荒川馳夫

神秘の防壁、それに立ち入った人々の運命

 今から二千年ほど前のお話だ。

地中海世界に大きな勢力を持った国が存在した。その国は勢力の拡大を続け、ある時蛮族の住まう地域へと侵攻を開始した。

武器を持ち、体を守る鎧を装備した多数の男たちが蛮族との境界線付近にまでやってきた。その男たちを最初に待ち受けたのは蛮族ではなかった。

森である。正確には木々の群れだ。彼らが男たちを出迎えた。

男たちは不気味さを感じた。ただの木々とは思えなかった。

森に住まう蛮族を守護し、そこに踏み入ろうと試みる者を拒もうとする神秘的な力が備わっているな錯覚を否応なく与えてくるような気がしたのだ。

「こんな場所に分け入らなければならないのか……」

一人の男が小さな声でそう言った。後悔の思いが薄っすらとこもっていた。

「何を弱音を吐いている!我々は戦いにきているのだ。怖じ気づくな」

司令官らしき男が恐怖の伝染を防ぐために注意した。本来の仕事に取り掛かる前にこの調子では先が思いやられるからだ。

とはいえ、注意をした彼も本心では同じ思いであった。

生い茂る木々が陽光を遮り、視界を奪う。自然が暗闇を現出し、外界とは別世界のような雰囲気を醸し出す。その暗闇が恐怖に変換され、屈強な来訪者に襲いかかる。

森は蛮族にとっては守り神でも、来訪者にとっては死神に見えたに違いない。

「グズグズするな。いくぞ」

司令官らしき男がそう言うと、その後に多数の男たちが続いた。

皆の心中は一様に不安なままであった。どのようなもてなしを受けるのだろうかと。


 その後、森に忍び込んできたよそ者たちは森の住民である蛮族たちから手厚いもてなしを受けることとなった。体は真っ赤に染まり、呼吸は次々と途絶え、多くの悲鳴も虚しく森に響いた。森から魂とともに脱出できたのは僅かであった。

ほとんどのよそ者は森に魂を吸い取られたのだ。亡骸だけを地上に残して。


トイトブルクと呼ばれた、その森は蛮族に味方をしたように思えてならない。









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荒川馳夫 @arakawa_haseo111

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