第12話 恐怖の定義


 弟をケガさせてしまったことが原因で、第三者に転移魔法が使えなくなってしまったという。そんなエルロゥさんの弱み。

 触れてはいけない部分に触れてしまったような、見られたくない部分を見てしまったような感じがして、僕は思わず歩みを止めてしまった。


 あの自信に満ちたエルロゥさんの怯えたような顔を僕は初めて見た。


「あ。そ」


 ブレイドさんはまるで気にしないように僕を追い越した。

「ま、あまり期待してなかったけどな。仕方が無いから歩いて行くか」

「そ、そうですね」

 ブレイドさんが僕の顔の前にずいっと顔を突き出して言った。

「……あのなぁ。どうしてエルロゥの問題をお前が心配してるんだよ。無関係だろ。お前がひきずってどうする。そりゃ同じパーティーメンバーとして、仲間の強みと弱みを知って、それを最大限使ってやろうって魂胆ならさすが鑑定士だなぁって思うけど、フオフのそれは違うだろ」

「それは、そうなんですけれど」

 かわいそうだと思った。それだけじゃない。なんとかしてあげたいと思ったんだ。

 僕は鑑定士だが、冒険には出られない、使えない人だと言われたことがあった。第三者を転移させることができない転移魔術師も、僕のような〝使えない人〟だと言われることがあったんじゃないかって。だから、エルロゥさんも自分を〝転移魔術師〟だって名乗らなくなったんじゃないかって。

 僕と違ってエルロゥさんは魔法が使えて、四属性魔法使いのようなこともできる。才能がある。だからその弱みも乗り越えられるんじゃ無いかって、そう思った。それを言葉にして、形にしてあげたいと思ったんだ。


「なによ。私だってかよわい女の子なんだからね。ひとつやふたつくらい、怖いものだってあるのよ、悪い?」

「わ、わるくないです」

「怖いものなんてないだろ」


 あっけらかんとした顔をして、ブレイドさんは言った。


「そりゃ、ブレイドさんは強いから……」

「弱さと強さは相対的なものだから〝怖さ〟に関係ないだろ。自分にとって常に正しいと思うことをしていれば、〝怖さ〟なんて感じないんだよ。俺より弱いフオフにとっても、フオフよりもマシなエルロゥにとっても、その軸は変わらない。恐怖を〝怖い〟って簡単な言葉で片付けるな。代わりにこう考えるんだ。怖いと思ったときは、〝その時〟〝自分にとって〟〝正しいと思うことをする〟んだ。そうしたら何も怖くない」


 エルロゥさんが〝怖い〟と言ったのは、〝弟をケガさせてしまった〟という間違ったことをした〝自分自身の力〟が怖かったということだろうか。

 とすれば、〝正しいと思うこと〟、転移魔法を正しく使うことができれば、その恐怖を克服することが出来る。

 うーん。

 ブレイドさんの言うことはわかるけれど、そんな簡単にできることなのだろうか。

 僕にとっての恐怖。それは〝死ぬこと〟への恐怖だった。

 盗賊に襲われた時、身体が縮み上がって、何も考えられなかった。何も行動することができなかった。

 僕は〝死ぬこと〟が怖かったのだろうか。

 正確に言うとそれは少し違ったのかもしれない。

 確かに〝死ぬこと〟は怖い。だけれど、本当のところ、僕は僕自身が怖かったのかもしれない、と。

〝死ぬ〟かもしれないってのに、何も行動に起こすことが出来ない。そんな自分自身がどうしようもなく怖かったんだと。

 恐怖を克服する。

 それは、自分を絶対に信じるということなんだ。


「ま、言うは簡単だけどな。一度恐怖が根付いてしまったら、それをはねのけるのは簡単なことじゃない。それでも、恐怖を克服すると、以前の自分よりも格段に強くなる。冒険者になりたいんだったら、覚えておけよ、フオフ」

「は、はい!!」

 僕にできることは限られている。行動の選択肢の幅は大したものがない。それでも、僕には〝鑑定士としての観察眼〟がある。そう信じよう。

 もし困難に遭遇した時、恐怖心に乗っ取られないように。

 僕が〝正しいと思うこと〟を行動するために必要なのは、恐怖にやられ目をつむることじゃない。恐怖を分析し、しっかりと観察することだ。


「それで、エルロゥ。それよりももっと大事な情報があるだろう? その〝精霊王の剣〟とやらのことを聞かせてくれよ」

「時を越えし兵の剣やニエニエの剣のような伝説があるんですか?」

「いいえ、特に伝承の類いは無かったわ」

 そうだろうと思った。村の歴史館にこの森のことが書いてあった本があったけれど、〝精霊王の剣〟なんて初耳だ。

「質屋に流れてきたこの折れたカギの材質が、普通の木材じゃなさそうだったから、カギに施された魔法の解析と、マナ追跡トレースをしてみたら、スヴィバ村の近くの森に行き着いたってわけ」

「〝時を越えし兵の剣〟のように人々に伝えて聞かせるための伝説もあれば、〝ニエニエの剣〟のように人を寄せ付けないための伝説もあるっていうのに、〝全く伝説が無い〟ってのもおかしな話だな。話を聞いている限り、その森は明らかに、〝何かある〟森だろう」

 と、ブレイドさんは言う。「〝痕跡が無い〟という痕跡があるわけか」

「伝説が無い、そういうところに未発見未発掘の伝説級のお宝があってもおかしくはないでしょう?」

 エルロゥさんは目をきらきらとさせて言った。お宝への探究心が半端じゃない。A級鑑定士ってみんなこういう人なのかな。

 トレジャーハンターって言えば、こういうイメージなのかもしれない。父とかもある意味、オーパーツとか遺跡に関しては目をきらきらとさせて語ってたっけ。

「その森とそのカギ、お宝があるかもって話はわかったが、そのお宝が〝剣〟である保証は聞いてないな。俺にとって重要なのはそこなんだぜ」

「カギの材質が普通じゃ無いって話したわよね。その材質、各地の伝承と、数個の発掘物のみに使われている魔法樹まほうじゅシルバーオークの可能性が高いの」

「シルバーオーク……。別名、精霊王樹せいれいおうじゅか」

 シルバーオーク。原生している森は世界に数個しかなく、その全ては王国が管理している。シルバーオークは上質なマナを蓄え、循環しているため、基本的に傷つくことは無く、非常に加工が難しい。

 故に、無傷の象徴、精霊王の名を冠した〝精霊王樹〟と呼ばれている。

 あのカギ、ホワイトオークじゃなくてシルバーオークだったか。〝精霊王〟って名前を聞いたときに気付いてもよかったかも。

 でも、もしそうだとしたら、カギに掛けられた魔法ってなんなのだろう。無傷のカギに魔法付与なんて要らないだろうし。

「カギにはそれに対応したカギ穴があるものでしょう? カギ穴がある宝箱はどこに置いてある? 森の奥深く。そしてその森深くには宝箱を守る門番がいる。それを倒すのがあなたたちの役目、わかった?」

「剣は?」

「そう言っておけばついてくると思ったからよ」

「解散!!」

 とは言っても、スヴィバ村も森と同じ方向だから歩く方向は変わらない。

 迷いの森改め、精霊王の森。

 伝説の無い森に、時を越えし兵の剣の伝説。

「ブレイドさん。この森は、もしかしたら〝時を越えし兵の剣〟と何か関係があるかもしれませんよ」

「というと?」

「精霊王の森が護っているのが、時を越えし兵の剣かもしれないってことです。伝説は一つ。ダンジョンも一つ。二つは一つだったのかもしれない、とは考えられませんか?」

 うんうん、とエルロゥさんは腕を組んで相づちをうった。

「私たちは与えられた情報で考えるしかない。そしてそれを確かめるには、実際にそこを調べるしかないわけ。剣が刺さっていたら、それを引っこ抜かないと、その剣の全容が掴めないように。私たちは森に行ってみるしかないの。いい?」

 色々とツッコミを入れたいところはあった。けれど、百聞は一見にしかずってことなのだろう。

 村で本を読みあさっても僕の夢は手に入らなかった。街に出て、ダンジョンに潜って、何も出来なかった。そのいくつもの冒険があって、今の僕がある。

 この無力感も、〝死〟への恐怖も、村にいただけでは手に入らなかった僕だけの宝物だ。ブレイドさんの言っていたように、この恐怖を乗り越えることが出来れば、僕も強くなれるのかもしれない。

 そのためには、行動が必要だ。それはなるべく多い方が良い。

 迷いの森に僕一人だけだったらもう、まず不可能、何もできないだろうけれど、ここには歴戦の剣士ブレイドさんと、A級鑑定士のエルロゥさんがいる。

 僕は一人じゃ無い。三人なら、どんな恐怖も乗り越えられる、そんな気がする。

 溶岩トカゲの戦いを経て、僕にも自信がついたみたいだ。この自信を大事にしていこう。


「話してたら意外とあっという間に着いたわね」


 日が暮れる前に森に着いた。

 森の入り口にはロープが張られていることもなければ、重厚な扉があるわけでもない。カギ穴はどこにも見つからない。

 入ろうと思えばいつでも入れる。だけれど、森の深さ、大きさから、何人も立ち入らせないという意志が感じられた。

「っとと、カギを直さないとな。元の形がわからないから、とりあえず折れた部分を繋げておくか」

 ブレイドさんの手の中で、折れたカギがつながった。

 何度見ても不思議な能力だ。

「これでよし。ほら」

 カギをエルロゥさんが受け取る。

「カギ穴見つけたらすぐに私に報告すること。森の木の中とか草の中に隠されているかもしれないからね。いい?」

「わかりました」

「はいはい」

 高くそびえる森の入り口に僕たちは一歩足を踏み入れる。

 森には道なんかなかった。人が立ち入らないからだろう。

 左右どちらを見ても木しかない。確かに、一度足を踏み入れたら迷ってしまうのも無理も無いかもしれない。

「あ」

 エルロゥさんの声がしたので振り向くと、エルロゥさんの手のひらの上で、さっきのカギが光っていた。

 ぼんやりと淡い光を放ち、明らかに森の外とは違う動き。

 エルロゥさんの考察通り、このカギはこの森と関係があるみたいだ。

「周りを確認して! このカギみたいに、光っているものがあったら、そこがきっとカギ穴よ!」

「はい!」

 僕は周りを見回した。光っているところは無い。

 360度どの方向も白い木しか見当たらない。


「どこも光っていないです!」


「…………」


「ブレイドさんはどうですか? 何かわかりましたか?」


「…………」



「どうかしましたか? ……あれ?」


 360度どの方向も白い木しか見当たらない。

 それもそのはず。

 ぐるっと見回しても、ブレイドさんとエルロゥさんがいなかった。

 視界のどこにも二人がいない。

 白い木しか見当たらなかった。

 

 通称、迷いの森。

 森の中にひとりきり。みんなとはぐれてしまった。


 不安と恐怖が、少しずつ心を満たしていくのを感じた。

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ブレイドマニア 〜時を越えし兵の剣〜 ぎざ @gizazig

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