第10話 焼け石に水
川の水を転移魔法でこっちに持ってくる、ということは、川の流れの中に転移点を設定するのかな。川の流れの中にスタートを置いて、流れのゴールがこちらにやってくる想定だ。
もう今は熱くて熱くてたまらないけれど、もし川の水がやってきたら、今度は大量の川の水で溺れかねない。
と、思っていたのはただの杞憂になった。
天井の穴から水が落ちてきた。
その水の量は、想定していたものの10分の1程度だった。
井戸からくみ上げたバケツから、途切れないようにゆっくり少しずつ注いだくらいの、細い水の流れが天井から降りてきた。
溶岩に落ちた水は瞬間的に蒸気となってすぐに消え去った。水がかかった割に、辺りが冷えたというよりは、蒸気が熱風となって洞窟内を充満し、余計に熱く感じた。
「おい」
「なんですか?」大体言いたいことはわかるけど。
「水、少なすぎないか? もっとこう……ドバドバと来るもんじゃないのか。川だろ?」
「もしかしたら、川といっても、用水路みたいなものだったのかもしれませんね。僕が街へ出る時、数年前でしたけど、その頃も小さい川でしたし。昔は大きかったみたいですけど、何度か大雨の時に氾濫して洪水になってから、危険だからって水路に枝道を作って小さくしたって、村の歴史館にあった本にも書いてあった気がします」
その川の水の量は、チョロチョロよりは多いけれど、ドバドバではない。この洞窟内の溶岩や、溶岩トカゲを完全に冷ますには全然足りない量に思える。
だが、僕たちにはもうこれしかない。できる限りをやるしかない。
「ブレイドさん! さっきの作戦で行きましょう」
「あぁ、この水を最大まで溜めて、最大火力でいこう。いや、この場合最大水力っていうのか?」
冗談を言っている場合じゃないってば。
とは言うものの、溶岩の上に垂れ、熱い蒸気をあげていた川の水の流れが少しずつブレイドさんの方へ流れていった。
天井から降り注ぐ水は、溶岩に落ちる前にブレイドさんの広げた両手の中に巻き込まれた。少しずつ集まって、渦を巻き始める。
僕が前に見た時よりもずっと大きく、刀身は伸びやかで、近づいただけで少し熱気が和らぐ気がした。
溶岩トカゲの眼にはどう映っただろうか。水のマナが絶たれ、熱気とマグマで溢れているこの洞窟の中に、波打つ大剣が現れたのだから。
ブレイドさんの眼はきらきらと輝いていた。流れる汗は地面に落ちた瞬間に沸騰して消えた。
「『
火に水をかければ倒せる。弱体化できる。
そう簡単に思っていた。だからこそのこの作戦だった。
だけれど、そう簡単にはいかないみたいだ。
溶岩。それは熱エネルギーの塊だ。水の量が多ければ逃げ場のない洞窟内で水に溺れる結果ともなっただろうし、水の量が少ないと水がすぐに蒸発して、高温の熱風はこちらに牙をむく刃となる。沸騰した蒸気は100度近くなるはずだ。そんなものが洞窟内に充満すれば、息が出来ずに死んでしまうかもしれない。
いや、死ぬだろうな。中途半端に水を用意するのは悪手だったのかもしれない。
地の利を読み、こちらの戦闘力を鑑み、敵の力を見極める。その場その場で最適な答えを出す。それが僕の仕事だ。
その場限りの行き当たりばったりな作戦で、たまたま生き残った。そんなトレジャーハンターは物語の中だけなのだろう。
僕がきちんと読まなければ、僕がしっかりと見極めなければ。きっと僕たちはあっけなく死んでしまう。
溶岩は熱エネルギーの塊だ。普通の火ではない。普通の火では焼けることのない岩が焼けているのだ。溶岩はちょっとやそっとの水で冷やせるモノではない。もし溶岩を水の剣で冷やすことが出来なかったら、僕たちは死ぬ。
水以外に何か、僕に出来ることはないか?
いつも守られるだけじゃない。僕にもできること。何か力になれないだろうか。
僕の手が、ポケットの外側からの中のものに触れた。
あぁ、そうだ。これがあった。
一瞬で、死の恐怖から
僕の読みが確かなら、なんとかなるはず。
一か八かなら、より可能性が高い一か八かに賭けよう。
この選択に命を賭けるんだ。僕の確信に近い鑑定に全てを賭ける。
僕はもう一つの作戦のために準備を整えた。
透き通った水の剣ごしに溶岩トカゲを見る。
緑色の瞳に赤みがかかっていた。エネルギーが増している。
「ブレイドさん、お願いします!!」
「あぁ、これ以上は形を維持できない。いくぞ!! 『
ブレイドさんが水の剣の切っ先を真っ直ぐに溶岩トカゲの背びれに突き刺した。あっという間に水の剣は溶岩トカゲの背びれに吸い込まれるように消えていった。溶岩の熱で水の剣は蒸発していった。
ものすごい勢いで白い蒸気が洞窟内を充満する。溶岩トカゲからの熱エネルギーは水の剣を上回ってしまった!
水が蒸発すると体積が倍以上に増える。高熱の空気に身体が押された。すごい力で壁に押し付けられる。熱風の力で天井に開いた穴付近にひびが入り、天井が外に爆散した。
攻撃から一転、高温の熱気が、僕たちを襲う!!
「こっちへ来い!『
ブレイドさんの右手に蒸発した水の剣が再び蒸気の姿となって集まった。蒸気をブレイドさんが集めてくれたおかげで、僕は焼け死なずに済んだみたいだった。
「ブレイドさん、〝蒸気〟も剣に出来るんですね……」
「一応制約もあるっちゃああるが、基本的に〝形有るモノの形を変える〟から、〝蒸気〟も〝水〟も剣に出来る。溶岩の剣と同じで、こいつで攻撃しても意味ないから、手放すけどな!」
ブレイドさんが〝蒸気の剣〟を空に手放した。一度凝縮した蒸気はそのまま空に逃げていった。洞窟の天井ががらんと開いてしまったから、熱気は空に逃げていく。さっきよりもうんと涼しく感じた。
空から降り注いでいた川の水は消えていた。エルロゥさんは魔力が切れてしまったのだろうか。大丈夫かな。魔力を使いすぎると体力も削られてしまうから。だけれど、正直構っている余裕はこっちにはない。
僕たちを襲う蒸気の件は一段落した。溶岩トカゲと対峙する。
溶岩トカゲの背びれは少し赤みが減っているように見える。
「まだ弱体化してなさそうだな」
「いえ、これで十分です」
僕は、溶岩トカゲに近づいた。
緑色の瞳の赤みは消えていた。目覚めたばかりの強烈な火のマナは少しは削れただろうか。身体全体に赤みは消え、トカゲの身体の床に接している腹あたりがかろうじて赤く脈打っていた。
「ごめんね。またもうしばらく、眠っていてくれ!!」
僕は〝ニエニエの剣〟を溶岩トカゲに突き刺した!!
「ひゅう」
ブレイドさんは口笛を吹いた。
「フオフの持つ剣も、カッコイイな」
僕にとっては数年ぶりに魔物に突き刺した剣だ。しかも相手は火の精霊クラスの魔法生物。正直、生きた心地がしなかった。
「ニエニエの剣の柄は〝レッドオーク〟、効果は〝感知倍増〟。宝石は〝セレナイト〟が埋め込まれていました。セレナイトは〝ジプサム〟の結晶。効果は〝エネルギー・熱吸収〟。おそらく溶岩トカゲが目覚める度に、この剣がエネルギーを検知して、熱エネルギーを吸収して再び封印していたのだと思います」
エルロゥさんにもらったジプサムがポケットの中に入っていたのを思い出した。ジプサムに〝集中力・洞察力を高める〟効果があったのかはわからない。だけれど、僕は遠回りして、ようやく最適な答えを導き出すことが出来た。
セレナイトが震える。徐々にほんのりと赤く色味を帯びてきた。溶岩トカゲの熱エネルギーを吸収しているんだ。
溶岩トカゲの瞳はゆっくりと閉じていった。緑色の瞳がゆっくりと黒い岩に変化していく。溶岩トカゲから火のマナを吸収されていったのか、周囲の溶岩もだんだんと冷えてただの岩になっていった。
ゆっくりと、ゆったりと、溶岩トカゲは剣の刺さっていた穴の方へ歩いて行く。背中からニエニエの剣が抜けた。しかし、トカゲの歩みは変わらなかった。
眠たそうにあくびをして、溶岩トカゲは穴の中に帰って行った。
僕はすぐさまニエニエの剣を元通りにその穴に突き刺した。
二度と出てこないように、剣で蓋をするようにぎっちりと。
剣を掴む力がこもる。
息もできないほど張り詰めた緊張の中、一瞬のような、数時間のような時間が流れた。
……封印できたか?
どのくらい時間が経ったのか、空からエルロゥさんが帰ってきた時、僕はふっと力が抜けるように地面に腰を下ろした。
「うまくいったようね、さっすが私!」
「いや、お前のおかげでほとんど死にかけたわ」
ブレイドさんもドシンと腰を下ろした。
「どーしてよ! ちゃんとそっちに水送れたでしょう?」
「少なすぎだろ」
「無いよりマシでしょ!?」
「溶岩で沸騰した水の蒸気が充満して、焼け死ぬかと思ったわ」
「あっそ。でも生きてるじゃない。感謝してよね」
エルロゥさんは口ではそう言ってはいるけれど、相当魔力を使ったはずだ。きっと彼女も座って休みたいくらいだろう。
僕は道具袋に入っていた風呂敷を地面に広げた。
「エルロゥさん、たくさん魔法を使って疲れたでしょう。座ってください」
エルロゥさんは風呂敷を横目に見て、「ふん。ま、仕方ないわね」と言ってゆっくりと腰を下ろした。
「ほんと、へとへとよ。早く街に帰りたいわ。伝説の剣も無かったし。あれ? 私のエメラルドは?」
「あ……」
溶岩トカゲの緑色に輝く瞳は、穴の中に入っていった。
眠る時にエメラルドは魔力を失い岩に戻っていたようだし、回収は出来ないと思っていいだろう。
というか、エメラルド回収のためにまたあの剣を抜くなんてこと絶対にしたくない。
「えーー! ただ働きじゃない! この私を働かせといて何のお宝も無いなんてこと、ただじゃ済まさないんだからね!」
「元はと言えばお前がフオフの話を無視してあの剣を抜いたからこうなったんだろう。自業自得だ」
「むきーーーー!!」
エルロゥさんが地面を叩いた。
いやほんと、元気だな。
僕はもう、疲れた。
伝説の剣を探しに来たのがずっと前のことのように思える。伝説の剣、あるにはあったけれど、持って帰るようなものではなかった。
伝説の剣が封印されていたのではなく、溶岩トカゲという精霊を剣で封印していたんだ。伝説の文言はその通りだった。もう二度と抜きたくない。触りたくない。
伝説の剣はもうこりごりだ。
ぼんやりと空を見上げた。ずっと熱気の中にいたからか、頭が熱い。ほっぺたがじんわりと熱を持っている。熱い。早く湧き水で顔を洗いたい気分だ。
天井に開いた穴から見えた空は、なんだかどんよりと曇っていた。
ポツリ。
「あ」
雨が降ってきた。
雨粒の勢いがだんだんと強くなってくる。
冷たい滴がほてった頬に当たって気持ちいい。
「もっと早く降ってくれたらよかったのに」
そうすれば、もしかしたらもっと簡単に溶岩トカゲを封印できたかもしれないのに。
「いや。これはさっきの〝蒸気の剣〟が冷えて、降ってきた雨かもしれないな。これは、俺たちが本気で戦ったから降ってきた、戦いの証だ」
この雨は剣にしなくてもいいな。このままでも十分にカッコイイ形だ。そう言ってブレイドさんも一緒に雨を浴びた。
僕たちは天井に空いた穴のおかげで、その戦いの証である雨を身体に受け、熱い身体をねぎらい、癒やした。
「……はっくしゅ!! ちょっと、寒いんだけど。風邪引いちゃうでしょ。早く出るわよ」
エルロゥさんは洞窟の入口に向かって歩き出した。そっちの方は天井があるから、雨を避けることができた。死ぬほど熱かったのは僕達だけだから、当然か。
「さっきは煮え滾るほど熱かったからって、雨で濡れて身体を冷やしすぎるのも良くないな。『
ブレイドさんが右手をかざすと、洞窟の天井に空いた穴が、少しずつ塞がって、元通りの天井ができあがった。
〝
「そういえば、盗賊たちを追っ払ってた変な剣もおかしかったけど、あなたの能力って、〝モノを修復する〟こともできるわけ?」
「あぁ、まあな」
「ふーん、なるほどねぇ」
ふふふ、と。
エルロゥさんが悪い顔をした。
あぁ、なんだか良からぬことを考えている。
その予感が的中したことを知るのは、もう少し先の話だ。
「もう少し休んだら、ちょっと寄り道しましょ。引っこ抜けない伝説の剣なんてほっといて、とびっきりの精霊王の剣、私たちなら見つけ出せるわ、気になるでしょう?」
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