後編「起動せよ吉良上野介G」

 邸内は赤穂浪士の生き人形が悲鳴を上げて逃げ惑っている。吉貝は冷静に人形の首を切り落としていく。


「こいつらは所詮、ただの木偶の坊よ」

「旦那ァ、でも、こいつらは大石主税様と同じ赤穂浪士の人形ですよ!」

「それっ それっ!」

「ああもう聞いちゃいねえ」


 ハチも仕方なく短刀を振るっていく。


「畜生、なんで、こんな罰当たりなことを」


 ハチがつぶやくと吉貝は静かに答えた。


「この屋敷内のどこかに"本体"がいるはずだ」

「えっ」

「よく見よ、機械人形は主税のみ、残りは精巧な木彫り人形よ」

「まさか、ただの木彫り人形が動くはずが……」

「ハチよ、『《ねずみ》』という講談は知っておるか?」

「へぇ、左甚五郎作の木彫りの鼠が動き出し……っていうお話でしょ。……まさか!?」

「そのまさかよ。おそらく、屋敷内に左甚五郎が隠れ潜んでおる」

「うへえ」

「やつの自慢の木彫浪士を切り倒していけば、辛抱たまらなくなった甚五郎は姿を現すに違いない」


 ハチは感心したように言った。


「旦那、たまげたもんだ。それにしても、この赤穂浪士、すげえ精巧なつくりでございやすね。本物みたいだ」


「うむ、本物の浪士たちも、この人形のように恐ろしく強い剣士だったのであろうな。だが、木偶人形ならば話は別よ。剣術に必要な"勘"に欠けおる」


 そう言いながら吉貝は彫部安兵衛の首を切り落とす。

 天下の名剣客を軽々と切り落とす発狂頭巾の業前は尋常なものではない。ハチは畏敬の念で吉貝京四郎の凶行を見守った。


 午前五時、四十六体の木偶人形を倒しきった吉貝とハチの前に、一人の男が姿を現した。男は白装束に身を包み、白い髭を伸ばしている。男の名は左甚五郎。彫刻師である。


「ほう、ここまでの腕前とは、大したものじゃ」


「ややっ あなたは、屋敷の仕事を紹介してくれた親切な人!」


「お主が左甚五郎であったか。 お初にお目にかかる」


「まさか、戦闘能力試験のために屋敷に呼び込んだ浪人の正体が、あの名高い発狂頭巾とはな。浪士人形程度では相手にならぬはずだ」


 甚五郎は顎に手を当てながら、ふむと呟くと襖を開けて庭に降り、そこに置かれた物置に手を掛ける。


「冥土の土産にわしの最高傑作で相手をしてやろう」


 その瞬間、噴き上がる蒸気とともに物置が開き巨大な人影が現れた。


「おわっ これは旦那!?」


 現れたのは巨大な老人の人形であった。その大きさは人間よりも二回りは大きく、身の丈は十尺を超えようかという巨体である。


「起動せよ『吉良上野介 Gギガント』! これがわしの最後の作品となるであろう!」


 吉良人形が邸内の発狂頭巾へ向けて殺到!だが、ゴツンと軒先に頭蓋を強打し転倒する。


「あっ」

「あっ」


 吉良人形の弱点は、その人間離れしたサイズにあった。あまりに巨大であるがゆえに狭い屋内では満足に動けないのだ。


「しまった!」


 甚五郎が吉良人形を助け起こそうとするがもう遅い。膝立ちで起きあがろうとする吉良へ向けて発狂頭巾が飛びかかった!


「ぬおおおおおっ!主税の仇!!」


 吉良人形の首を水平に断ち、左肩を切り下げ、胴を薙ぎ、右肩を切り上げる。一瞬にして卍を描く、発狂卍斬り。


 吉良人形の首が飛び、左甚五郎を押しつぶす。


「うぎゃー!」

「やったぜ旦那!」


 ハチが歓喜の声を上げる。しかし、そこに倒れていたのは、割れた木彫りの人形だった。


「なんだこりゃ?」


 ハチが呆然としていると、木彫りの人形……左甚五郎がよろめきながら立ち上がる。その顔面は二つに割れ、断面からは木目が覗いている。


「グググ、うらめしや平賀源内。彼奴がからくりで我が『ねずみ』を再現し、これからは職人の魂ではなくエレキテルが動かす、などと……」


「なるほど、だからお主はからくり忠臣蔵に忍び込み、機械人形を生き人形で駆逐して置き換えて行ったというわけか」


「なぜだ、なぜわしの計画を邪魔する発狂頭巾! 貴様ならわしの"くるい"がわかるだろう!? 人形に狂い力に狂い、なお届かぬ頂点に狂い、貴様と何が違うというのだ」


「旦那……」


 ハチが心配そうに発狂頭巾を見る。

 だが、発狂頭巾は左甚五郎にこう断言した。


「狂うておらぬのだお主は。ただひたすらに左甚五郎オリジナル真似コピーをするだけでは狂えぬのだ、甚五郎」


 左甚五郎の生み出した「左甚五郎の木偶」は絶望的な顔で発狂頭巾の瞳を見つめる。そこには狂気のこもらない慈愛の瞳が──


「そうか」

「そうだ」


 木偶人形は力を失い、その場で木屑となり風に消えていく。

 登り始めた朝日が「からくり忠臣蔵」を照らしていた。


 発狂頭巾は覆面を取ると、刀を拭ってパンと鳴らした。


「成敗!」


数日後、吉貝はハチと共に再建の済んだ長屋へと帰還した。


「旦那、よく左甚五郎の正体を見抜きましたね」


「よく考えてみろハチよ、100年前に死んだ男が生身のはずがあるまい」


「うへえ、100年前ですかい?」


「本物の甚五郎はあのような真似をする男ではなかった、だからわかったのだ」


「まるで左甚五郎本人を知っているような……旦那……お大事にしてくだせえ」


「月日の流れというものは、人を変えてしまうのだろうか……」


常ならず穏やかに壁を見つめる吉貝の眼差しに、己の正気を疑うハチであった。


『発狂頭巾とからくり四十七士』おわり

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『発狂頭巾対からくり四十七士』 お望月さん @ubmzh

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