第23話 ステラの企み

 ステラが電話でフェリックスと会話をした次の日の夜、ステラはフェリックスにメッセージを送ったあと、携帯のメモリーから一人の番号を呼び出した。


 その番号を見たステラは、一度深く深呼吸をすると意を決して通話ボタンを押した。


 数回のコールの後、相手が出た。


『もしもし? どうしたのステラ』

「あ……夜遅くにゴメンねエマちゃん。今、大丈夫?」


 ステラが電話をした相手はエマだった。


『大丈夫だけど……エマは大丈夫なの? なんか、すごく落ち込んだ声してるけど……』

「えっと、その、大丈夫じゃない……かも」

『え? ど、どうしたの? なにかあったの!?』


 電話口でエマが慌てて自分を心配してくれる声を出しているけど、ステラの心は全然動かなかった。


 それよりも、これからエマを上手に騙さないといけない。


 そのことしか考えていなかった。


「昨日ね……」

『うん』

「街で……フェリックス君に会ったの」

『!!』


 エマが息を呑んだのが分かった。


 ステラは、エマがフェリックスに気があることは分かっていた。


 今までは、気が強いエマが素直になれなくてフェリックスと仲良くできないのが可哀想だな、とか考えていた。


 しかし、昨日のフェリックスから聞いた話で、フェリックスが中等学院時代に周囲から孤立していたのはエマとケインが原因であることが分かった。


 それを聞いたステラは、二人がフェリックスから避けられ嫌われていることを悟った。


 ステラは必死に、自分は巻き込まれただけでフェリックスのことを嫌っていないと弁明し、なんとか赦しを得られた。


 当然、まだフェリックスから好意を向けられてはいないが、友達程度には戻れたと思う。


 ここから巻き返さないといけない。


 ステラは通っている学院が違うというハンデがある上に、フェリックスの側には明らかにフェリックスを意識している女がいる。


 しかも、寮が同じだとか。


 男女で寮が同じとか、士官学院の風紀はどうなっているんだ!? と大きな声で叫びたいところだが、そこは腐っても国営の士官学院。


 男女の付き合いには厳しいだろう……そうあって欲しいと切に願う。


 そんなライバルがいるのに、エマだって学科は違うが同じ学院に通っていて、いつどこで接点を持ち、交流が始まるか分かったものじゃない。


 幸いなことに、フェリックスはエマに対して大分マイナスな気持ちを持っているので、そちらに靡くことはないと思われるが……念には念を押しておいた方がいいと、ステラは行動に出た。


「フェリックス君は……同じ学院の子たちと楽しそうにしてた……あんな楽しそうな顔、最近、見たことなかった」

『そ……そう、なんだ……』


 エマが落ち込んだ声でそう言った。


 今までなら、なんとか慰めようと思っただろう。


 しかし今のステラには(アンタに悲しむ権利なんかない!)という思いしかなかった。


「それでね、フェリックス君が私に気付いて、声をかけてくれて……」

『え!? 向こうから話しかけてきたの!?』

「う、うん。ただの挨拶だったけど、向こうから声をかけてくれたから、少しだけお話ししたの」

『!!……そ、そう』


 ギリッ! と歯を噛み締める音が聞こえた。


 その音を聞いたとき、ステラの中で仄暗い悦びの感情が起こった。


 フェリックスを貶めたエマより、自分の方が優位に立てている。


 彼を苦しめた元凶を、私が彼に代わって悔しがらせている。


 そう思ったステラの背中に、ゾクゾクとした快感が走った。


「それで……それでね?」


 エマを苦しめることに罪悪感を感じなくなったステラの演技は、益々

冴え渡る。


 話す言葉に涙声を交えて、必死に言葉を紡ぐ……そう聞こえるように喋る。


『……うん』

「フェ、フェリックス君と、皆でもう一度仲良くしたいって言ったら……『俺のこと嫌ってる奴らと仲良くなんてできるわけないだろ』って……そう言われて……」


 そう言った後のエマの変化は劇的だった。


『なっ!? そ、そんなことない!! 嫌ってなんかない!!』

「わ、わたしも、私もそう言ったよ。でも、フェリックス君、今でも覚えてるって……エマちゃんやケイン君がフェリックス君に勝ったとき、勝ち誇った顔をしてフェリックス君を見下してたって……その後、それを見たみんなが一斉にフェリックス君を嫌い始めたって……」

『そ、そんな! そんなことしてない!! あの時は……あの時はフェリックスに勝てたのが嬉しかっただけで! 皆にフェリックスを嫌うように唆したりなんてしてないっ!!』

「私だってそう言ったよ。でも……でも、周りの子たちがフェリックス君を邪険にして仲間外れにしてたのは事実だよ……」

『そ、それは……』


 ステラの言葉でエマは士官学院選抜試験の日のことを思い出していた。


 皆がフェリックスを邪険にし、嫌っているのを目の当たりにした。


 ステラが言っているのは、紛れもない事実だった。


「私は、私たちは違うって言っても、フェリックス君、信じてくれなくて……それはそうだよね……だって私たち、孤立してるフェリックス君に、手を差し伸べなかったんだもん……」


 それもまた事実なので、この時ばかりはステラも演技ではなく、素で涙声になっていた。


『……あ、あ』


 エマもそのことに思い至ったのか、絶望したような声を出した。


 電話越しなので分からないが、きっと今頃真っ青になっているだろう。


「それで、そのままフェリックス君たちとは別れちゃった……ゴメンねエマちゃん。私が力不足だったばっかりに、フェリックス君と仲直りできなくて……」

『そ、それは……でも、それは私でも同じか……』


 エマは一瞬、フェリックスとの仲を取り持てなかったステラをなじりたい衝動に駆られたが、流石にそれは筋違いだし、フェリックスにそんな誤解? を与えたのは自分だと思い直した。


「エマちゃん、フェリックス君と同じ学院でしょ? フェリックス君がそんな気持ちでいるって、教えてあげた方がいいかと思って」

『……そうね。き……嫌われ、てると、お、思ってる女に、声をかけられたって、フェリックスも、う、嬉しくないよね……』


 とうとう、エマの声に涙声が混じり始めた。


 どうやら、エマは自分の立ち位置を自覚したらしい。


「……もう、私たちは、ただの地元の顔見知りでしかないんだろうね……フェリックス君、同じ学科の人たちと凄く仲が良さそうだった。あんな顔……本当に小さい時にしか見たことなかったな……」


 それもまた事実。


 ステラはあの時の光景を思い出すたび、心が締め付けられる思いがする。


『……っぐす。私たち、フェリックスに、ずっと酷いことしてたんだね……』

「……うん」

『もう……フェリックスと、関わらない方がいいのかな……』

「……エマちゃんはいいじゃん。学科は違っても、同じ学院なんだから。遠くから見れることだってあるけど、私なんて学院すら違うんだよ? 昨日会えたのは、本当に偶然だったんだから」

『そっか……ゴメンねステラ』

「……ううん。私も、愚痴ってゴメン」

『ステラ』

「なに?」

『教えてくれて、ありがと。どうにかフェリックスと接点が持てないか、学院をウロウロしてたけど、それも止めるわ』

「……」


 危なかった、とステラは思った。


 後一歩遅かったら、エマがフェリックスに干渉していたかもしれない。


 そして、あの同じ学科の女と修羅場を演じ、フェリックスに意識されていたかもしれない。


 その前に釘を刺せて良かったと、ステラは内心で安堵した。


『ステラ?』

「! あ、ゴメン。同じ学院にいるエマちゃんが羨ましいなって思って」

『……会えなかったら、意味ないけどね』

「そっか」

『うん』

「それじゃあ、話したかったのはそれだけだから。明日も授業があるし、今日はもう寝るね」

『あ、うん。電話くれてありがと』

「ううん。いいよ」

『ねえ、ステラ』

「なに?」

『私たちは、ずっと友達でいようね』

「……そうだね。そうだといいね」

『じゃあ、おやすみステラ』

「おやすみ」


 ステラは通話を終えた後、待機画面になった携帯を見ながら、今までのエマのフェリックスに対する態度を思い返す。


「エマちゃんさあ……」


 ステラの脳裏にあるのは、フェリックスを追い詰めた加害者のくせに、フェリックスに嫌われて被害者ぶっているエマの泣き顔。


「現実じゃあツンデレなんて、ただ罵られているだけにしか見えないんだよ? あ、デレがなくてツンだけだったか。そりゃ、嫌われるよね」


 そう呟くステラの顔は、ライバルが一人減ったことを感じ、ほくそ笑んでいた。


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Black or White 吉岡剛 @sintuyo

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