サイコと少女

 不思議な少女を横抱きにして、家に帰る。

 家と言っても仰々しい物じゃない。大和の外壁内部にある、整えられた空間ってだけだからな。


 横抱きにしてる少女の呼吸は、安定している。

 服を着ていないし、何より怪物の中から出てきたんだ。体調が急変する可能性も考えていたんだが。

 どうやらその心配は無さそうだ。


 体格から見ても少女で間違いは無さそうだが。詳しいことは本人から聞くしかないだろう。

 少女の髪色からどう考えても、面倒事の予感しかしないがな。


 少女の肩ほどまである髪が、緩く波打っている。

 大和じゃあまり見かけない金髪だ。いや、プラチナブロンドと言うのか?


 コールや後輩が昔何か言っていた気がするが、興味がなくて聞いていなかった。どうせなら、聞いておけばよかったな。

 目の色も少女が起きなきゃ分からないが、黒ではないんだろう。


 大和外壁にたどり着き、任務の報告と少女のことを報告し中に入る。通信先が騒がしかったが、知ったことではない。外部との接触が限りなくゼロに近いからな。人間関係など、とうの昔に壊れてる。

 機械的に報告して、終わらせた。


 中に入って最初に会ったのは、運悪くロックだった。

 ロックはその場の勢いとノリで生きてる。もっと簡単に言えば、野生の勘で生きてる感じだ。

 だからこそ会いたくなかったんだ。ろくな事にならないからな。


「先輩が少女誘拐してきたっすー!」

「誤解を産むようなこと……」


 俺が全てを言い終える前に目の前からロックは消えていた。


「誘拐じゃなくて保護だ」


 俺は間違ったことを言っていない。だと言うのに、更に怪しさが増したのはなんでだろうか。

 誘拐犯の常套句が保護しただからか?

 保護という言い方は、何故か怪しさが増すな。何か適当な言い方があればいいが。あるのか。

 どの言葉を並べても怪しさしか感じない。

 やはりこの状況が怪しさを醸し出しているからかもしれないな。

 全裸少女に服をかけて、横抱きにしている男。

 絵面だけで、怪しさしかないな。

 どんな言葉で飾っても、美辞麗句でしかないか。


「さっさとコールに預けて、部屋で休もう」


 コールの部屋に向かうまでの間、この状況から目を逸らしたくなり。思考をめぐらす。

 

 俺は女の子のことなどよく分からないからな。早いところコールに丸投げしたい。

 どうせ上からそのうち呼ばれるのだろうから。それまで多少は休んでおきたいというのが本音だ。


 戦場以外の場所に行くのは、疲れる。強すぎる力を抑えながら、周囲の人間を傷つけないように行動する。

 面倒なんだ。それに加えて、相手の感情だとかと言ったものも気にしないといけない。ストレスだって溜まる。


 サイコが歩く危険物である以上、外に出ない方がいいんだが。今回の件はどうしようもないしな。


 家の家具やら色々なものは頑丈に作られているし、食器はロックの能力を使用していることもあった頑丈だ。

 だから家の中では安心して過ごせる。

 と思っていたが間違いだったらしい。コールの部屋まで後少しというところで、後輩が部屋から出てきた。


「あ、先輩おかえりなさい。なんかロックが変なこと言って、屋への前を過ぎていったんですけど」

「ああ、この子のことでな。ロックの奴、変な想像をしたらしくてな。勝手に騒いで」

「先輩、その女の子……」


 後輩の目が見開かれ、その視線は少女に固定されている。


「訳あって、外で保護したんだが」

「先輩が私以外の女を抱いでるっ!」

「あ、おい!」


 直ぐに目から涙を流し、泣きながら通路の奥に走っていった。通路の奥にはちょうどコールの部屋があった。


 後輩と言い、ロックと言い。なんであそこまで誤解するんだ。

 コールの部屋の前までたどり着き、扉を開けた。扉を開ければ、部屋の中が見える訳だが。

 スッキリと整理された部屋に、部屋を彩る家具が大人っぽさを感じさせる。

 その部屋の中央には困り顔で立っているコールと、その両側にロックと後輩がいた。

 ロックは慌てた様子で、握ったコールの右腕をブンブン振り回している。後輩はと言うと、顔を泣き腫らしながらコールの左脚に縋り付いている。


「ブラットちゃん。これ、どういう状況……なのかしら?」

「戦場で保護した少女を見たら、2人が勝手におかしくなった」

「勝手におかしくなったって、酷いんじゃないブラットちゃん。ちなみに今横抱きにしてるのがその少女かしら?」

「ああ」


 まだ目覚めない少女を改めて確認して答えた。


「話を聞く前にベットに寝かせてちょうだい」

「分かった」


 少女にかけた上着をそのままに、コールのベットに寝かせた。俺はベットの余ったスペースに座り、少女の方を見た後コール達に顔を向けた。

 コールの目が、何があったのかを話せと物語っているので要約して話す。


「特級を殺したら、コアの代わりに少女が出てきて保護した」

「コアの代わりに少女が出てくるなんて、珍しいわね。つまり、少女は戦利品ってことなのね」

「おい、もう少しマシな言い方はないのか。保護したんだから、戦利品ではないだろ」


 女を戦利品扱いするのは、タチの悪い軟派位なものだろう。

 俺の女は後輩だけで十分だ。


「でもコアは戦利品だし、その女の子がコアの代わりなら戦利品よね?」

「言葉の上ではそうかもしれないがな、言い方を考えろ」

「じゃあ、戦利人ね。ものじゃなくて人だもの」

「そういうのを屁理屈って言うんじゃないのか」


 色々納得したらしいコールが、すがりつく2人を宥めてくれる。俺が宥めるよりは、何倍も早く2人は落ち着いた。

 俺が口を挟めば、余計こじれるだろうからな。冷静な第三者が、説明をした方がいい。


「それで、ブラットちゃん。この子どうするの?」

「それは政府が決めることだろ。もっと言えば局長がな」

「じゃあ、それまでこの子を預かればいいのね」

「頼む、そのうち迎えが来るだろうからな。俺はそれまで部屋で休んでる」

「わかったわ、ゆっくり休んで。特級討伐お疲れ様」

「ああ」


 少しでも多く休むために、足早にコールの部屋を出る。自室に戻り、ベットの上で目を閉じて、時間が過ぎるのを待った。

 目を閉じている時、時間の感覚というものはあやふやになる。

 見えるものは瞼の裏だけで、視覚が制限された世界というのは。他の感覚が鋭敏になる。

 空気の振動である音、物が振動すれば肌で感じる。

 どれほどの時間が経ったのか。曖昧な時の中で、扉の向こうで『ドタバタ』と音が鳴った。


「政府のお迎えが来たか」


 ベットから身を起こし、扉を見つめる。透視能力は無いから、扉の向こうがどうなってるか分からないが。役人かハンターが走り回っているのだろう。

 誰かが廊下を走る音を聞きながら、タンスの服を眺めている。市街地で来ても問題ない服はどれだろうか、と。

 悩んでいるうちにスピーカーから『ジジッ』と音が鳴った。


「04号、総督府局長室まで出頭しゅっとうするように。これは局長命令です」


 局長とは大和の全権を握る人物。大和総督府の局長だ。だから、局長命令ともなれば拒否権は無いに等しい。

 元々断るつもりも無かったから、局長命令だろうと気にはしないが。


 結局どの服を着ても変わらないだろうと判断して、朝来ていた服をそのまま着ることにした。1時間も着てないんだ、他の服を着たら洗濯物が増える。


「先輩いいですか」

「何がいいか知らないが、いいぞ」


 何を見られても困らない俺は、そのまま後輩に入室を促した。まあ、服を着てるからいつも通りなわけだしな。


「市街地に行くって聞いたので。とりあえず、戦闘服じゃなくて良かった、先輩あまり市街地行かないですから心配だったんです」

「局長からの呼び出しだ。戦闘服で行こうかと考えたが、騒ぎになるかと思ってな」

「やっぱり考えてたじゃないですか、だから心配してたんです。それで、その格好で行くつもりじゃないですよね?」

「だめか?」


 後輩が揃えてくれた服だから、問題ないと思ってたが。戦闘服でもないし、良いだろう。


「首輪どうするんですか、丸見えですよ」

「どうって、このままでいいだろ。今更気にすることじゃないんだ」

「私たちは気にしませんけど。一般市民が気にするんですよ」


 後輩は俺より市街地に詳しいから、言っている事は間違いないんだろう。

 後輩はよく市街地に行くらしい。後輩は、と言うか俺以外の家族がか。

 食料品やら日用品。この服だって市街地で買ってきたらしい。

 俺の中では、サイコは危険そのものという認識があるから。どうしても必要なければ市街地を避けるようになっている。

 物を破壊し、人を傷つけるのでは無いかとな。

 古い考えであることに間違いないが、改めようにも改められない考えだ。


「このコート着て、ちゃんと首元まで隠してくださいね」


 手渡されたコートは口元までえりで隠れるコートだった。だが、


「これじゃあ、余計に目立たないか?」

「寒いんですから、大丈夫ですよ」

「そういうものか」

「そういうものです」


 コートを着ると、後輩がコートのボタンを止めてくれる。


「自分で出来るんだが」

「私がしたいんです。恋人らしくていいじゃないですか」


 ボタンを止め終わり。俺の周りを『グルグル』と周り、全身の確認をした後輩が目の前で笑った。


「よし、最高にカッコイイですよ先輩」


 笑う後輩を見て、最近恋人らしいことをしていなかったな。そう思った俺は、後輩の前髪を右手でたくし上げ。腰を少し曲げて、隙だらけのおでこに『ちゅっ』と口付けをした。そして耳元で、


「ありがとう」


 と呟いた。後輩の耳元から顔を離すと。後輩は『キョトン』とした表情のまま固まっていた。刺激が強すぎたかもしれないな。


 固まったままの後輩を置いて部屋を出る。廊下を歩きながら、外に出ようと歩いている途中。


「あぁぁぁぁぁ!!」


 と、後輩の悲鳴のような。嬌声のようなものが聞こえてきた。再起動するまでに時間がかかったな。背後からいまだ聞こえる、後輩の声を聞きながら口元が少し吊り上がる。笑うまでは行かないが、少しニヤけた口元で俺は家を出た。

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