第4話
あーどうしたものか。怖がられている気はしていたが、ここまで自分に人望がないとは思ってなかった。」
日も落ちてすっかり暗くなった帰り道、ぶつぶつ独り言をつぶやきながら須山はよろよろと歩く。先程までの威厳ある部長としての顔はここにはなかった。ただの悩める一人の中学生だ。須山はクールという印象を持たれることが多い。そのため、後輩からは憧れを抱かれつつも、近寄りがたい存在とも思われている。須山は本心を他人にあまり打ち明けようとせず、必要なことしか口にしないところが、後輩たちに苦手意識を持たれる原因のひとつだ。
「泣けるな、これは。アラシに全部任せとけばよかったか。でもそうすると、部長としての立場がなぁ。」
須山は自分をさらけ出すことが上手くできずここまで来てしまった。一緒にいる時間が長い映画部の同級生の前では自分の気持ちをしゃべれるのだが、後輩たちとは接し方がわからず壁が出来てしまったのである。彼らとも打ち解けなければとよく口にしていたが、部長という立場もあって益々距離が開いてしまった。
「どうするかな、撮影。一番こまるのが演者だな。外部から人を集めるって言ったって、エキストラとしてなのに、みんなに早合点させてしまった。メインは自分たちだと先に言えばよかったのかな。」
まるで誰かいるかのようにしゃべり続ける。内容が面白ければ何人かの後輩たちは確保できると信じていた、というよりは都合よく考えていた。思い通りに人を動かすことの難しさは、理屈や理想で解決できるものではないと頭では理解していても、つい甘く考えてしまう。さすがに参ったといった表情で歩く須山のすぐ横に原付バイクがキキーッと音を鳴らせて止まった。原付にまたがった男はのぞき込むように顔を近づけた。
「やっぱり隼人だ。こんな時間まで何してんの?」
急に声をかけられビクッと反応する。自分の世界から急に引き戻され、口を半開きにした間抜けな表情で声の主を見ると、同じ中学校の制服を着た男子がいた。暗がりで顔はハッキリとは見えないが、声と雰囲気で誰かというのはすぐにわかった。
「直哉か、驚かすなよ。」
「普通に声かけただけだよ。驚いた方が悪いんだよ。」
直哉と呼ばれた生徒はカラリと笑っている。彼の名前は灰島直哉、須山と同じ桐里中学校の3年生である。切れ長の目に校則違反の茶色い髪の毛がかかり、制服のワイシャツは胸元をはだけさせている。町でバッタリ出会わせたら、目を逸らしたくなる見た目の灰島に須山は親しげな声をかける。
「悪いのは夜道で原チャに乗った不良のほうだろ。僕は部活帰りさ。そっちは何なの。ケンカ?窃盗?もしくはその両方?」
「ヒドイ言いようだな。人を犯罪者みたいに。テスト期間中に部活している方がよっぽど不良だぞ。俺は静香のところからの帰り道だよ。後ろ乗っていくか?」
「乗らないよ。無免許、ノーヘル、ニケツ。警察に見つかったら言い訳のしようがないフルコースだよ。まったく静香もこんな不良のどこが良かったんだか。」
「妬くな妬くな。男の嫉妬は見苦しいぞ。」
その一言にイラっとした須山はパシンと灰島の背中をたたいた。須山と灰島と白川静香、小学校の頃からいつも一緒にいた3人組だった。中学校にあがると白川と灰島は付き合い始めた。須山も白川に好意を持っていたのだが、それは口には出さなかった。今は恋愛とは違う感情でつながっている。映画部の部長と不良が仲良く歩いている姿は、はた目からは不思議な組み合わせに見えるかもしれないが、彼らとっては何ら不思議なことではない。二人が親友と呼べる間柄になったのは灰島がまだ加藤という苗字だったころからに遡る。
灰島の父親の加藤は元々荒っぽい性格だったが、酒が入ると手を付けられなくなる男だった。自身が経営する居酒屋で客とトラブルになることは一度や二度ではなかった。店の評判はだんだんと下がっていく中、不況の煽りを受けて経営が危うくなってくると、次第にエスカレートしていき、妻と小学校に入ったばかりの自分の子供に手を上げるようになった。そんな環境から灰島を助けたのが須山の父親だった。暴力で苦しむ母と子を自分の経営している工場に隣接する社員寮に住まわせ、離婚が成立するまでかくまい続けたのだ。加藤も妻と子の行方は把握していたが、強面な従業員を何人も抱える須山の父親に手も足も出せず、無事に事は収まった。当時、須山少年はこうした事情を知らず、同い年の灰島少年と毎日兄弟のように遊んでいた。後年、灰島の苗字が変わった経緯を知った後も二人の関係性は変わることなく今日まで続いている。
「映画部って忙しいのな。俺の読書部なんかテスト期間中じゃなくてもろくに活動してないぜ。」
「読書部は不良のたまり場だろ。一緒にしてもらっては困る。僕らはちゃんと映画を作っているんだ。」
「青春だね~。まぁ隼人ならテストも余裕ってわけか。」
「それは嫌味にしか聞こえないよ。」
桐里中学校の校則として、生徒は全員何かしらの部活に入らなければならない。そのため、やりたいことが見つけられなかった生徒の多くは活動の少ない部活を選択するのである。中でも週に1回図書室で本を読むだけという読書部は、いわゆる不良少年たちに人気だった。週一の活動ですらほとんどの部員が参加していないのだが、意外にも灰島は毎週欠かさず図書室に行っている。そこで、教科書と格闘しているのだ。やり場のないエネルギーをケンカで消費していたこともあるが、最近では勉強に力を注ぐようになった。少しずつ大人になって自分の父親に顔つきが似てくるにつれて、母親を泣かせた男のようにはならない、自分の好きな人を守る人間になりたいと思ったからかもしれない。そのおかげで、成績は学年のトップクラスまで上がり、2年生の学年末テストでは須山よりも順位が一つ上だった。今では教師たちも多少の校則違反を見逃してくれるようになっているのだ。
夏の日の映画館 ざくろ山 @flowerswing
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