エピローグ
翌日レイナード港に着いた一行は、これまたヘーゲルがこっそり用意していた馬車に乗って無事に帰国を果たした。
クローゼはエドガーの姿を認めるなり、『貴方という方はまったく!』と叱りつけたが、それが彼なりの喜びの表現だとすぐにわかった要たちは笑顔で、クローゼに叱られるエドガーを見ていた。しかし、早速これまでに溜まった仕事をさせようとした時には、さすがに全員で止めに入ったが。
ようやくふかふかの布団でぐっすり眠ることができた要は、翌日エドガーの自室に呼ばれた。
今回自分のために頑張ってくれた要に褒美を取らせたいとのことだったが、頑張ったのは自分だけじゃない、皆がいてくれたから頑張れたのだと言って要は丁重にお断りした。
その代わりにまたここに来てもいいかと尋ねると、エドガーはいつでも来るといい、そう言って満面の笑みを見せた。
小鳥の姿になってしまったリトゥスは、本人がすでに人間の言葉を話せないことや、この姿ではもう何もできないだろうということで今のところはお咎めなしとなった。
だが、またいつ人間の姿に戻るのかわからないのと、さすがに無罪にするわけにもいかないので、アリスとラウルが監視という名目でリトゥスの世話をするように、とエドガーから命じられた。
それを聞いたアリスは心底げんなりした様子を見せたが、可愛いもの好きのラウルは大喜びでリトゥスの入った小瓶を頭上に掲げ、くるくると喜びの舞をエドガーに披露したらしい。
カルマン王国のその後はと言えば、第三騎士団がリトゥスを倒してカルマン国王を救ったという風に偽装することに無事成功し、それまで城を占拠したリトゥスを恐れて家の中に
これでレイナード王国とカルマン王国の外交関係もこれまでよりさらに良くなり、貿易もまた活発になるだろうとエドガーは嬉しそうに要たちに話してくれた。
そして、エドガーを救ったことによりレイナード王国も救われ、さらにリトゥスに占拠されていたカルマン王国をも救った功績は、まさに【救国の主】として本当に素晴らしいものだとエドガーだけでなくクローゼ、ヘーゲルにまで称えられてしまい、要はひたすら恐縮するばかりだった。
※※※
千鳥はレイナード王国で厳重に保管してもらうことになり、いよいよ要が元の世界へと帰される時がやってきた。
旧礼拝堂にはアリスによって新しく描かれた六芒星の魔法陣があった。その中心に要が立っている。そんな要の前には今回の事件を知る五人と、ラウルに大事そうに持たれている小瓶の中にいる一羽の姿があった。
「あんた、エドガーに『またここに来たい』なんて言ったんですって? 随分物好きね」
腕を組んだアリスの隣ではエドガーがうんうん、と大きく頷いている。この王様早速アリスに言いやがった、要は思わずエドガーを睨み付けそうになったが事実なので否定はしない。
「今回みたいなのは勘弁だけど、お祭りとかそういう楽しい時にはまた来てみたいなーって」
頬を掻きながら、照れくさそうに要が言うと、アリスの表情が少しだけ柔らかくなった。口角がわずかに上がる。
「そうね、その時はまたあんたを召喚してあげてもいいわ」
相変わらずの上から目線で態度も偉そうだったが、不思議と威圧感は全く感じなかった。
「必ず、また来てくださいね。その時はもっと厳しい稽古を付けてあげますから」
ラウルが目を細め笑って見せる。
「それはちょっと……」
嫌だな、と要が返すと周囲に笑いが巻き起こった。
それぞれが簡単に挨拶を済ませると、大きく深呼吸をしたアリスが術詠唱を始める。魔法陣からまばゆいくらいの光が溢れ出し、要の身体を柔らかく包み込んだ。
「……ピーッ、ピーッ!」
それを合図にするかのように、小さなリトゥスが甲高い声で鳴く。
「じゃあ、またね!」
要は意識が途切れる前に、とそれだけを言って皆に手を振る。もう声も届いていないかもしれないが、それでも言っておきたかった。
そして、こちらの世界に来た時と同じように意識が途切れると、真っ白な空間を経由して自分の元いた世界へと帰る。
もう女の子の泣き声は聞こえなかった。
※※※
静かに目を開けると、白い天井が見えた。
「……あれ……まだ白いまま……?」
自分の部屋でないのはすぐにわかった。ではここはどこなのだろうと思いながら、やや不安げにゆっくりと視線を動かす。そこで誰かと目が合った。
「――要!」
「……母さん」
今にも零れ落ちるのではないかと思う程の涙を浮かべた母親が、心配そうに自分を見ていた。
どうやら無事に帰ってこられたらしい。そして、現在の状況を知る。綺麗にアイロンがかけられた白いシーツに、枕や布団。
「ここ、病院……?」
「そうよ、昨日トラックに撥ねられてここに運ばれたの。わかる?」
母親は要の右手を取ると、それを両手で優しく包み込む。いつもの温かい手だった。
「……うん、わかる。今、何時……?」
そうだ、自分はトラックに撥ねられてすぐに遠い異世界に旅立ったのだと思い返す。その後、こちらではどのくらいの時間が経っているのだろうか。
「朝の五時よ……ってそうだわ! 要の意識が戻ったってお父さんにも知らせてこないと!」
思い出したようにそう言うと、母親は慌てて病室から出て行こうとする。父親はちょうど席を外しているところだったのだろう。
朝だということは事故に遭ってから大体半日くらいか、と計算した。思ったよりも時間は進んでいなかったようで少し安堵する。
「まったく、せわしないなぁ」
ベッドで横になったまま、個室を出ていく母親の背中を苦笑いで見送る。
起き上がろうと身体を少し動かすと全身に激痛が走った。見れば腕も足も、頭さえも包帯でぐるぐる巻きにされている。だが点滴などはされていないようなので、多分そんなに大した怪我ではなく、きっと全身打撲とかそんなものなのだろう。異世界に行っていたせいで、意識がなかなか戻らなかっただけで。
家族には迷惑を掛けてしまったな、と申し訳なく思う。しかし事故に遭った事実は消えない訳で、要は小さく息を吐くと視線だけを窓の外にやった。
ビルやマンションの隙間を縫って、綺麗な朝焼けが見える。
「真っ赤な空……」
ぼんやりと呟きながら、同じような瞳の色をした気の強い、しかしとても繊細な心を持った少女のことを思い出す。自分が王様と大きな国を救ったなんてまるで夢のようだ、と思った。だが、この手にはしっかりと千鳥を握っていた感触が、まだ鮮明に残っている。
「……また、呼んでくれるよな」
少しずつ日が昇っていくのを穏やかな気持ちで眺めながら、今は繋がらない空の下にいる仲間たちのことを思う。
今度呼ばれる時は、何かお祝い事とかで皆が幸せな時だといいな、とそんなことを考えながら要は朝焼けに向かって小さく微笑んだ。
【了】
救国のカナメ 市瀬瑛理 @eiri912
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