはい、言い訳はいいから行くぞ」
遅く来たくせにもう靴を履き終えた浅野は津田の肩を叩くと、勢い良く玄関を飛び出す。すると死角から現れた一年の女子にぶつかっていた。「きゃっ!」と変質者を見る目で叫んでいる。さっきの子と違って避けきれなかったみたいだ。
「悪ぃ!」
その子に手を上げ、浅野はどんどん走って行く。
俺は津田と見合わせ、お互いの気持ちが「しゃーない追いかけるかあ」だと確認し合うと、
「待て浅野ぉ!」
と女子にぶつからないように走り出した。
玄関を出て校門までには緩やかな坂がある。俺たちがその坂を下り始める頃にはもう浅野は校門を通り過ぎていた。
「早過ぎんだろ」
「何が津田が早ぇだ。俺より先行ってんじゃん」
あまりの距離の開きに俺たちは一旦足を止める。
全く。この後の予定は六時間カラオケだっていうのに。ここで体力を使い切ってしまったら困るんだよ。
そう思いながら俺は津田と一緒に靴紐を結び直す。
「運動部の本気、見せてやらなくちゃな」
「それな。吹部に負けてられねえ」
俺と津田はバトミントン部。浅野は吹奏楽部。確かに吹部の人たちの肺活量はすごいけれども。こっちは正真正銘運動部なのだ。走りで負けてはいけない。
紐を結び終え、次は足腰をほぐすストレッチを始めた。
津田も俺が今から言おうとすることをきっとわかっているはずだ。
「先に浅野に追いついた方が勝ちだ」
「いいだろう。何か賭けるか?」
「イヨマンテ歌ってるところインスタ載せる」
「乗った」
軽いリュックを背負い直し、クラウチングスタートを決めて走り出す。
下り坂のおかげで俺たちのスピードはどんどん上がっていく。
しかし俺たちは浅野のように女子にぶつかったりなどはしない。華麗に人々の間を縫って歩道へ出る。
浅野の後ろ姿を捉えるが、まだ先にあった。それに走り続けたままだ。
「舐めてたわけじゃないが、さすが吹部だ。持久力が並じゃない」
「喋ってる余裕なんてあんのか」
チャンスを感じた俺は少しスピードを上げ、津田よりも前に出る。
絶対に津田にイヨマンテを歌わせると、目的が変わっていた。
「な、ちょ待て!」
せっかく部活を休んだっていうのに結局運動だ。汗も出てきたが、二月の気候のおかげでそんなに暑くはなかった。
後ろを振り返ってみると、とんでもない形相で津田が追いかけてきていた。
追い抜かれてたまるか! 前を向いて今のスピードを保つ。
小さな皮が流れる橋を越えると、段々と浅野の背中が近づいてくる。
「待て浅野ぉっ!」
と叫びながら伸ばした手が後ろから伸びてきた手に引っ張られた。
「ぐわあっ」
変な声が出ると同時に津田が浅野の肩を捉えた。
「はいイヨマンテ!」
「突然叩くな! 不審者かと思ったろ!」
浅野の文句なんて聞こえておらず、勝ち誇った顔で津田は俺を見ていた。
クッソあと少しだったのに。伊達にエース選手じゃねえな。
「イヨマンテェ……。他のにすれば良かった」
「こういうのは大体言い出しっぺが負けるんだぜ」
「イヨマンテって何? 言い出しっぺって何? 俺抜きで何してたの」
状況を読み込めていない浅野が首を俺と津田に交互に向ける。
というか、
「そもそも浅野のせいだ! お前が一人で突っ走るから!」
「それ八つ当たり!」
呼吸を整えて俺たち三人は目的地であるカラオケ店に向かって歩き出す。
それにしても全力疾走したせいか、喉がカラカラだ。着いたらまずドリンクを飲まなければ。
「ゲホっごほ」
「カラオケ前に走ったりするから」
「だからお前が突っ走ったせいだろって!」
サラバテスト 雨瀬くらげ @SnowrainWorld
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