第三章 眩し母なる禊の剣
第11話 折れたカギ
洞窟は一本道だったから、出るときも迷わずに済んだ。
洞窟から出る頃には雨もやんでいた。むわっとむせかえるほどの湿気を感じた。
ほんと、瞬間的に降って、あっという間にやんだな。それでもかなりの量の雨が降ったようで、至る所に水たまりができていた。
洞窟の入り口に張ってあったロープをまたいだ。
このロープで囲われていたところをみると、王国もあの精霊と剣の存在を知っていたのだろうか。
「どうだろうな。王国が知っていたなら、もうちょいマシな封印がされていてもおかしくはないな。一応村に着いたら王国に報せておこう」
「王国未承認の宝箱でもあれば良かったのにねー」
エルロゥさんが口をとんがらせた。
「まだ言うかお前は。お前のせいでどれだけ迷惑こうむったか」
「私のおかげで助かったんだからいいでしょ!」
「お前がフオフの忠告無視して剣抜いたから大変だったんだろうが!」
「まぁまぁ、エルロゥさんが
違うか。
エルロゥさんが
「反省しろ」
「感謝しなさい!」
「はははは」
仲が良いのか悪いのか。でも、以前に僕が所属していたパーティーよりもずっと居心地が良かった。
冒険のようなものも出来ているし。楽しいな。
ちょっと変だなぁとも思う。冒険がしたくて街に出たのに、街から村へ帰る途中の方がずっと楽しいなんて。
やっぱり僕は鑑定士の仕事が好きなんだと、ちょっとだけそう思った。
「それで、さっき言ってた『精霊王の剣』ってなんのことですか?」
「剣って名が付いたらもうそれはどんな剣であれ、見てみたいな」
「スヴィバ村に行く途中にある森があるでしょう?」
「あそこは『迷いの森』と言われていて、村の近くにあるけれど、あまり入ったことないんですよねー」
だから、〝ニエニエの剣〟や〝時を越えし兵の剣〟のような伝説なんかも、聞いたことがない。ましてや精霊王?
なんだか、嫌な予感がする。
「私がスヴィバ村に行こうとしてたのは、〝オノン〟っていう超絶凄腕最強の
エルロゥさんが手のひらに差しだしてきたのは、白い木製のカギだった。真ん中辺りでポキッと折れている。
パッと見ホワイトオークに見えるんだけど……。
たぶん、違う。
目がチカチカする。と思ったらぼんやりとする。きちんと鑑定ができない。目の焦点が合わない。これは、周囲のマナが反射して存在がぼやけているせいだ。マナを反射させている……、普通の素材じゃ無い。
〝精霊王〟……。
さっき戦ったばかりの火の精霊のような溶岩トカゲで死にかけていたのに。それの王……。いや、精霊に王がいるのか。序列があるのか。上下があるのか。その定義すらあやふやだ。
いや、いやいやいやいや!!
それよりも気になることを言っていた。
〝オノン〟って……。
「父さ────、んんっ!」
急にブレイドさんに口を塞がれた。と同時に水が口に入った。
なんだこれ、またポーション? いや、変な味がする。飲んじゃったよ!
「なんですかこれ! 急に変なもの飲ませないでください!」
「エルロゥもほら、口開けろ」
「なに? それ」
エルロゥさんが醜いものを見るような眼差しで見つめた先、ブレイドさんの指の先には小さな剣があった。人に飲ませる時も剣の形にするのか。剣の形にする必要があるのか。
「なによそれ! 変なの!」
「〝大妖精の涙〟。飲むと魔力が全快する魔法の薬……の剣」
「剣にする必要あるのそれ」
僕も同じことを思った。
「俺はモノの形を好きに変えられる。変えられるけれど、それだけ。水は水のまま、ポーションはポーションのまま、持てるわけないだろ。それとは別の能力で、〝剣の形にしたものなら操ることが出来る〟能力があるんだよ。だから水の剣も、ポーションの剣も、操ることが出来る」
制約とか条件とか言っていたのはこのことか。
「だから剣の形にするんですね!」
「いや、違う。それは俺の趣味だからだ」
ブレイドさんは極小の剣を持ち、極上の笑みを浮かべる。
「剣の形が好きだからだ。能力はたまたま。たまたま俺の好きなモノと、能力が合ってたんだな。ラッキーなんだ俺は」
「それは分かったけど、剣の形したものを飲むのなんて無理なんだけど!」
「あ、こんなところにエメラルドの原石が!!」
「え! どこにあ……ごくっ! むー!!」
エルロゥさんを操るのは剣よりも簡単な気がする。
▼ フオフの魔力が全回復した!!
▼ エルロゥの魔力が全回復した!!
……僕は魔力使ってないからあまり意味ないけれど。
剣の形にしていないと操れない。言われてみればそうか。
ポーションも、水も、実際に持って振っていたものな。ポーションは触れてしまえば皮膚から吸収されてしまうだろうから。僕に当てていたときのように。
「で、そのカギも剣にしていいのか?」
「いいわけないでしょう!! このカギは、その森に正式に入るために必要なの! 超絶凄腕最強の
ブレイドさんは折れたカギを受け取ると、片目をつぶってあちこちから観察した。
「まーた、変なカギだよな。盗品だったりしないだろうな?」
「当たり前でしょう? 私はA級鑑定士の商人なんだから!」
「じゃ、お得意の転移魔法で俺たちをその森の近くまで連れて行ってくれよ。魔力は十分に回復しただろう?」
「う」
エルロゥさんは顔を背けた。
「それは、できない!」
「どうして? その方が体力をセーブできるから戦力としても合理的だろう。それとも、タダじゃできないってか?」
「違う。あんたたちには働いてもらうんだから、きちんと送り届けてあげたいわ。でも、できないの」
「ケチ! 悪魔!」
「ブレイドさん! ちょっと、何か事情があるのかもしれないですし」
エルロゥさんは確かに高飛車で嘘つきで一言一言にトゲがある人だけれど、自分の力に自信を持っていて、自分の言葉に自信を持っている人だ。
だけれど、今のエルロゥさんは、すごく窮屈そうな顔をしていた。
もしかしたら、本当に、できないのかもしれない。
「できないの。自分以外の誰かを転移させるのは」
「なんだって? どういうことだよ」
「子供の頃、弟を転移させた先でケガさせてから、自分以外の誰かを転移させるのができなくなっちゃったの……。怖くて……」
エルロゥさんが自分を〝転移魔術師〟だと名乗らない理由が分かった気がした。
自分以外の第三者を転移させることができない。
それは。転移魔術師としては致命的だったからだ。
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