11.蠢く影

 太陽は、あらゆるものを照らし出す。

 人の世をあまねく照らす、至上の輝き。しかし光在るところには、必ず影が生じるもの。

 だからだろうか。光の下で生きられない昏き者たちは、いつだって影に潜るのだ。

 そして、今——京の闇の中で蠢く影が、3つ。


「獲物は餌に食いついたようです」

「くひっ、ひひひっ! 間抜けだよなあ、のこのことよお」


 憎悪、悲哀、愁嘆、悪意。あらゆる負の感情は《穢れ》を生み、妖の糧となる。

 それは、愛と祈りを力と変える神々とは対照的に——あるいは、必然と生じる影のように。


「んっん~、いいですねえ。委細万事つつがなく、これこそが我らが『神』のお導きでしょうか」


 そこは悪意の吹き溜まり。人の道を外れ、運命に呪われた棄てられ者たちは、穢れに塗れて堕ちていく。

 泥沼の底の汚泥のような、忌むべき者たち。

 彼らはただ、人の世の幸福を呪い続ける。


「『虎』は凶座が仕留めるでしょう。『土御門』と『近衛』は未だ姿を見せませんが……」

「んっふ、『近衛』は放っておいて構わないでしょう。所詮は負け犬、どうせ表には出てきません。『土御門』は……小鳥遊びがお好きなようで」

「ひひっ、ひひひひひっ! 天下の衛士様がぁ、おれたちがどこにいるかもわかってねえじゃねえの。くひひひっ!」

「京の都を探し回っているうちは、決して我々には辿り着けない。我らを追うあの小鳥こそが、逆に我らの安全を保障してくれるわけです。んんん~、何たる皮肉。滑稽っ!」

「それでは……『兄君』はどのように?」

「…………ああ。彼は、そうですね。どうするべきでしょう」


 嗤い、悦に浸っていた声が一転、苛立ちが混じる。


「我が『神』の御心を惑わす不届者は、疾く始末するのが無難というもの。ああしかし——しかししかししかし! ただ殺すのでは私の気が済まないのです!」


 そこにあったのは、呪い殺さんばかりの憎悪であり——醜く悍ましい嫉妬の情念だ。


「どうしてっ⁉ あの男は、我が真なる『神』の寵愛を捨て、あのような悍ましき偽りの神に下ったのですか⁉ 理解できない! まったく、これっぽっちも! この世で最も貴きお方の、最も近くで侍ることを許されながら、その栄誉を拒むなど! 私がどれほどにそれをおぉぉ——っ⁉」

 

 激昂し、暴れ狂う男。絶叫に混じって時折、滑り気のある水音が響いていた。

 ぐちゃ、ぬちゅ、ずちゅ。

 屍肉が潰れ、血が跳ねる。そういう音だ。


「……そうだ。こうしましょう。あの『兄君』だけは、我らの下に——我らの『神』の御前に招待するのです。そして『神』の御前で、奴を殺す」


 よほど自分の案が気に入ったのか、暗闇の中で、影は楽し気に笑っていた。

 

「ええ、そう。死の国はまさしく我らの『神』の領域でありますから、殺してしまいさえすれば、奴の骸も魂も、すべてはあの方のもの。その命を供物として『神』の御前に捧げ、私は『神』から更なる寵愛を得る。ん~、これぞ一挙両得!」


 月無き闇夜のような、底抜けの暗闇のなかで。悪意は際限なく膨れ上がる。


「——久我竜胆はもう長くない。この時に、最愛の駒たる特等衛士四人を失えば、あの幼き偽神も相当に堪えるでしょう。あとはあの老いぼれがくたばるのを待てばいい。巫子なき神など飾りも同じ。じきに——天照の時代は終わる」


 闇に潜む者たちにとって、天に輝く光こそが、何よりも煩わしく憎らしい。

 だったら、そんなものは壊してしまえ、と。


「人の世を真実の『神』に取り戻す。ああ、そのために——我らは、太陽を堕とす」


 影が蠢く。密かに、静かに。

 目覚めは、もうすぐそこ。


「人の子に、月影の導きを」

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日輪は巡り、月影は詠う 瑞木千鶴 @mi_chizu

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