『お客様』は神様です

「大変申し訳ございませんでした。」


 いきなりで何が起こったか分からない、といった風に唖然としている目の前の魂に此方の不手際を説明します。どうやら全て察して頂けた様で、感情が困惑から段々と喜びに変わっていくのを感じます。


「では、具体的なプランを決めていきましょうか」


 そうして今日も私は『お客様』の代わりに誰かを新たな生に送り出すのです。



「プトマちゃんお疲れ〜」

「お疲れ様です、ラートエル様」

「俺いっつも言ってるよね?ラートって呼んでよ。それにさぁ……ほらほら、もっと肩の力抜かないとお客様に怖がられちゃうよ?リラックスリラーックス」

「私は何故貴方がお気楽なままで仕事が出来ているのか何時も不思議です」


 それなのにラートエル様は私と同じ位の仕事量をこなしています、そこだけが尊敬できる唯一の長所……でしょうか?上司である大天使様はとても怖い御方ですが、その目を逃れて楽しようとする度胸はある意味尊敬できますね。


「それに、私達の『お客様』は神様です」



 私とラートエル様が所属する天界代行派遣会社『××』輪廻業務支部は、一部の神様の代わりに本来死ぬべきでは無かった死者の魂に『新たな人生プラン』を提案し、全ての業務をこなす事を仕事としています。

 ラートエル様はよく「プライドだけはお高い老害の代わりに頭を下げる仕事」や「新しいシステムに置いてかれた思考が前時代で止まってる奴らの尻拭い」等と言いますが、決してそんなことは無いと私は思っています。ええ、思っていますとも。


 具体的な業務内容は至ってシンプルです。

 まず、魂に対して此方の手違いで死んでしまった事をお詫びします。此処でもし魂が怒りで我を忘れる様な事があれば土下座も視野に入れておきましょう。向こうは魂だけで肉体を所持していません。物理的に被害が及ぶことは基本的に無いです。


 次に新しい人生プランを提案します。ただし人であるかそれ以外であるかはその方次第なので『人生』プランと言っていいのかは分かりませんが。

 選択肢の一つは『普通に輪廻転生をする』、もう一つが『記憶を持ったまま転生する』となっています。記憶持ちを選択した場合であれば転生先の世界、性別、種族、容姿、能力、家の裕福さ、果ては親の出来不出来等、全てをお選び頂けます。

 そこから条件に一番合う転生先を天界のデータベースから検索し、転生して頂きます。


「ほんとプトマちゃんってお堅いよね〜。依頼主のジジイと変わらないくらい……」

「今、何か仰いましたか?」

「なんでもないでーす」


 出社は各々のタイミングで可能、仕事数と内容の質により給料が神界銀行に振り込まれます。社員の金銭の使い道は様々で、ラートエル様のように地上の服装に全てを使い切る方もいらっしゃれば、貯金して地上への旅行ツアー参加費にする方もいます。基本地上関係で使う方が多い印象ですが、私は将来役目を終え輪廻転生する時に備えて貯金しています。


「そういえばラートエル様、会議の資料の件ですが……」

「あっ、もうこんな時間!じゃあね〜」

「……逃げられましたか」


 天使に定年はありません、寿命がそもそもありませんから。死を希望するのであれば魂管理支部の天使向けプランである『再臨システム』を選ぶ事をおすすめします。再臨というのは、その天使の魂をもう一度別の天使として生まれさせるという事です。人間にとっての転生ですね。人間でも天使でも主でも魂を使い回せるなら何度でも使い続けるのはよくある事です。

 魂を使い回す事について説明を忘れていました。うっかりです。人間で説明すると、記憶や人格に関係するのが魂です。よく『身体が覚えてる』等という事がありますが、これは肉体では無く魂に刻まれている記憶が元となっています。記憶は脳に仕舞われると同時に魂にも暗号で刻まれています。例え元となった記憶の詳細を忘れてしまったとしても 、魂には刻まれているので完全に失ってしまう心配はありません。人間風に言えば記憶のクラウドという事ですね。

 後、『今まで習った事が無いのにやってみたら直ぐに出来た』という事が稀に有りますが、これはその事を前世で魂に消えない程強く刻んだのが原因です。ノートに強い筆圧で書くと次のページにもその跡がついてしまうのと同じで、輪廻転生の輪に入れても完全に消えない事が極稀に有ります。ただし基本的に前世でその事の天才だったのでは無く、努力の末に手に入れた能力なので強く刻まれていることが多いです。

 『運命の出会い』というのもこれに該当しますね。ただ、それが良い運命かは分かりませんが。悪い運命の出会いというのは……そうですね、前世でその方に殺された等でしょうか。


「あら、プトマエルさん。新人研修は順調?」

「勿論完璧です」

「ラートエルは?」

「先程何処かへ行かれてしまいました」

「またサボる気ね……ありがとう、頑張ってね」

「フォワエル様もお疲れ様です」


 今の方は私の、そして貴方の上司となる方です。後で紹介しますね。


 魂には寿命が有ります。輪廻転生の回数を重ねる度に容量が少なくなっていき、最後には消滅してしまいます。完全に消滅するまでには大体200から300年程かかりますが、生まれ変わるまでに間を開けますので実際はかなりの長さを同じ魂で回しています。開ける年数は50年前後ですが、神様によっては感じる時の流れが違うのでそこはあまり気にしなくても大丈夫です。

 先程説明し損ねたのですが、天使も人間と同じように輪廻転生が可能です。とはいえ、プランを選ぶのではなく普通の転生なので本当に仕事を終えた方しかしていません。しかし天使として働いていた時の給料を貯めておけば、それで払うことである程度の希望を聞いて貰えます。私は……まだ決めてません。少なくとも数百年はここで仕事をすると思っていますので。


 では、ある程度覚えた方が良い名前を紹介します。

 まずはフォワエル様、先程出会ったショートヘアの方ですね。天使の中で再臨数はかなり少ない方に入ります。仕事も出来る尊敬すべき方ですよ。私?私は……これでも再臨数は多い方です、その割には年数は短いのですが。前の記憶はありませんので何故ずっと短期間で再臨し続けているのかは理解出来ません。他の方々が気にして無いので特に可笑しな点は無いのでしょう。

 ラートエル様の説明はしません。再臨数は少ないですが、アレを尊敬する必要は無いので。


 ……知識が偏っていらっしゃるのですね。所謂『厨二病』という物でしょうか。確かにガブリエル様やミカエル様といった地上でも有名な方々は実在します。ただし、私達一般天使に会う機会などはありません。それにあの方々の担当区域は西方面ですので、こちらに来る事はまず無いです。


 まあ、そうですね、もし貴方の働きが評価され、上の部署に行く事が出来れば可能性は有るかもしれません。だから今すぐにそんな目で此方を見るのを止めて下さい。


 まあしかし、地上には随分物好きな方もいらっしゃるのですね。まさか最近流行りの『異世界転生』や『ゲーム内転移』では無く私達の仕事に興味を持たれるとは思いもしませんでした。

 ……失礼、家族でしたか。天使になれば家族を見ていられるとは、新しい考え方ですね。給金を使えば夢枕にも立てますが、試されますか?


 しかし、やはりあのプランは死亡時に家族との仲が良い場合は向いていませんね。今度上に報告しておきます。もしかしたら貴方の人間時代の経験を活かして新たな人生プランの基礎構築を任されるかもしれませんね。

 私の家族ですか?全ての天使は神様が御一人で創造なされたので両親という概念はありません。そして生まれた時点でこの姿でしたので成長もしません。結婚や恋愛もしません、子孫を残す必要が無いので。

 それでもその真似事をしているラートエル様のような方もいらっしゃいますが。もし『合コン』等に誘われても参加者全員が天使としての常識を持っているので元人間の貴方には不向きです。良いですか、絶対に断って下さいね。


 話が逸れました。次は仕事となりますが、本当に宜しいですか?今なら人間としての生に戻ることも可能ですが。

 そうですか、了解しました。


「では、ようこそ天界代行派遣会社『××』輪廻業務支部へ。我々は新たな社員を歓迎します」

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