第31話

「待って!」

 一季は立ち止まった。

 「何?」

 「何処へ行くの!」

 夕子は聞いた。この老いた弘美が何処へ連れて行こうとしているのか、気になったというより、ちょっと不安になったのである。ちょっぴり怖かったのである。

 「怖いかね?大丈夫だよ。私を信じて・・・。何も心配しなくてもいい。君と私だけの冒険の旅が始まるのさ。さっき、そう言ったよね」

 「むぅ・・・」

と言われても、気になる。

「冒険の・・・旅って・・・どういうこと?何処へ行くの!」

 やっぱり気になる。旅というものは、みんな二泊とか三泊とかいうやつ。冒険という言葉がついているから、普通の旅とは違うのかな。R13は、ずっとミャーを抱いたままのである。ミャーも連れて行く気なのかな。

 「君が心配・・・不安になるのは分かる。でも、日記を読んだね。君と私は互いに好き同士なんだよ。ただ、私は、こんなに年を取ってしまったけどね。その頃から四十六年経ってしまった年齢だから仕方がないね」

 こう言うと、R13はちょっぴり恥ずかしそうに笑った。そして、彼は、

「いいかい、私を信じて、目を閉じて・・・」

 R13は、左手を一季の目の前で広げた。急に目の前に大きな手を出されたので、一季はびっくりして目を閉じてしまった。


それから、どれ位の時間が経ったのか分からない。十分や二十分のようでもあり、何日も経っているような気もした。

「いいよ、目を開けてごらん」

という声が聞こえたので、彼女はゆっくりと開けた。でも、聞こえて来た声に聞き覚えはあったが、老いた弘美の声ではないような気がした。


「ああ!」

一季は叫び声を上げた。そこに立っていたのは、老いた弘美ではなく、彼女が良く知る若く時々憎たらしくなる弘美だった。

「今まで、何処に行っていたの!」

一季はこう反応した。自分が目をつぶっている間に、何が起こったのか、この短い時間では認識出来なかった。短い時間・・・?

「あの人は・・・何処へ行ったの?」

夕子はこう言った後、

「待って、待って・・・私、よく分からないわ」

と頭の中の混乱を、彼女はうまく整理出来なかった。彼女を混乱させていたのは、目を開けたら老いた弘美がいなくなり、若い弘美がそこにいたことだった。


若い弘美がにやにや笑っている。一季は、何だか腹が立ってきた。彼女にはすっきりしない気分が残っていた。目を閉じ、次に目を開けた時までの出来事が、一季の脳裏の中におぼろげに残っていることだった。このモヤモヤ感は、何?

「何があったのか・・・というより、私に何をしたのか・・・教えて!」

一季は少し怒った調子で、若い弘美を睨み付けた。

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