第13話

 片付けが一通り終わると、意外と使えなくなったものは少なかった。


 電子機器はパソコンが修復不可能、無線機は多少破損したものの戦場で被弾した無線機を修理できなかったら終わりなので、その程度なら何の問題もない。


 その場で修理できる。


 他の装備は防弾のカバンに入っていたので、被害はなかった。


「意外と被害が少ないな」


「そうだな」


 突然、部屋のドアがノックされたのと同時に開いた。皿を二枚持った黎明が立っていた。


「昼食をお持ちしました」


 そう言って黎明は机の上に皿を置いた。カルボナーラとサラダだった。なかなかおいしそうだ。


「失礼しました」


 そう言うと黎明は音もなく去っていった。


 俺はその時気づいた。黎明の雰囲気が朝と違う。この雰囲気は……。

「あいつ誰か殺したな」


 俺が言うより早く、信也が言った。黎明にもはや仕事をする必要性はない。消去法をやっていくと、例のあの特殊部隊が動いた可能性が高い。黎明が生きていると言うことは、返り討ちにされたんだろうな。


 俺らは、同時に同じことを考えた。これは、近日中に向こうが動くつもりだと言うことを示唆している。


 運が良かったのか悪かったのか、その日の夜、事態は起きた。


 夜十一時


「そろそろ寝ようぜ」


 俺は読書をしている信也にそう言った。


「いつ敵が動くかもわからない今、のんきに寝てていいのか?」


 信也は俺の方を見ながらそう言ったが、その直後、思い直したように


「まあ、仮眠ぐらいしておくか」


 と言っ布団に入った。目をつぶっているが二人ともしっかり起きている。


 夜十二時


 銃声が聞こえた。俺らは飛び起きる。信也は、スマホの電源を付けた。


「付近の道路の防犯カメラに不審な影が映っている。あっ、壊された」


 信也が言った。


「この近辺で他に防犯カメラは無いのか?」


 俺が聞くと信也はかぶりを振って


「ない。このマンション付近で防犯カメラがあるのは、あそこだけだ」


「一階に行こう」


 俺は一階に向かって駆けだした。信也は


「これ、適当なところに付けて置いてくれ」


 と言う。俺が手を出すと、深夜は消しゴム大の塊をいくつか俺の手のひらに置いた。


「盗聴器だ」


 俺はうなずくと、無線機を持って走り出した。信也の声が、無線機越しに聞こえる。


「多分一発目の銃声は入口の鍵を壊すためのものだ。奴らの足が足が速くても、まだ二階には到達していない」


 その時、俺は既に二階に到達していた。そのまま一階に行こうとした瞬間、長年鍛えられてきた勘が警告してきた。


 俺は反射的に飛びのく。その瞬間、窓ガラスがビシッビシッビシッと何かを弾く音を立てた。だが強度に限界が来たのか、十秒も持たず粉々になる。ガラスが降ってきた。


 それと同時に、銃弾が床に穴をあける。隣のビルの窓から機関銃を発砲したらしい。随分と派手だ。


 もしあそこにいたら、俺は穴だらけになっていただろう。


 こうなってしまうと俺は動けない。俺の武器では遠距離攻撃が不可能だ。このままだと向こうに攻撃されっぱなしで負ける。そう思った次の瞬間だった。


 後ろから発砲音して、機関銃の攻撃が止まる。


 俺は素早く後ろを振り向いた。そこには、スナイパーライフルを構えた男が立っていた。


「黎明に雇われた。一緒に戦ってくれだってさ」


 その一言ですべて理解した。黎明は攻撃を受けた際に戦ってくれる味方を用意していたのだ。万が一、襲撃を受けた際に己を守れるように。


「ありがとう」


 俺はそう短く言うと、階段を駆け下りた。


 ロビーにはすでに敵が踏み込んでいた。黎明を含む何人かが応戦していたが、物量で攻めてくる敵に対して、数の少ない我々は分が悪い。


「岩沢、来たか」


 黎明は俺に気づいたらしい。


「きみには頼みたいことがある。二階の窓から飛び降りた経験は?」


「ありますけど」


 緊急で脱出せねばならない時、二階の窓から飛び降りる事なんてしょっちゅうだ。多分、三階からでも行けるだろう。


「私が合図する。緑色の煙が見えたら、二階の窓から飛び降りて、そのまま下にいる敵を倒してくれ」


 黎明が落ち着き払った様子で俺に命じた。機関銃が火を噴く。俺は身をかがめてカウンターの陰に隠れた。


「分かりました。でも、それだけじゃ俺普通に死にますよ」


 相手は二十人弱。こっちは上にいる狙撃手含めても五人ほど。いくら何でも押し負ける。


「それと同時に、こっちも突撃する」


 黎明はそういった。随分と落ち着いており、一切動揺していない。この程度の死線、黎明は何度も潜り抜けたんだろう。


 残念ながら、俺にこんな死線を潜り抜けた経験はない。最も脱出も不可能なので戦うしかないのだが。


「分かりました」


 俺は撃たれないよう注意しつつ、二階へと駆け上がった。


 敵もそこまで人数いるわけではないらしい。二階に行くと、マシンガン攻撃は再開されてなかった。二、三人の狙撃手が窓から警戒している。


 俺は狙撃手のいない反対側の窓に行った。外を見ると、路上に敵兵が何人か隠れている。入口付近では、扉に隠れながら撃っている兵士が二十人弱。合計すると、二十か三十人強ほどの少数精鋭部隊らしい。


 とは言え、我々よりは遥かに多い。


 俺は信也からの指示を聞いていた。


「敵数二十四体。内二十体が入口に集中。残り四体が狙撃役をやっているのだが、さっき一体やられたから残り三体の狙撃手がいると考えていい」


 信也はまた落ち着いた声で言った。いつもと違い、仕事中は随分と落ち着いている。敵の装備は・・目視できる範囲では短機関銃、手榴弾、ナイフ。手榴弾は威力がありすぎて自分らも巻き込まれる可能性大だから、使う可能性は低い。


 俺の脅威になりうるのはナイフ、窓から飛び出した際に空中に浮く数秒間は、短機関銃が一番の脅威になりうる。


 バーンと大きな音がして、玄関全体に緑色の煙が上がった。運悪く爆発の直撃を食らった兵士が数メートル吹っ飛ばされ、残りの兵士も煙に巻かれて混乱に包まれる。


 俺は慌てて窓を開け放つと一階に向けて飛んだ。兵士が慌てたように俺に発砲してきたが、空中で体をひねって難なく躱した。


 そのまま地面に降り立つ衝撃を膝で殺し、膝をバネにして跳躍する。


 俺の近くにいた鈍く不幸な敵は、何があったのか理解する間もなくウルミで解体された。


 銃を構えた兵士に間合いを詰める。ウルミの間合いはナイフに比べると圧倒的に広い。さらに、ウルミを使っている間は鞭を振り回す時と同じように、自分の周りに刃が広がるため、そもそも近づくことが難しい。


 近距離戦最強の武器の一つだ。弱点があるとしたら、


「よっと」


 俺はウルミを振りながらジャンプして機関銃掃射をよけた。ウルミは近距離用だ。相手が遠くにいると、攻撃ができない。


『黎明たちが入り口から出てきた。殺すなよ』


 信也の声が無線から聞こえた。俺は少し入り口から距離をとる。まだ緑の煙が漂っているせいで、まるで濃霧の中で戦っているようだ。うっかり味方に殺されたり、殺したりしたら笑えない。


 俺は、少し離れたところで木々やビルに隠れて狙撃している敵兵を、少しずつ減らしていくことにした。


 狙撃手は、たいてい、スポッターと呼ばれる相棒と一緒に行動している。


 スポッターの仕事は、風や距離などの測定、スナイパーの護衛、などなど、スナイパーが狙撃に集中できるようにすることである。まず、そいつがいるから、スナイパーへの奇襲攻撃は、背中からぶっさすだけでは終わらない。たいてい普通に正面からぶつかる羽目になる。


 俺はビルを駆け上がりながら、ため息をついた。面倒くさいのだ。狙撃手殺しは。


 ビルの屋上に着いた。狙撃手一名と、スポッター一名の合計二名。だが、すぐさまスポッターに気づかれた。やばい。スポッターが銃を構えるのと、俺がナイフを投げるのとが同時だった。ナイフが銃身に当たり、銃口がずれる。俺の身代わりとして、コンクリートの床が穴だらけになった。狙撃手が狙撃銃を向ける。すぐさま弾が飛んでくる。俺はナイフを取り出すと、それで受けた。ナイフが砕け、俺の体は衝撃で床に転がる。


 さらに機関銃が床を砕く。俺のところに到達する前に転がりながら立ち上がった。


 そのままウルミを振り回しながら跳躍する。狙撃手が慌てて発砲した弾丸を素早くナイフで弾いた。ナイフが床に転がる。空中にいたのは悪かった。俺は衝撃を殺せず吹っ飛ばされて床に転がった。受け身をとれなければ屋上から放り出されていた。


 狙撃銃の威力が凄まじい。特別製の固いナイフが砕けるなんて、あり得ない。早くここを撃破しないと。狙撃手はここだけではない。まだまだ数カ所にいる。早くしないと舌にいる味方が壊滅する。


 俺はさらに跳ね上がると、全速力で敵に突っ込んだ。機関銃の安全装置めがけてナイフを投げる。あと少し遅かったら俺はハチの巣になっていた。安全装置がかかり、銃から弾は出なかった。狙撃手が放った弾丸を、ぎりぎりで躱すと。間合いに入った。俺はウルミを振る。地面が削れる。コンクリートの破片が宙に舞う。そこに、肉片が混ざった。


 ウルミは、敵に一瞬で甚大なダメージを、全身に与える。倒れた敵兵を一瞥することもなく、俺は次の建物に飛び移った。これで隠れている狙撃手は撃破した。残りは、多分さっき機関銃を撃っていたやつのスポッターだろう。俺は屋上に隠れていたその人を、ウルミで切り刻んだ。


 そのままビルから飛び降りて、一直線に道を歩いていた兵士を切った。


 その瞬間、真後ろで殺気を感じた。慌てて振り向こうとしたが、間に合わない。


 最後に聞いたのは、スナイパーライフルの発砲音だった。弾丸が飛び出し、右こめかみをぶん殴る。俺は脳をぶちまけながら吹っ飛ばされた。


 いつだったか、バスの窓に張り付いて溶けた粉雪があった。


 俺の骸に、雪が降り積もっていく。

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粉雪 曇空 鈍縒 @sora2021

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