サイコとハンターと怪物
総督府の建物から出て、ロックと別れたところまで歩く。ロックは別れた時と変わらない場所で待っていた。
「おかえりっす、ブラッドにぃ」
「ただいま」
「さて、ご飯食べに行くっすよ」
「店はもう選んだのか」
「勿論すっ。結構近場なんで歩いて行けるっすよ」
ロックの選んだ店は、ハンターも使うような店だった。
昼過ぎということもあって、客入りは落ち着いていた。
食器を壊す心配もあまりなく、家族以外の誰かが作った料理を久しぶりに食べた。
料理の量もハンターが使うというだけあって、数人前が当たり前らしい。
世間にハンターが馴染んでいる証拠だなと、そう思いながら食事をしていた。
その最中だ。
スマホから音が鳴りだした、『リリリリリッ!』と鳴るアラームのような音だ。可愛い音にも聞こえてくる。
同じ音が店にいる全員の持つスマホから聞こえだした。
「どうしたんだ」
「怪物警報っすね」
「怪物?」
怪物の名を聞いて、眉間にしわが寄るのを感じた。無意識の反応とはいえ、体が身構える。
「小型見たいっすね。ほら」
ロックが見せてきたスマホの画面には、黒の背景に赤文字でこう書かれていた。
【付近に小型出現。周辺地域の皆様はご注意ください】
赤と黒が重いような雰囲気を醸し出しているが、書いてある文章は注意を促すだけ。危険であるという感じ薄かった。
出現位置の予測地図も表示されていて、近づくなということなのだろう。
「小型か、数は50体あたりなのか。ロック現れた数は書かれないのか?」
「ブラッドにぃ、感覚が違うっすよ。街中じゃ精々1体か2体っす」
「そうなのか」
「そうっすよ。じゃなきゃ俺たちが街中で戦う事になるっす」
言われると確かにそうか。ハンターが対処できてるから、今まで呼ばれないんだしな。
「怪物のことはハンターに任せて、早く食べちゃいましょ」
「あぁ」
そう答えたのは良いが、どうしても気になってしまい食べる手が遅くなる。
ロックの考えに納得できない自分がいるんだ。ハンターに任せればいい、確かにそうだが。怪物を放置することを、思考と身体が拒む。
見るだけなら。
そう考えがまとまると食事の手は早くなった。
「どうしたんすか、急いで食べて」
「用事が出来た。金は払っておく、からお前はゆっくり食べてろ」
「あっ、ちょっとブラッドにぃ」
手早く支払いを済ませ、店を出る。
ロックの声は無視した。自分勝手な行動に、あいつを巻き込む訳にはいかない。
先程見た地図を思い出しつつ、高いところを探す。
この辺りの地理を知らないからな。上から見て地形と地図を照らし合わせ、場所を特定する必要がある。
辺りを見回し、高い建物を見つけた。高い建物の隣にある裏路地に入り、地面を破壊しないように蹴る。
地面を破壊しない脚力では、屋上に上がることも出来ない。だから壁面を蹴りその勢いで反対の壁に飛び、また壁面を蹴る。
その繰り返しで、屋上まで上がることが出来た。
屋上から見る街の景色は、昔の面影などない。
地形を把握し、怪物の出現位置と照らし合わせる。
わかった場所は店から
警報は半径500メートルで発令されるのかもしれない
高いビルの屋上から、隣の建物の屋上に飛び移る。
建物を傷つけないように、降りる場所は慎重に選んで。
やはりサイコに内壁勤務は勤まらないな。建造物への被害が大きすぎる。
力の身の丈にあった戦場に身を置くべきだ。適材適所、できることをすればいい。
それでも俺が動く理由は、怪物がいるからそれだけだ。ハンターが無事倒してくれれば眺めるだけでいい。
元々手出しをするつもりは無いからな。
人目につかないように、なるべく姿勢を下げて。屋上から屋上に飛び移り。怪物が現れたらしい場所にたどり着いた。
大通りとは違い、建物の間を通る細道が多くて怪物を見つけられない。
もう既に移動したかもしれないな。
外に行けば、嫌でも視界に入ってくるのに。自分から怪物を探すことになるとはな。
そう思っていたが、『バンッ』と聞きなれた炸裂音が聞こえた。いつも左側から聞こえる音、銃の射撃音だ。
建物に囲まれた細道では、音が壁に反響してよく響く。場所の特定は容易かった。
それは偶然にも元いた店の近く。灯台もと暗し、か。
最初から外に出て、攻撃音が聞こえるまで待った方が良かったか。
屋根伝いに移動し、射撃音がした細道を見下ろす。
場所は大通りから、200メートルほど離れた場所だ。怪物が人の多い場所に出れば、パニックになる可能性があるな。
眼下の細身には二足小型と、ハンドガンを手にした少女がいた。
少年はベストを着ていて、弾倉やナイフがベストに取り付けられている。
ガチガチに固まった少女の身体、足は小刻みに震えている。緊張もしくは恐怖によるものか。
ハンドガンは両手で強く握りすぎて、体の振動が伝わり震えている。
あれでは照準が定まらないだろう。
不安に駆られるが、手出しせず怪物と少年を見守る。
震える体とハンドガン。少年が引き金を
今度は俺の横を銃弾が横切った。
ハンターは能力が使えない。だからこそ内壁勤務な訳だが。
能力がないというハンデを戦闘技術で補う必要がある。
訓練をして、他のハンターが付き添いをして実戦経験を積むはずだが。辺りに人影はない。
初心者1人で何故ここにいる?
建物のコンクリートが碎ける音と、その破片だけが地面に散らばっていた。
少年と怪物の距離が近づいていく。怪物の動きは緩慢だ。だがゆっくり確実に少年に近づいていく。
少年は後ずさりながらハンドガンの引き金を
2回射撃音がすると、その後からは射撃音がしなくなった。『カチッカチッ』と虚しい金属音だけが鳴る。
弾切れだ。それにも気が付かず。恐怖に飲まれた少年は、壊れたロボットのようにひたすらに引き金を引き続ける。
『カチッカチッ』と引き金の音が鳴る。『カサッカサッ』と怪物が少女に向けて歩みを進める。
少年の足が思うように動かず、後ろに下げた左足が右足にぶつかり転んでしまった。
もう、ハンドガンの引き金を引く音も聞こえなくなり、俺は屋根から飛び降りた。
少年を助けられるのが俺しかいないと確信して。
飛び降りる先は地面ではなく、少年の前にいる怪物だ。
小型二足の両肩に両足で着地する。
そうすれば簡単に小型二足は地面に倒れた。
「え?」
少年からすれば、目の前の怪物が消え。その代わりに知らない男が現れた様に見えたのだろう。
口からは困惑の声が聞こえる。
動きを止めた少年のベストからナイフを抜き取り、足の下でもがく小型二足の頭に突き刺した。
ナイフの突き刺さった頭から、赤黒い血が『じわじわ』と滲み出てくる。
人であれば確実に死ぬ一撃だが、怪物はまだ動いている。このナイフはサブウェポンだから小さいが。この怪物を殺すくらいはできるだろう。
真っ黒な怪物の首筋にナイフを突き立てる。そのまま力任せに首を引きちぎり、次は背にナイフを刺す。
怪物には骨がないから簡単に刺さる。背中を首から股下まで切り裂いて、最後にナイフに付いた血を振り払った。
能力を使わなければ、副作用は発生しない。だから、何かを傷つけることもない。
少年の目は見開かれたまま、閉じることはなく。黒い瞳の奥に俺が写っていた。
「大丈夫か」
攻撃を受けてはいないはずだが、万が一ということがあり得るから声をかけた。
しかし、少年から返答がない。
目の前で手を振ってみるが、目が手を追っていない。
目を開けたまま気絶することがあるんだろうか。
体を揺さぶってみれば、
「な」
肩に手を伸ばす前に、少年の口が動き声がした。
気絶してるわけではないようだ。
「なんで、え?」
「どうした」
聞こえた言葉は、疑問を投げかける言葉だった。だが何を疑問に思っているのが俺にはよく分からない。
「急に人が合われて、怪物の頭が取れて」
「危険だと判断して割り込ませてもらった。獲物を横取りしたみたいで悪かったな」
「いえ、助かりましたけど」
紡がれる言葉はどれも片言で、うわ言のように聞こえる。もしかしてまだ状況を理解できず、反射的に言葉を返しているだけなのか?
少年は瞬きを何度も繰り返し、視線が足元の怪物と俺の顔を交互に見る。
腕と足がわずかに動いたと思ったら、座り込んだまま『ずりずり』と後ろに下がって行った。
「あなた誰ですか!?」
状況に思考が追いついたらしい。
「通りすがりの者だ」
サイコだとここで名乗るわけにはいかない。
「ええぇと、ハンターでいいんですよね。怪物倒しちゃったし」
「まぁそうだな」
ハンターだと誤認してくれるなら、そのままの方がいいか。
少年の視線は俺の顔から逸れ、ナイフと怪物を交互に見る。
「ナイフだけで倒しちゃうなんて、ベテランさんだったんですね。有難うございます!」
「気にするな。一つ聞くがなぜ一人でいた?」
「相方とはぐれたら、怪物警報が鳴って。僕が何とかしなきゃって、一人で来てしまって」
「正義感があるのはいいが、もう少し考えてから動くんだな。怪物との戦闘は初めてか?」
「恥ずかしながら、はい……」
「今度から一人で動くなよ」
「はい!」
正義感が強い少年がハンターになる。それだけハンターが市民に与える安心感が強いいんだろう。じゃなきゃ、ハンターにはなりたがらないだろうしな。
「ブラッドにぃ、何処っすかー」
「
通路の壁に反射して、聞き覚えのあるロックの声と。知らない女の子の声がした。
わざわざ、ロックは俺を探しに来たらしい。
「こっちだ」
「こっちだよ!」
意図せずに少年と俺の声が被さった。と、言うことは。知らない女の子の声は、少年の連れなのだろう。
ついでに少年の名前が、圭祐ということもわかった。
互いに何も話さないまま、見つめ合うこと数秒。
疑問符を含んだ声によって、気まずく見つめ合う行為が中断した。
「ブラッドにぃ、見つけたって。何してるんすか?」
「圭祐やっと、って何してるの?」
ロックの隣に立つ知らない少女が、少年の連れなのだろう。
「怪物を倒してただけだ。そうだろ少年」
「え、はい。そうですね?」
ロックと少女はそれぞれ、俺と少年の前にたった。
少年も、言われる言葉は似たようなものだろう。
「見つめ合ってたこと聞いてるんすけど。まぁ、何もなくてよかったっす」
「小型程度に負けるか」
「そういうことじゃないんっすよねぇ」
少年の方を横目でちらりと見る。
あちらは叱られてるようだ。
「とりあえずさっさと帰りま『ウーーー!』」
サイレンがなる。それはスマホから聞こえたものでは無い。街から聞こえるものだ。
音の発生源は、街灯のスピーカー。
サイレンが理由なく鳴るわけはない。スマホも激しく振動している。
「何事だ」
「こればっかりは、僕も知らないっすよ」
「中型よ、中型が現れるのよっ!」
疑問に答えてくれたのは、名も知らぬ少女だった。
「中型か」
「見たいっすね」
「あなた達何で落ち着いてるのよっ。圭介も早く逃げるわよ!」
「う、うん!」
俺たちにも逃げるように促して、少年少女は逃げていった。
「行っちゃったすね」
「ああ、とりあえず俺達も移動するか」
『ルルル、ルルル』
『ルルル、ルルル』
俺のスマホとロックのスマホが同時に鳴った。
俺の感が囁く。面倒事の予感がすると。
「電話っすね」
「嫌な予感しかしないんだが」
「奇遇っすね。僕もっす」
電話に応答し、スマホを耳に当てる。聞こえてきた声は、家族以外で唯一よく聞く声だ。始まりを告げるあの声だ。
「04号15号緊急の任務が発令されました。市街地に出現した中型討伐。市民の安全を確保してください。能力使用は15号だけ許可します。出現位置はスマホに座標を送りました。以上任務を遂行してください」
『プツン』と電話が途絶え、眼前に持ってきたスマホの画面には地図が表示されていた。
場所は俺には分からない。
「案内は頼むぞロック」
「任せてくださいっす。でも戦えるんすか、ブラットにぃ。能力も装備もなしで」
「武器を作ってくれ、頑丈なやつでな」
「それじゃあ、そうっすね」
腕を組んで考え始めたロックは、こともなしげに地面に両手を付けた。
地面のアスファルトが蠢き、徐々にロックの手元に武器が形成されていく。
長い柄が作られていき、剥き身の刃が先端に形成される。
刈り取ることを目的とした農具を、武器にしたもの。黒い武器が出来上がった
「大鎌か」
「そこは、デスサイズって言って欲しいっす」
「何でもいい、戦えるならな」
ロックから渡された大鎌を、縦に横に振って確かめる。
「能力で補強はしたんで、硬さは保証するっす」
「ならいい、行くぞ。任務の時間だ」
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