サイコと局長
家から市街地までは、それなりの距離がある。家があるのが外壁内部で、市街地は大和の中心にあるからな。
目の前に広がる光景は畑や田んぼだ。
何も植えられていない黒土の畑に、刈り終えた後の茎根が残る田んぼ。
冬の時期だから表層部の農業用地は、寂しい光景になっている。
何かを話したところで独り言になるだけで。そうなると、こうやって考え事しながら歩くしかない。
俺なりの暇つぶしの方法だ。
考えることは大和のこと。もっと言えばこの田畑のことだ。
大和は表層部の半分が農業用地、その半分が市街地となっている。市街地まではこの光景が続くはずだ。
大和は食料生産の大半を、自都市で賄わなければないないからな。第1下層と第2下層は全ての土地が農業用地だ。
他都市との交流もあるが、なるべく自都市で生産をできるように大和作られている。
と考えていた所で背後から音がした。細かい炸裂音からなる、唸るような音。
馬の嘶きのように、緩急をつけた音が背後から聞こえてくる。
さて、俺の背後にあるのは外壁だ。その方向から音がするということはだ、他の家族の誰かが何かしてると行くわけだ。
振り向いて、音の発生源を注視すると。鉄の馬に跨った、誰かが見えた。
鉄の馬は古すぎるか。ヘルメットを被ってるから、誰なのか判断は出来ないが。バイクに跨るような家族は、今家にいる中では1人しか居ないだろう。
「ブラッドにぃー!」
バイクが近づき声の届く距離になると、俺の名を呼ぶ声がした。名の呼び方と声からして間違いないんだろう。
バイクが俺の目の前で止まり、乗っていた誰かがヘルメットを脱いだ。
「リープっちの言う通り、なんで歩いてるんすか。ブラッドにぃ」
バイクに乗っていたのは、ロックだった。呆れた顔を俺に向けて、ヘルメットを左手に抱えた。
「走ったら地面が荒れるからな。歩くしかないだろ」
「そうっすけど。ブラッドにぃ、市街地まで距離があるんすよ。なんのための乗り物っすか」
「バイクは乗れないんだ」
体幹がとかそういうものは、余裕で大丈夫なんだが。壊さないか心配で乗れない。
ハンドルを握り潰さないか、とか思って触れることすら出来ないでいる。
「乗れないのは、ブラッドにぃが市街地に行かないからすっよ。ブラッドにぃ以外みんな乗れるんすよ。あの双子は誰かと一緒すけど」
「別にいいだろう、市街地に行かないんだから」
そもそも、コールや後輩もバイクに乗れるなんて初耳だ。
後輩なら得意げに自慢してきそうなものだが、そんな話は聞いたことが。いや、後輩が話したつもりになっているのかもな。
もしくは、俺が忘れているか。
「リープっちに送り迎えと市街地の案内任されたんで、早く後ろ乗ってくださいっす。ヘルメットもちゃんと被るっすよ」
ロックの後ろ。相乗り用の席に置かれたヘルメットを被り、バイクにまたがる。
ロックに抱きつくのが嫌で肩に手を置いた。
「本当は抱きつくのが相乗りのルールなんすけど、ブラッドにぃなら大丈夫すっかね。その代わりちゃんと捕まっててくださいよ」
「ああ」
何が悲しくてロックと会い乗りしないといけないのか。後輩がバイクに乗れるなら、後輩が来ればよかったろうに。
「リープっちなら、自室で叫んでたっすよ。運転したら事故るからーって俺に頼んできたっす」
俺の心の内を見透かしたかのような言葉に、俺はそんなに分かりやすいかと思う。
「ブラッドにぃ、リープっちのことを考えてる時はバレバレなんすよ。それ以外じゃ何考えてるか分からないっすけど」
「仕方ないだろ、好きなんだから」
「はいはい、ご馳走様っすー」
走り出したバイクは軽快に道を行く。土の道は凸凹している所もあり。時折車体が跳ねる。
「しかしエンジン式とは、よくこんな骨董品があったな」
「これは電動すっよ」
「じゃあこのエンジン音はなんだ」
細かい炸裂音はエンジン式特有の爆発音だ。電動バイクから聞こえるはずのない音なんだが。
「レクトロが魔改造したんすっよ。ロマンを追い求めて、とか何とか言って」
「機会弄りはレクトロの趣味だからな。ここまでやるとは知らなかったが」
「いつもブラッドにぃが壊した、家の機械直してるっすからねぇ」
「あれは機械が勝手に壊れるんだ」
レクトロは三男で、今は任務で家に居ない。
そもそも触れたり当たっただけで壊れる、脆い機械が悪いんだ。
「そういう事にしておくすっ」
バイクの上で風景は流れ、次第に田畑が視界を占領する量も減ってきた。
木々が増え始め人工物も見え始めるようになると、そこはもう市街地の入口だった。
「だいぶ風景が変わってるな」
「まあ、日に日にどこか変わってるっすからね。ブラッドにぃみたいに長いこと来てなきゃ、別世界みたいに感じるかもっす」
「一般人からすれば、俺たちのいる世界が別世界だろう」
「それを言ったら元も子もないすっよ」
森と言うには浅い、林の中を抜けると視界が一気に開ける。
中心に立ち並ぶ高層建築と、その周囲を占める低い家屋。
ヤマトの中心地、市街地が見えた。
アルスフェルトに変わった道を少し進み、駐輪場になっている場所でバイクは止まった。
「到着すっよ、市街地。ブラッドにぃからはどう見えるっすか?」
「別世界とまでは言わないが、だいぶ変わったな 」
俺の知る光景に、高層ビルなんてものは無く。せいぜい総督府の5階建てが1番大きかった。
「まっ、歩きながらゆっくり見て回ればいいと思うっすよ」
「遊びに来たんじゃないぞ」
「ブラッドにぃが、1人で総督府まで行けるならいいっすけど」
変わった街並みに、どの建物が総督府なのか。もし建物が分かっても、どうやって総督府まで行けばいいのか。俺には分からないか。
「分かった、案内してくれ」
「了解っす」
ロックの案内で市街地を進む。外から市街地に入って直ぐの所だからか、雰囲気はさほど変わらない。
見える建物も平屋か2階建ての民家ばかりだ。
聞きなれない音がする訳でもなく、落ち着いた静かな雰囲気だ。
「この辺は外から近いすっからね。農家が多いんで、農閑期のこの時期は結構静かなんすよ」
「中心に近い方は違うのか」
「真逆すっね。年がら年中変わらず、色んなところから音が聞こえて賑やかっすよ」
「それうるさいって言わないか」
「感じ方は人それぞれすっからね」
俺はどちらかと言えばこの雰囲気の方が好きだ。落ち着いた静かな流れの、雰囲気が。
これが平和なんだと、なんとなくだか実感させられる。
俺が護っている、平和なんだと。
市街地の中の住宅地を抜けると色々な音と匂いが混ざり会う中心地に入った。
ごちゃごちゃした感じがなんとも慣れない。
食べ物の匂いがしたと思えば、こい花の香りがしたり。足音がしたと思えば、乗り物の音もして。音も匂いも忙しないな。
視界に入る人もまた忙しなく動き回っている。
「どうっすか、街中は」
「俺は苦手だ」
正直な感想を伝える。ここで嘘をつく意味は無いからな。
「そう言うと思ったっす。なんだかんだ、ブラッドにぃはゆっくりしてるっすからね」
「だが」
「だが?」
「みんな幸せそうだな」
街を歩く人々は、それぞれ違う顔をしているが。皆一様に、喜びの感情や楽しいという感情を見せている。陰鬱な雰囲気などどこにも無く、生命の息吹を感じる雰囲気が。周囲の至るとこれから感じ取れる。
今を生きることに一生懸命なのではなく、それ以外のことを楽しむ余裕がある。
人性を楽しんで生きている、そんな人たちの姿が見えた。
「この風景見てると、僕たちがやってきたことが無駄じゃないって分かるっすね」
「たとえ無駄でも、俺たちはサイコだ。怪物を倒し続けるしかない」
呑気な事を言っているロックに、冷水を浴びせるように現実を突き付ける。
それに対して、ロックはなんてことも無いように答える。
「もし無駄でも、家族のためにはなるっすよ」
「そうだな」
俺達にとっての正解。俺たちだけの意味。それがある限り、戦い続けるんだろう。
「さて、しんみりした話は終わりにして。このまま大通を真っ直ぐ行けば、総督府っす」
通りの向こう。周囲の建物よりも高く聳え立つビル。そこが総督府らしい。いつの世も権力は1番豪華なところに集まるらしい。
「ブラッドにぃ、せっかく市街地ま出来たんだし。帰りに、ご飯食べていかないっすか」
「お前が食べたいだけだろう、ロック」
「いやー、ブラッドにぃお金持ちっすからね。奢って欲しいなーって」
「何も持ってきてないぞ」
元々すぐ帰るつもりだから、何も持ってきていない。そもそも仕事をしてる訳じゃないから、金なんて無いはずだが。
「じゃじゃーん」
ロックが懐から取り出したのは、1つの端末だった。
「その端末がなんだ」
「これはブラッドにぃのスマホっすね。多分知らないと思うすっけど」
端末、スマホと言うらしいが。物自体は後輩が使ってるのを見て知っている。
だが、俺のがあるのは知らなかった。買った記憶もないしな。
「本当に俺のなのか。買った覚えはないぞ」
「だいぶ前から電子マネー主体っすから。ブラッドにぃのお金を入れるために、スマホは買ってはあったんす」
「そうだったのか。でも金ははいってないだろ」
「任務の達成報酬があるすっよ」
「初耳だ」
任務は総督府が発令するもので。そもそも仕事扱いじゃなかった気がする。当たり前の行為、責務、使命。そういう物じゃなかったか。
「ブラッドにぃ、食費とかどこから出てると思ってたんすか?」
「生活必需品は総督府からの支給で、あとは各々内職でもしてると思ってたが」
「普通にお金で買ってるっす。ブラッドにぃ変なところで常識知らずすっね」
怪物や先頭に関しては、ロックよりものを知ってる自信はある。が、非日常に関してはロックの言う事が正しいかもしれない。
「ブラッドにぃ、お金使わないから。結構溜まってるんすよ。たまに食費とかで、使わせてもらったりもしてるんすけどね」
ロックから端末を手渡され、画面を見るがさっぱり分からない。使い方もよく分からない。
「ひとまずお金の心配はしなくていいっす」
「奢れと言いたいんだろ」
「運転の駄賃すっね」
運転の駄賃として、高いのか低いのか。まあいい、後で後輩とデートしに来た時の練習ってことにしておこう。
「現金なヤツだ。店は自分で探せよ。俺は総督府に行ってくる」
「行ってらっしゃいっすー」
背後からロックの見送りの声を聞いて、総督府に入って行く。
もちろん中に入ったところで、局長の居る場所までの行き方がわかるはずもなく。
職員に案内をしてもらって、やっと局長室の扉の前までやって来た。
部屋に入る前には、ノックをするのが常識なんだろうが。そんなことをする必要はなく、扉を開いた。
「来たか」
移動都市大和の全権を握る局長の部屋だ。権力者は総じて絢爛豪華を好むとは言うが。この部屋の主は、絢爛豪華というのが嫌いらしい。必要最低限の装飾によって彩られた部屋は、豪華ではないが貧相ではない。
必要最低限の装飾だからこそ、張りつめた雰囲気が漂っている。
「呼ばれなきゃここには来ない」
部屋の中央のさらに奥。窓際のある大きな机の向こう側。こちらに対して背を向け、窓から街を眺めるのが局長だ。
ただの男というにはその後姿は大きく、大男だと誰もが口をそろえて言うだろう。
体躯で言えば、俺の二倍は優に超えている。人間離れした見た目だ。
「最近はどうだ」
「どうも何も変わらない。昔から何もな」
本題に入るのはまだらしい。
「私に対して、そのような態度と口調を貫くなど。貴様くらいなものだ04号」
「名づけ親なんだ、かまわないだろ」
サイコを作り出した張本人だ。一番遠くて一番近い存在かもしれない。だからこうやって冗談も言える。冗談じゃなくて嫌味かもしれないがな。
「人ではないサイコに、名づけ親などと言われたくないな」
窓に反射して、局長の姿が見える。傷が刻まれたいかつい顔だ。いい歳のはずなのに、髪も肌もまだ若さがあった。嫌味を返す余裕があるらしい。
「ゴリラ局長が名づけ親だなんて、こっちから願い下げだ」
局長のことを熊と比喩する人間もいるが。俺からすればゴリラだ。
「貴様のような子供は、私もいらん。必要なのは戦力としてのサイコだからな」
「相も変わらず、サイコを人間扱いしないな」
「人ではないのだから、間違ってなかろう」
「そうだな」
人と怪物の中間。人モドキなのだから、人間じゃないのは間違いない
「それに知っているか」
「何をだ」
「最近、サイコの存在は薄れている。知らない市民が多いということだ」
「誰だろうな」
時間というのは、変わらないたった一つのことだ。それは、人々の記憶にも結びつきがある。古い記憶は新しい記憶に上書きされ忘れ去られていく。
情報の更新がなされなければ、新しく知ることもできなくなる。
「意図的にサイコの情報を隠してるのは」
「さて、どこの誰だろうな。私は知らん」
「そうか。なら、そろそろ本題に入らないか」
いい加減、話すのが面倒になって来た。
「よかろう。貴様が連れてきた少女だがな。この国の人間でもなければ、人ですらなかった」
「やっぱりサイコか」
ある程度予想はできていたことだ。
「ああ、サイコだった。適応率が低いサイコだ」
「何パーセントだ」
「20パーセントだ。サイコとしては使い物にならんな」
「どこの国の所属かわかったのか」
サイコにとって、適応率とは。寿命に近いものがある。適応率が低ければ、怪物になりやすくなるからだ。
能力使用による、体内へのエネルギー蓄積。適応率はどこまで肉体が、エネルギーに耐えられるかを表す数値だ。
エネルギーに肉体が耐え切れなくなったとき、サイコは完全なる怪物になる。
「国連のデータベースに登録はなかった。怪物の中から出てきたのだから、当たり前だがな」
「とすれば、何かが起きている。か」
「おそらくはな。貴様の考えを聞いて、今確信に変わったところだ」
面倒ごとの予感しかないな。さっさと帰ろう。荒事以外にできることはない。
「戦力が必要になったら、その時は呼べばいい」
局長に背を向けて、扉へと歩いていく。背後で振り向くために、靴とタイルが擦れる音がした。
「少女はお前たちが保護しておけ。それから3日後」
止まることはなく、歩き続ける。
「航空都市艦【
ドアノブに手をかけ、開く。
「牙を研いでおけ」
扉は閉まり、声も聞こえなくなった。
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