『発狂頭巾対からくり四十七士』

お望月さん

前編 「からくり忠臣蔵にて」

「旦那ぁ、さすがにこの屋敷はおかしすぎますって。アッシはなんかいろんなところから見られているような気がして……」


「ハチよ、無駄口を叩くでない。一宿一飯の恩義ぞ」


 ハチと呼ばれた中年男は、へえと返事して頭を掻く。

 身の丈は八尺に迫る身の丈を縮めて、固く雑巾を絞り墓石を磨く偉丈夫の名は、吉貝京四郎という。


 この「からくり忠臣蔵」と呼ばれる屋敷は投獄された稀代の発明家・平賀源内が手がかけたことで知られる遊戯施設だ。おばけ屋敷と忠臣蔵を融合させたこの施設には、邸内には赤穂浪士の機械仕掛け人形が四十七体設置されており、人々は吉良上野介に扮した衣装で出口を目指すと言うスリリングでリアル脱出な趣向であった。


 はじめは、精巧な機械人形の出来とスリリングな討入体験が味わえると言うことで評判を取り、江戸遊戯番付の東の横綱に上り詰めたのだが、錯乱し江戸を焼こうとした平賀源内が投獄された時期から、邸内での行方不明者が続出し、異臭があふれ、いつの間にか打ち捨てられていたいわくつきの物件だ。


 そんな施設に吉貝とハチは滞在しているのである。


 吉貝は寡黙に施設掃除を続けている。元より剣術で鍛えた吉貝の腕力は素晴らしくみるみる赤黒い汚れを落としていく。長身にも関わらず雑巾がけも上手く、武家とは思えぬ手並みであった。


 ハチは(旦那は何も話してくれねえが、若いころにお寺で過ごした時期があるにちげえねえ)と考えていた。


 大石某の墓石を磨き上げると吉貝は顔を上げ「飯にするか」と言った。二人は食堂へと向かい、夕食をとることにした。食事は三食支給するというのが雇い主との約束であった。食堂にはいつの間にか湯気のたつそばといなり寿司が置いてあった。


 食事中、ハチがふいに言った。


「旦那、もしですよ、もしもあっしらがあの吉良様と同じ目にあったらどうします?」

「……それは困るな」

「それだけですかい? 逃げ出したりはしないんです?」

「しかし、請け負った仕事は最後まで為せねばならぬ」

「旦那……いやちげえねえ。旦那ならそう言うと思ってましたよ」


 夕飯を済ませると二人は邸内に戻り掃除を再開した。朝までに邸内を掃除すること。それが、雇い主との約束であった。


 いきさつはこうだ。

 ある日のこと、吉貝が長崎土産だという「ローション」をハチに自慢してきたのだ。


 なんでも地球上にはローションのみを生産する国があり、これはその国の特産品であるという。ハチがいつものホラ話だと相手にせずにいたところ、吉貝が調子に乗って長屋の屋根に上りあたり一帯にローションを振りまいた。町中がローションまみれになり、住民がつるつる滑っていたところに、たまたま通りがかった巨大神輿が巻き込まれ長屋に突っ込み倒壊したのである。


 吉貝の蓄えから再建費用を支払ったものの、二人は長屋の再建まで宿無し文無しとなってしまった。そんな時にハチが見つけてきたのが、このからくり忠臣蔵での住込清掃というわけだった。


 丑三つ時までには清掃を終えると二人は眠りについた。そして、しばらくすると二人の元に足音が近づいてきた。


「うっ……うぅ……誰か助けてくれぇ……」


 二人の耳に男の悲鳴が届いた。


「旦那! 起きてくだせい!」


 ハチは跳ね起きた。


「賊か?」


 瞼を見開いたまま寝ていた吉貝も目を覚まし立ち上がる。


「へえ、賊にしては声が若かった気がしますぜ」


 二人が廊下に出るとそこには一人の男が倒れていた。男は全身血まみれであり、衣服も破れている。


「おい、大丈夫か!?」


「我が名は、大石主税ちから……吉良を、討つべく、ピガガガ……」


 ハチは驚愕した。そこに倒れているのは討入首謀者大石内蔵助の子、大石主税の機械人形であったからだ。その機械人形はまるで生きているかのように苦悶の表情を浮かべている。


「主税?そこにいるのは主税か!?」


 吉貝の言葉に機械人形が反応を示した。


「父上……力及ばず吉良に返り討ちを……まさかあれほどの強さを……」

「もうしゃべるな、仇はわしが討つ」

「父上──」


 機械人形は活動を停止した。その顔は先ほどまでと異なり穏やかで機械的な無表情を晒していた。


 ハチが驚きの顔で吉貝を見やると、吉貝は手拭いを顔に巻き付け覆面としていた。


「許さぬぞ、吉良上野介!」


吉貝京四郎、またの名を発狂頭巾と呼ばれる、正義の魔剣士が目を覚ました。


(後編へ続く)

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