第34話 後日談

 シェラ=アレクシア・フォン・メルシアは夕陽が射し込む部屋に一人きりで座っていた。

 あの後、グリンウッドへ向かわせた騎士や冒険者を捜索したり、彼らへの莫大な報酬を用意したり、シェラにはこの数日間まともに寝る余裕は一切なかった。

 それに加え、カミト、ユリエ、フローナは何故か同じ部屋で寝ている。その事にシェラは若干の寂しさを感じつつ、机に向き合う。


「…………」


 窓の外には赤焼の空が広がっている。

 ここから見下ろすケイディアの街は何も変わっていない。たった数日前に起きた街の崩壊の危機など誰もが忘れ去ったかのような光景だ。

 実際、街の方にはさほど多くの魔物が襲撃には来ていなかった。街の外壁を破るよりも先に襲撃に来た魔物は魔導兵器に駆逐され、街の中にいた住民に危害は加わっていない。

 むしろ危険だったのはグリンウッドから帰還したカミト達が街に入ってきた時だろう。


 巧妙に馬車に身を潜ませていた魔物達が一斉に街の中で暴れたのだ。それもすぐに魔導兵器によって駆逐され、街に残ったのは魔導兵器と魔物が暴れた痕跡だけだった。

 そんな風になにもかも元通りになった様に見えるが、一つだけ大きな問題が新たに発生していた。

 それはシェルノ神が消失したと言う事実が世に公表されてしまった事である。一体誰が情報を漏らしたのか、ついぞ分からなかったが街の襲撃よりそっちの方が問題視されている。


 加えてその噂の最後にはカミトへ告げるようなメッセージがついている。

 シェナが街に耳を傾けるとその噂がすぐ耳に届いてくる。


「なぁ。聞いたか? シェルノ神が消滅したって噂。実際シェルノ神から受けた加護が消えたって言う奴も多くてな」

「おいおい、まじかよ。今頃シェルノ教会の奴らは大慌てだろうな」

「それがそうでもないんだよ。シェルノ神の命を受け継いだ神の子がこの世界の何処かにいるらしいぜ。今は力が目覚めていないが、やがてその者は覚醒し十二の力を振るい世界を救済へと導く……らしい」


「なんだ? その怪しい噂。本当なのかよ? シェルノ神の命を受け継いだってなんだよ? 信用できねぇな」

「本当だよ。あのクローフィア教会の巫女がそう言う神託を出したらしい」


 彼らの話す神の子がすぐ近くの宿に泊まっているなど彼らは想像もしていないだろう。

 加えてその人物はまだ日が昇っていると言うのに爆睡している。


「お兄さんっ! あんまりユリエちゃんにベタベタしないでくださいっ!」

 隣の部屋からフローナの悲鳴のような声が聞こえる。

「ちょっ、違うぞっ! 普通に寝てたらこうなってたんだよ!」

「普通に寝るって、なんで普通に寝てたらユリエちゃんに覆いかぶさって抱きつくことになるんですかお兄さんのバカっ」


 どうやら目が覚めたらしい。

「まったく……仕方がない奴らだ」


 無意識にそう呟いてシェラは口角を緩ませながら椅子から立ち上がった。

 鏡に映った姿は自分でも驚く程、優しく笑っている。

 部屋から聞こえてくるカミトの声はシェラが出会ってからの数日間、または一ヶ月間で聞いたことのない明るい声をしていた。

 元々の彼はそういう性格なのだろう。 


 シェラは深いため息をつくと部屋の隅に纏められた荷物を手に取る。

 彼女の着る衣服のポケットには一枚の手紙が入っていた。つい先程届いたばかりの実の父からの手紙だ。

 手紙には今回のグリンウッド遠征に関する被害の責任と神話の時代の遺跡の消失がシェラにあると言う内容が書かれていた。

 直に王都からシェラを捕獲するための部隊が到着するだろう。その前にシェラは逃げるつもりだった。


 シェラはドアノブに手をかけ、部屋から退室する。


「何処に行くんだ? シェラ」


 シェラの耳にここ数日で聞き慣れてしまった少年の声が届く。

 声がした方に目を向けるとそこにはカミト達が立っていた。


「お、お前達……」

「シェラさん。私達もついていきます」


 フローナがシェラへ微笑む。

 その隣でユリエもコクリとフローナの言葉に頷いた。


「それでは計画通りに事が進んだってことかい?」


 白いローブを羽織ったシェルノ教会の人間が誰もいない空間へ話しかける。

 左右の瞳の色が蒼と黄に別れたオッドアイの少年だ。

 彼の目の前には宙に浮遊する一枚の式神。

 式神を介して話しかけている相手に少年は気安く話しかけている。


「神域に引きこもっていたシェルノ神は世界から消失。代わりにカミトは人の命を失い、神の力を一つ掌握し、完全な神への第一歩を踏み出した。しかし、分からんな。わざわざシェルノ様を消し去ってまであいつを神に仕立て上げようとしているのか」


 式神は黙って少年の言葉を聞いている。


「そもそもあいつの出現先がユリエ・ランドールの前だったり、フローナ・シェルノティナの生還だったり善良で正義感の強かったエドガーが暴走したり……それから封印されていた紅炉の星剣も……色々おかしいだろ。一体何処まで介入したんだ?」

『……シェルノ様の為なら何処までもだ』


 式神の向こうから威厳のある声が響く。


「あんた分かってるのか? 神の計画に首を突っ込んだりすれば……下手すれば世界全体へ天罰が落ちるんだぞ?」

『しかし今回はうまくいった。カミトの神格化は早まり、魔王の計画は一つ潰えた』

「それじゃあ、ユリエ・ランドールは新たな神への供物ってことか? まさか彼女が洗脳されていた事にも一枚噛んでたりしないよな?」

『…………』


「やっぱりそうかよ。気をつけろよ? まだ覚醒していないから良いものの、事実を知ればカミト自身が世界を滅ぼしかねないぞ」

『ふん。その時は上手くやるとしよう。この国に現人神が出現したなど、神話の時代以来無かったことだ。この国を滅ぼさないためにも、精々上手く立ち回らなくてはな』


 式神がクククと喉が鳴らす。

 冗談めかしたその口調には、拭いきれない重々しさが含まれている。

 彼らにとってもこの計画は世界を破滅させかねない計画だった。

 しかし今のところ、事態は彼らの望むように推移しているらしい。


『まぁユリエ・ランドールに関しては幸運だとも言えるだろう。神の妻など望んでもなれるモノではない。実質世界を手にしたようなものだ』

「まぁ、そうかもしれないな」


 そう言って少年は、世界から消失したシェルノ神の像を見上げる。

 少年は複雑そうにシェルノ神の像から目を逸らすと、それを見ていた式神が再び笑う。


『まぁよい。今後もカミトの監視を続けろ。前回のように突っかかるんじゃないぞ?』

「分かってるよ。あの何も知らない呑気面が気に入らなかっただけだ。次は冒険者として友好的に交流を持ってみる事にする」

『ふん。しくじるなよ』


 そう言い残すと同時に式神は光の粒となり消滅した。



 カミトは逃げようとするシェラの手を引き、街の出口へ向かう。


「まったく……そういう事は早く言えよ」

「しかし……」

「シェラさんっ」


 フローナはシェラにジト目を向けると、彼女の腕をしっかりと掴んだ。


「逃げちゃ駄目ですよ」

「だがっ……」


 シェラとフローナの会話を聞きつつ、カミトはユリエに話しかける。


「なぁ? 独立魔導都市〝アルテミシア〟って遠いのか?」

「はい。馬車で一週間程です。なので馬車を購入した方がいいと思います」


 アルテミシアはメルシア王国の領地内において唯一独立宣言を発令し、王国の法とは別の法律で動く都市だ。

 シェナを匿うにはうってつけの場所だった。


「そっか……それじゃあちょっと買ってくる。馬車を買うくらいの金は残ってるはずだし」

「私もついていきます。カミト」


 そう言ってユリエはカミトの隣に並び立つ。


「分かった。──それじゃあフローナ。少しの間シェラを捕まえておいてくれるか?」

「分かりましたっ。任せてくださいお兄さん」

 フローナは笑顔でシェラに抱きついた。


「ちょ、カミトっ。フローナも連れて行けっ」


 シェラが叫ぶ声に惹かれ、周囲の住民がカミト達へ奇怪なモノをみるような視線を向ける。

 男達はカミトの周りにいる美少女たちを見て、嫉妬と羨望の表情を浮かべている。女性達からは性犯罪者を見るような瞳を向けられ、背中に突き刺さる彼らの視線にカミトは思わず空を仰ぐ。


(神がいるなら助けてくれ……)

 神になる資格を得た少年はどこかで見ている神へと祈りを捧げる。

 しかし彼は気がついていない。

 異世界の神シェルノの力を得たカミト。

 彼の苦難の日々はむしろここからが始まりであることに──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様の継承者~異世界に放り出された少年は最強になる~ 碧葉ゆう @yurie79

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ