第33話 真相は闇の中に
「無理を言って申し訳ない」
「いや、問題ない。面会に来る奴なんて四六時中いるから気にしないでくれ」
ひんやりとする石段を降りながらデルイは案内の騎士に声をかける。
デルイがわざわざ休日にイザベラが囚われている監獄に足を向ける事にしたのは、気になるニュースを耳にしたせいだ。
高位の冒険者を捕らえている牢は特殊な魔法がかけられており、ありとあらゆる防御策が取られている。牢内での魔法使用の無効化、使役する魔物が入れないよう結界も張られており、面会時には当然監視の騎士が立ち会う。
それもこれも相手が名にし負う死霊魔術師、イザベラ・バートレットであるが故だ。
空港を襲撃した霊体系魔物が実は彼女がけしかけたものだと判明した時の衝撃は計り知れないものだった。S級といえば全冒険者の憧れの存在であり、久遠の光は特に人気のあるパーティで王都でも有名だ。容姿端麗、剛毅果断。恐れず強力な魔物に立ち向かい、何体もの魔物を屠り、ギルドからの信も厚いパーティ。悪い噂も聞かないまさに冒険者の鑑のようなパーティの一人が、私利私欲のために空港を襲うというのはにわかには信じ難い出来事だった。
当初、冒険者ギルドはこの事件の真相をもみ消そうとした。ギルドの威信にかけて名のある冒険者が不祥事を起こしたとあっては示しがつかないからだろう。先に捉えた錬金術師のアリアが犯人であり、イザベラはたまたまそこにいてエア・グランドゥールの危機に瀕して事態の沈静化に当たった……そうした筋書きで新聞社に情報を流そうとしていた。
しかし、これだけ大規模に起こった事件の真犯人がB級の錬金術師であるというのは説得力に欠けるし、空港側としては警備網に穴があったと思われるのは体裁が悪い。「ずさんな警備体制」という見出しが躍るのは必至であり、空港の沽券に関わる問題となってしまう。世界に名だたる空港の権威が失墜するのは避けたいところだ。
水面下で両者の思惑が錯綜し、不毛な議論が交わされてお偉い方々が頭髪がなくなりそうな程に口汚い舌戦を繰り広げた結果、真実を公表するという結論に至った。
そうして世間がにわかに沸き立ったのはすでに二十日ほど前。
大規模な事件の割に死傷者が出なかったせいか、人々の注目はすぐに去って現在では落ち着きを取り戻している。
そのタイミングでデルイは気になる事柄が出来、こうしてイザベラの元を訪れたというわけだ。
「おい、面会だ」
騎士団の監獄に囚われたイザベラは、石壁に身を預けたままじっと虚空を見つめていた。騎士の声にわずかに視線だけをこちらに移し、そうして唇に弧を描いた。
「あら、珍しいお客様。何の御用?」
「……久遠の光のメンバー、フレデリックの容態が回復したそうだ」
端的にそう告げると、イザベラの目がわずかに見開かれる。
「それは素敵な情報ね。エルリーンの治癒魔法がきっと効いたんだわ」
「本当にそう思うか?」
牢の鉄柵越しにデルイはイザベラに淡々と語りかける。
「タイミングが良すぎると俺は思っている。君が空港で事件を起こしてからわずか十日ほどで、瀕死の重傷を負っていたはずのフレデリックが動けるほどに回復したそうだ。新聞の小さな記事だったから気にしている人はあまりいなさそうだけど、俺としては引っかかりを覚えたよ」
「そう。でも私はこの通り身動きが取れないし、何かやったと思うのは無理やりすぎない?」
「吸収した魔素と生命力を使役している魔物に運ばせて利用した、と考えるのはそんなに不自然じゃないと思うけど、どうかな」
この問いかけに対してイザベラは肩をすくめ呆れた顔を見せた。まるで自分が囚われていることなど意に介していないように、飛行船の甲板で話していたのと寸分違わない態度と口調で。
「どこにも証拠はないでしょう」
それはそうだ。仮にデルイの推測が正しく、フレデリックの容体が回復した決め手が彼女の集めた魔素と生命力によるものだとしてもそれを立証する手立てはどこにもない。エルネイールまで捜索協力を仰ぎ、彼女の魔物がそこにいることを突き止め、さらにどうやってフレデリックが回復したのかを追求する羽目になるが、二国の機関はそこまで大規模な捜査をすることに首を縦には振らないだろう。国をまたいでの捜査は時間も金もかかりすぎる。
「どこにも証拠はないわ」
同じ言葉をイザベラは繰り返した。これ以上、このことについて語る気は無さそうだ。しかし彼女の言動はーー暗に認めていることにならないだろうか。
デルイの推測を肯定した上で、どこにも証拠はないと言っているように聞こえる。
獄中のイザベラをデルイは目を細めて見つめた。
事件を起こした悔恨も、罪悪感も、まるで感じられない。
デルイはもう一つの情報をイザベラへと伝える。
「錬金術師のアリアは釈放されたよ。君の仕業らしいね。君が脅して無理やりにポーションを作らせ、運び屋にさせたと供述したらしいけど」
「だってその通りだもの」
「……どうだか」
聞くところによるとその話を聞いた時のアリアは複雑な顔をしていたそうだ。
「さて、話はもう終わりかしら? お帰りはあちらよ」
デルイがやって来た方向を優雅に指し示したイザベラは、これで会話はおしまいと打ち切っているように見える。息を一つついたデルイは、言われるままに踵を返した。
+++
「話は終わったか」
「ああ」
表で待っていたルドルフが出て来たデルイに声をかける。薄暗い牢獄から出ると陽の光が眩しく、デルイは目を細めた。
「何かわかったことは?」
「何も」
休日にも関わらず律儀について来てくれた相棒は、「ほら見たことか」という表情を作った。
「まあ、少し動揺していたみたいだし言わないだけだろうから当たってると思う」
歩きながらも話す言葉にルドルフが眉を吊り上げる。
デルイの推測通りであるならばイザベラが捕まったにも関わらずあんなに勝ち誇った顔をしていたのも納得がいく。要するに彼女は仲間の元に魔素と生命力を届けられればそれでよかったのだ。アリアを巻き込んだ手前、彼女を解放するために自身が捕まるのも計画のうちだったということだろう。
「後味の悪い話だな」
「全くだ」
ルドルフのつぶやきにデルイは頷いた。
何が悪いって、もうどうしようもないという部分に後味の悪さを感じざるを得ない。
真犯人は逮捕した。事件は解決した。空港は今後の警備強化が課題になるし、ギルドは冒険者の質の向上に努めなければならないだろう。それで今回の件に関してはおしまいだ。
歩きながら、デルイは考える。イザベラの覚悟は相当なもので、仲間の命のためならば自分を犠牲にすることに寸分のためらいも無いようだった。民間人に手をかけることはーー力のある者が最もやってはいけないことだ。冒険者としての信頼も功績も全てが無に帰すような真似をして、それでも救いたい程の命があったということだ。
「なあ、ルドなら同じ立場に置かれたらどうする」
「俺か?」
ふと問うてみると、ルドルフは少し間を置いた後に答えた。
「俺ならもっと合法的な手段でなんとかする」
「ああ、ルドらしい答えだな」
「そういうお前ならどうするんだ」
「そうだな……」
同じ質問をされて、気がついた。
デルイには自分の身を顧みずに助けたいと思える相手がいない。そこまで誰かに深く関わって生きてきたことが無いし、執着したことも無かった。
そう考えるとこれまでの人生がひどく空虚なものに思えて、同時にイザベラのことが少し羨ましくさえ思える。
これから先、そんな存在が現れるかどうか。適当に仕事をこなし、日々を送るだけの毎日が待っているだけなのでは無いか。
隣を歩くルドルフを見た。ルドルフはほとんど唯一と言っていいほどに今のデルイが気を許している人間だ。本音で話せるし、背中を預けるに足る人物で、イザベラが救いたがっていたフレデリックとの関係性に似ているかもしれない。
「……まあ、ルドが瀕死の憂き目にあったら助けに行くよ」
「お前に助けられるほどの失敗はしない」
「俺の相棒は頼もしいなあ」
「知ってるか? 俺はお前より三年は先輩だ」
「ああ、そうだったな」
そういえばそうだった。
まあしかし、もしもそういう人がこの先に現れることがあったら。
命をかけて助けに行くんだろう。全部を持っているように見せかけてその実空っぽな自分を満たしてくれるような存在がこの先に現れてくれることを願って、デルイは王都の雑踏をルドルフとともに踏みしめた。
異世界空港のお仕事!〜保安部職員は日々戦う〜 佐倉涼@10/30もふペコ料理人発売 @sakura_ryou
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