サイコと人間の亀裂
「ブラッドにぃ目立つすっね」
左肩に大鎌を担いだ男と、巨大なナックルを両手に装備した男。
怪物の出現地点に向けて走る俺たちに、人々の視線が突き刺さる。ハンターの装備がどんなものか知らないが、明らかに俺たちの存在が異質なのは間違いないようだ。
「この大鎌作ったのはお前だろう」
「いやー、やっぱインパクトは大事っすよ。何気に人前で戦うの初めてっすし」
「俺たちはアイドルじゃないんだぞ。サイコに人気は必要ない。知られない方が良いんだ」
かつてサイコが暴走した事件以来、サイコパス人目につかないように活動し始めた。
人々にとって、サイコが怪物より恐ろしい存在になってしまったから。だから可能なら、市街地で戦わない方がいい。もう誰も事件を覚えていなくとも。
「ブラッドにぃの頭は固いっすね。今どきサイコだからって差別はないっすよ」
「無駄話は終わりだ」
会話を続けようとするロックを制する。
「怪物が近い。悲鳴と、破壊音が聞こえるだろ。急ぐぞ」
「派手に暴れてるみたいっすね。なんか発砲音も聞こえるっすけど」
ロックが言う通り、銃の発砲音も聞こえる。ハンターが戦ってるのか?
「ハンターが戦ってるとしたら面倒だぞ」
「上からの依頼だって伝えて、引いてくれると良いんすっけどね」
悲鳴と破壊音のなる方向へ、全速力で走っていくと。中型と戦う人の姿が見えた。手にした銃器で応戦してるみたいだが、中型に傷一つ付けられてはいなかった。
鉛玉で倒せるのは小型が限界だ。銃器で対応しようとするならば、ロケットランチャーかアンチマテリアルライフルくらい持ってこなければな。
戦っている中型は、ゴリラとハリネズミに似た怪物だった。ハリネズミに酷似した怪物は元の大きさよりも数倍は巨大だ。ゴリラに酷似した怪物の方も、一回りは大きそうだな。
ハンターが相手するのは、無謀だとしか言えない。それでも彼らは人々を守るために、自らの命を犠牲にしてでも戦っている。
恐怖を乗り越え戦っている。サイコである俺より、彼らの方が立派だ。
ゴリラもハリネズミも、銃弾を鬱陶しく感じたのか。ハンターに向かって行く。
ゴリラは突進、ハリネズミは転がって。
避けたところで奴らは追いかけてくる。敵だと認識された時点でハンター達の命運は尽きていたはずだ。
俺とロックが居なければな。
「そこまでっすよ!」
「お前の相手は俺だ」
ハリネズミの前にはロックが。ゴリラの前には俺が止めに入る。
転がるハリネズミの鋭い毛が、ロックを突き刺そうとするが。ロックの服が破れるだけで、ロックの体は傷つかない。
ロックの方は問題なさそうだ。
「遊んでやる、怪物」
大鎌を持っていない右手を前に出す。
「お前は、一体」
「さっさと逃げろ、ここから先は怪物同士の戦いだ」
すぐ目の前まで迫るゴリラに恐怖を感じ、すぐさま逃げていくハンターたち。
逃げていくハンター達の姿を顔を振り向かせて見届けた俺は前を向く。
『ドンッ!』と右手に衝撃が襲い来る。突進してきたゴリラの頭が手のひらの中にあった。
「どうした、そんなものなのか?」
地面を蹴り、後方へ飛び退いたゴリラは。俺の行動を伺うように、身を屈めて警戒している。
「なんで襲いかかって来ない、相手は俺だけなんだ。怖がることは無い」
ゴリラと俺の睨み合いは続く。ロックの方の様子を伺えば、ハリネズミの鋭い毛を。『バキバキ』と折りながら追い詰めているようだ。
ロックの方を見ている間も、ゴリラは襲ってこなかった。
「まさかお前、俺が怖いのか?」
俺が1歩、右足を踏み出せば。ゴリラは1歩、右足を後ずさらせる。
俺が1歩、左足を踏み出せば。ゴリラは1歩、左足を後ずさらせた。
このゴリラは確実に俺を恐れている。
「無駄な知性が、お前に感情を与えたか」
中型は小型より知能が高い。それがゴリラに恐怖という感情を与えたらしい。
「生まれて初めて、という表現が正しいか分からないが。お前は恐れを感じたわけだ俺に」
大鎌を両手で構えると、顔の右側に刃がやってくる。
大鎌の刃に反射して映る俺の顔は、無表情だった。
「何も知らなければ」
右足で地面を蹴り、ゴリラとの距離を詰める。
逃げられないことを悟ったゴリラは、胸を両手で激しく連打し突進してきた。
「何も感じることなく」
先程のように、正面から止めたところで倒せる訳では無い。
だから、左足で地面を蹴り右側に避ける。衝突する軌道上からズレたが、直ぐに右足で地面を蹴る。
再び衝突する軌道上に戻るが、それはゴリラの頭上だ。
「死ねたのにな」
頭上からゴリラの首に大鎌の刃を押し当て、引き切る。草を刈り取るように、ゴリラの生命を刈り取る。
頭を失ったゴリラは勢いのまま、地面と衝突するように思えるが。そのまま動きを続ける。
慣性があるからでは無い、怪物が頭を失ったところで死なないからだ。
大鎌を引いた勢いで、空中で体を回転させ。ゴリラの胸を、両断する。
頭、上半身、下半身に別れたゴリラの体は。『グシャ』と地面に落ち、動く事を辞めた。
怪物は人型に近いほど。
中型、大型、特級になるほど知能が上がる。
恐怖すら感じる怪物という存在は、一体何なのか。誰にも分からない。人間は、怪物では無いのだから。
ロックの方はと言うと、ハリネズミはもはやただのネズミになり。体中を凹ませて地に伏していた。
「ブラッドにぃの方も問題なくッすね。能力なしで中型相手は僕でも無理っすよ」
「そのうちできるようになるだろ。さっさと帰るぞ」
「はーい」
足早にこの場を去ろうとする俺たちに、背後から静止の声がかかる。もちろんその声の主はハンター。
「待ってくれ!」
待つ義理は無いので、声を無視して走り出そうとするが。
「頼む!」
腕を掴まれた。逃がさないと言う意志を感じさせる力強さだ。この程度であれば、無理やりにでも振り払えるが。ハンターも傷つける以上、振り払うことは出来ない。
「何だ」
「お、お前たちは。何者なんだ」
「知りたければ、上に聞けばいい。それだけか」
振り向く事はしない。背を向けたまま、会話を続ける。どんな反応が帰ってくるか、予想ができているから。
今ですらハンターの声は、少し震えている。恐れているんだ俺を。
「いや、その。言いたいことが、あってだな。助かった。ただこれを伝えたくて、な」
感謝を伝えたくて、それだけのために声をかけられるなんて始めてだ。
だから、お礼ではないが。一つだけ伝えた。
「そうか、逃げれるように動く訓練をした方がいい。ハンターなら身体能力が高いんだ。せっかく高い身体能力も使わなければ意味が無い」
俺は知っている。ハンターの身体能力を駆使して戦う人物を。
ハンターから返答は無く、そのまま俺達は走り出す。人目にあまりつかない、屋根から屋根へと跳び移りながら。
目的地は武器を作り出した裏路地だ。ちゃんと地面を戻して置かないと行けないからな。
「いいんすか、あんな別れ方しちゃって」
「恐れられてたのは、お前でも感じただろう」
「そりゃまぁ、感じましたけど」
恐れられていたのは感じていたが、理解はできていないのだろう。だからロックはスッキリしていない心内を顔に出している。
「それでも。優しいブラッドにぃが、恐れられてるのは納得いかないっす」
「それはお前が、俺と一緒に日々を過ごしているからだろ。何も知らない彼らからすれば、恐怖が第一印象だ」
「うぐ、最もすっね」
ロックは直感と感情優先で生きている。それが美点で欠点なのだが。
他者を思いやれることは才能だ。だから否定もしない。
「まだ恐怖だけなら、気にする事はない。人は恐怖を乗り越えられるからな。拒絶されたらどうしようもないが」
「何か過去にあったんすか?」
「色々な」
本当に色々あった。
「ブラッドにぃって全然、過去の事語ってくれないっすよね。コールねぇだってブラッドにぃの事、知らないって言ってたっす」
「世の中知らなくていいこともあるんだ。好奇心は身を滅ぼすぞ」
会話をしている間に、路地裏まで戻ってきた。武器を地面に戻して、路地裏から出ていく。
「ブラッドにぃ」
「何だ」
「お腹すいたっす」
思いば戦ったから俺も腹がへったな。
「また、同じ店で食べるか」
「やったっす。早く行きましょうブラッドにぃ!」
「走るな」
いつか、後輩と一緒に外食できる日は来るんだろうか。
サイコの烙印~人モドキと呼ばれた彼ら~ 幽美 有明 @yuubiariake
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