第32話

橘一季は、今頭の中に残っている絵をうまく説明・・・いや理解することが出来なかった。ただ、いつもの奇妙な心地よい匂いだけがつーんと残っていた。

若い弘美は黙ったままである。

「ねえ・・・何とか言ってよ」

弘美は、まだニヤニヤ笑っている。その顔を見ていると、ますます憎たらしくなって来た。

「いいかげんにして!」

弘美は笑うのを止め、手を上げた。

「分かったよ。説明をするより、あったことを・・・この七日間、一季が体験した冒険を思い出させてあげるよ」

「冒険・・・やっぱり、私はあなたと冒険したのね」

弘美は頷いた。

「目をつぶってごらん」

「また・・・?私を何処かに連れて行く気なの?」

「いや、もう君の冒険は終わったんだよ。何もする気はない」

弘美はきっぱりと言い切った。

一季は弘美に言われるがまま目をつぶった。この前は、弘美の手が目の前に出され、びっくりして目をつぶってしまったが、今度は、自分の意思だった。何があったのか、私が目をつぶっている間に、何かが起こっていたのか・・・それが、とても気になったのである。

それに・・・もう一つ気になることが・・・?目をつぶった時、目頭に冷たいものを感じたのだった。

(何・・・?)

と、一季は思った。

(涙・・・)

一季は、それ以上考えなかった。考えられなかったのである。

(どういうこと・・・)

橘一季は意識がだんだん薄れていく中、自分という存在が、深い霧に包みこまれて行くような気がしたのだった。

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時を超える愛 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog

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