第9話 転移魔法

「溶岩の剣……?」


 溶岩トカゲの攻略法をずっと考えていたが、何も思いつかない。僕のできることは鑑定しかないし、水筒の水で攻撃しようにも、何故か空っぽ。できることが限られている。溶岩トカゲを前にただただ無力だった。

 暑さで頭がぼーっとしてきた。

 ブレイドさんは今まで様々な剣を作っていた。

 僕が切り裂かれた断罪大剣、もとい治癒大剣。ポーションの剣。

 湧き水で作った水の剣、杖の剣にたいまつの剣。

 『形状変化オールリカバリー』。形を変えることのできる能力で、きっと溶岩だって剣の形に変える事なんて、わけないはず。

 だけど。

「ブレイドさん、そんな意味の無いことやっちゃあダメです」

「……へぇ、どうして?」

 きっと『形状変化』だって魔力を消費するはず。限りの有る魔力を意味の無いことに使わせるわけには行かない。

 鑑定士として、仲間として。責任のある言葉を使わないと。

「溶岩トカゲに溶岩で攻撃してもノーダメージですよ。あいつにダメージを与えるためには、形を崩すか、溶岩を冷やすか、その2択ですから……!」

「フオフって、見た目よりも根性あるよな。まだ諦めてないみたいだな。ま、もしまた逃げましょうって言ってくるようだったら、湧き水でもぶっかけようと思っていたところだ」

 ……正直逃げたいよ、そりゃ。

 勝てる見込みも無い戦いに居続けるほど頑固では無いつもりだ。自分の命が最優先に。今逃げていないのは、ただ単純に逃げられないからだ。入り口が溶岩で塞がってしまっている。なんとかしてこの煮え滾る地獄から逃げ出さなければならない。

「ま、掛ける湧き水、持ってないんだけどなー」ブレイドさんが持つ水筒も空っぽのようだ。飲んじゃったのかな。

「ブレイドさんなら、あの天井の穴から出られるような剣作れるんじゃないですか?」

「ん、あぁ」

 ブレイドさんは何でもないことのように言った。

「『羽伸ばす撥条の剣スプリングバケーション』があるから、あの程度の高さなら出て行くことはできる」

「……じゃあ」

「お前がここに残るだろう。焼け死ぬぞ?」

「……その剣で僕も出してくださいよ」

「お前は剣に期待しすぎ」

 ブレイドさんのせいだって!

 普通剣は回復しないし、喉の渇きも癒やせないし、洞窟を照らすことは出来ないのだから。

 それにしたって、このまま何をすることもできずに、溶岩に飲み込まれてしまうだけじゃないのか。

 剣で倒すことも出来ない。鑑定で出来ることなんて何もない。

 頼みの綱はエルロゥさんだったのに。

「エルロゥさんが……、水魔法を使える魔法使いがいないと、こんな灼熱地獄に水を用意するなんて無理な話ですよ」

「エルロゥが溶岩トカゲ攻略のカギであることは確かだが、使よ。やっぱり気付いてなかったのか」

 エルロゥさんが、水魔法が使えない?

「何言ってるんですか。現に僕たちの目の前で水魔法を使ってたじゃないですか! こんな火の精霊が近くに居る中で水魔法を唱えられるなんて、四属性魔法使いエレメントウィザードじゃなきゃ無理ですよ!」

「それじゃあ、これはなんだと思う?」

 ブレイドさんが目の前に突き出してきたのは、水筒だった。

 さっき空っぽだったものだ。

「ブレイドさんがさっき湧き水を入れるのに使ってた水筒ですよ。それは剣にしなくていいんですか?」

「やぶれかぶれになるな。お前の水筒も、もしかして空っぽになってたんじゃないか?」

「そうです。洞窟に入る前は確かに満タンに入れたのに、何故だかさっき見たらなくなっていました」

 溶岩に振りかければたちまち蒸発してしまうだろうけれど、水筒に入った水が中身だけ蒸発するほどの暑さではない。だとしたら僕たちはとっくのとうに身体中の血液が沸騰して、熱で融けてしまっている。どろどろに融けた自分自身を一瞬だけ想像してしまい、ぞっと怖くなった。


「エルロゥは、俺たちの使水魔法を使ったんだよ」

 水筒の水を使って?

 まさか、水筒の中の水を一度マナに置換させ、そのマナを使って水魔法を使った?

 マナ分解魔法を使っているとしたらそれこそあり得ない。人間技ではない。大統霊クラスの大魔法使いだ。

 一度構築された形有るものをマナに戻すのは『原点回帰オールクリア』という、それは四大統霊のさらに上位の二極大統霊、光の大統霊と魔の大統霊並みの力だ。伝説級というか、作り話の世界の話だ。あり得ない。不可能だ。

「鑑定士だからって、お前はいつも難しく考えすぎるよな。そんな難しい話じゃないから、簡単に考えてみろよ。水は高いところから低いところに流れる。流れる道の通りに流れるだろう。エルロゥはその流れを作り出したのさ」

 ブレイドさんがくるくると指を回す。指の差す先を想像する。

 水筒の水が、水魔法に。

 まさか、本当に、そのまま?

「お前も見ただろう? あいつの『転移魔法テレポート』。あいつは水筒の中の水を、そのままさせて、水魔法として溶岩トカゲにぶつけていたんだ」

「え、それじゃあ……」

 最初に会ったときに盗賊にぶつけていた地属性の魔法は、もしかして?

「あの時、盗賊にぶつけていたのは〝石ころ〟だったよな。『ストーンハンター』と唱えちゃあいたが、あれも地面の石ころを『転移』させてぶつけていただけだ。さっき見た魔法も全部、〝そこにあるもの〟を転移させて〝魔法のようにみせかけていただけ〟。あいつは四属性魔法使いエレメントウィザードじゃない。転移魔術師ポータラーだったってわけだ」

 ま、そもそも四属性魔法使いエレメントウィザードって言い出したのはエルロゥじゃなくて、お前だけどな。あいつはそれに乗っかったんだろ、とブレイドさんは言った。

 エルロゥさんの魔法のタネは、そこに存在していないと発動できない。

 火の魔法を使った時は、そこに火がないといけない。

 石の魔法を使った時は、そこに石がないといけない。

 水の魔法を使った時は、そこに水がないといけない。

「だとすると、水の魔法はやっぱり使えないじゃないですか? もうさっき僕たちの持っている水筒の水は使われちゃいましたよ! いくら転移魔法って言っても、ここに水がなければ……」

「その通り、だから〝取りに行ってもらってる〟んだよ」

「え?」

 スヴィバ村への道の途中に、広大な森の先に小さな川がある。

 まさかそこの川の水を、ここに〝転移〟させてくるってこと?

「それをさっき頼んでおいた。あいつが川の水をこっちに持ってくる。そうすればこっちのもんだ」

 あの時エルロゥさんが「なんでわかっ……」って口にしていたのは、「どうして四属性魔法使いエレメントウィザードじゃないことがわかったのか」という意味だったのか。

「水筒の水の件がなくったって、あいつの胡散臭さはあっただろ? 鑑定士なら気づいても良さそうだったけど」

「鑑定士なら気づけたところ……?」

 鑑定士なら気づくと言えば、装備品のことだろうか。

 エルロゥさんが装備していたA級鑑定士のブレスレットも怪しいけれど、あのラピスラズリの杖。そういえばレッドオークが使われていた。

 普通魔法使いが持っているのはホワイトオーク〝魔力倍増〟か、ブラックオーク〝威力倍増〟の杖だろうけど、レッドオークはニエニエの剣と同じ〝感知倍増〟。魔法使いが感知倍増を装備してもあまり恩恵は受けられない。

 感知倍増の力で、自分の近くにある水や火、宝石を探していたってことなのかな。

 確かに、装備品からして怪しかった。今思えば。

 それにしても、本当に色んなところに気がつくよな、ブレイドさんは。

 本当によかった。ブレイドさんの機転と、エルロゥさんの魔法でこの状況がなんとかなる……。やっぱり僕の力なんて必要なかったんだ。

 危険な時に都合良く真の力が目覚めたり、普段の力以上の力が発揮できたりする。そんなのは物語の中だけの話であって、僕のような普通の、ごく普通の非戦闘員は何もできないまま、ただお荷物になる。

 そうやって、こうやって、ただそこにいるだけのお荷物。

 僕がいたからブレイドさんは逃げられなかった。

 僕がいなければ、きっと二人はもっと簡単に溶岩トカゲを攻略していたはずだし。

 頭がぼーっとしている。天井に空いた穴から見える空が青い。一刻も早くこの洞窟から出たい。

 もう僕には何もすることはない。黙って見ていよう。

 二人が溶岩トカゲを攻略している様を。

 僕は何も、何もできない。

 …………そう思うのはとても簡単だった。

 それでも。

 まだ僕に出来ることがあるのではないだろうか。

 何も出来ないからって、何もしないほど素直じゃない。何も出来なかったとしても、今ここで考え続けることによって、この先に何かが出来るようになるかもしれないんだ。

 僕は、嫌な予感がした。

 大量の水を溶岩トカゲに浴びせかける。これで溶岩トカゲは弱体化するだろうか。

 それだけでは甘いかもしれない。最悪の場合を考えて、入念に作戦を練って、改良し、準備を整えて、万全で臨むべきだ。

 まだ僕に出来ることがあるのではないだろうか。 


「待ってください」

 エルロゥさんが持ってくる水を浴びせかけて、弱体化させる作戦。

 ダメだ。それだけじゃ、弱い。

 さっきの水魔法、もとい水筒の水魔法が溶岩トカゲに当たった瞬間を思い出してみればわかる。単純に水をかけても蒸発されてしまってダメかもしれない。

 その後に既に何回も転移魔法を使っているエルロゥさんがもう一度川に水を取りに行くのは危険だ。魔力が不足しているときに無理して魔法を使おうとすると、命を削ることになる。魔法使いが短命なのはここに起因する。

 溶岩トカゲの身体のどこに水を掛けるのが最適か。

 身体全体に浴びせかけるよりも、弱点を突くべきだ。

 トカゲはそもそも変温動物。体温の調節が苦手な生物だ。身体のもっとも薄い部分である背びれから熱を放出して体温を調整している。

 つまり、水を大量に浴びせかけるには、背びれを狙うべきだ。

 溶岩トカゲの背びれ。僕の身体よりも少し小さいくらいのトカゲの背びれを、この狭い洞窟内で、天井の穴から降ってくるであろう水をどのようにして狙い撃ちできるか。

 エルロゥさんの魔法、転移魔法を使うよりも、より攻撃的で、より流動的に狙い撃つことができる方法。

 僕が見たことのある、最適な攻略法。

 ブレイドさんの剣技、エルロゥさんの魔法、僕の鑑定技術。

 みんなの力を合わせて、最大のダメージを与える。

 そのためにはもう一度見せてもらわなければならない。

 あの波打つような美しい刀身を。


「ブレイドさん、エルロゥさんが持ってきた水で水の剣を作ってください。『水トカゲの背びれウォーターリザード』で、溶岩トカゲの背びれを狙ってください!」


「溶岩トカゲの背びれを、『水トカゲの背びれ』で? っはは。面白い」

「冗談じゃないですよ」

「あぁ、分かってる。言っただろう。鑑定士の言葉を聞かない奴は冒険者じゃないってな。その言葉には意味があるんだ。やってやるぜ。かっちょいい水の剣を作ってやるよ」

「今度は飲まないでくださいね」

「あー……、一口だけいいか?」

「ダメですってば」


 作戦会議は完了した。

 頭は妙に冴えている。やることが定まっていない状態での灼熱地獄は先の見えない砂漠のようで、生きた心地がしなかった。

 けれどやることが決まっている今は、腹が据わった。


 必ず生き残る。この溶岩トカゲを弱体化させてみせる。

 溶岩トカゲは僕たちを攻撃することもなく、この洞窟から逃げ出すこともしなかった。

 僕たちを試しているのか。

 僕たちを諭しているのか。

 僕たちを無視しているのか。

 僕たちを監視しているのか。

 その緑色の眼が何を語っているのか。何もわからない。

 

 ……ジュッ。


 聞き覚えある音が聞こえた。

 しずくが溶岩にかかった音。


「ブレイドさん!!」

「いつでも来い!!」


 僕の腰で座標石が細かく光っていた。

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