第3話

「先生は、昔プロのミュージシャンになりたいって思ってたんだ。」

 予想だにしない言葉に生徒たちは戸惑い、お互い顔を見合わせた。すぐに八坂が突っかかる。

「それがどうしたんですか。」

 顧問になったばかりで、映画どころか自分たちのことも良く知らない先生に期待した自分がバカだったと怒る気持ちも語気に含まれている。

「まぁ、聞いてくれ。先生な学生の頃ずっとバンドやっててな。中学高校と毎日ドラムばっか叩いてた。ロックバンドのコピーだったけど学園祭ではちょっとしたヒーローだったんだぜ。」

 段田の目線は天井の蛍光灯に移っていった。その明かりの先に輝いた青春時代を見ているようだった。

「ライブを何度もやって、いつかはメジャーデビューしようって仲間と約束してさ。でも結局、自分らの才能に見切りをつけて解散。別々の進路に進み、俺は教師という生き方を選んだ。その選択に後悔はないし、バンドをやっていたのもいい思い出だ。いや、いい思い出どころか今の俺を作った幹になっている。やりたいことを思いっきりやって、自分の全部をぶつけた。それが自信になって、次の目標に打ち込めることができたんだ。」

 目の前の生徒たちに顔を向け語り続ける。

「先生くらいの年になってくると色んな人生を歩むようになってくる。やりたいことを続けて、それを仕事にできた人もいる。でも若い頃やりたいことを見つけられず、大人になってもダラダラとなんとなく生きてしまっている人も少なくない。それが悪いことと言う気はないけど、お前たちにはそうなって欲しくない。そうならないために大事なことは、若いうちから一生懸命やるってことを身に沁み込ませることだと先生は思う。あの時やれた、だからこれからも出来るって自分を信じられることは、大きな財産になる。大人になったら手遅れってことじゃない。でも君たちは学校があって仲間たちがいて、何かに挑戦するには一番の環境にいるんだ。君たちの“今”をぶつけたことが、将来何かに迷った時に立ち止まり、振り返って、自分を見つめ直す原点になるんだ。あの頃の自分に恥ずかしくないようにって自分を奮い立たせることができるんだ。」

 段田の言葉に教室内に立ち込めていた不穏な空気が少しずつ和らいでいく。後輩たちは皆、顔を上げ一心に耳を傾けた。

「3年生の挑戦も、2年生が目指すコンクールもどっちも頑張ればいいじゃないか。あの時やっておけばって後悔しないように。本気で打ち込めることに全エネルギーを注げばいい。3年生は全員須山の映画に賭けてみるといい。1・2年生はコンクールか須山の映画か、やりたい方を選んでそれに打ち込むんだ。先生はどっちも応援する。出来ることがあれば何でも相談してくれ。」

 結局のところ、段田は議論を納得いくまでぶつけ合わせて答えを出させることを選ばず、平行線の話をそのまま走らせ、別々の着地点に到達させるということを選んだ。収まりの良い解決法を妥協案で導くのは大人の得意技だ。

「わかりました。先輩たちは先輩たちの映画を作る。僕たちは今日まで準備してきた『明日の足跡』を撮る。それが一番後悔のない道になります。」

 カバンを肩にかけ八坂が立ち上がり、急ぎ足で言葉を続ける。もうこの場から去りたいという気持ちがにじみ出ている。

「テストが近いので僕はもう帰ります。1・2年生のみんなで先輩たちと無茶したい人は残ればいい。先輩たちは外部から人手を集めるから、みんながやることは少ないと思うけどね。できればこっちに付いて欲しい。それじゃあ先生さようなら。」

 テストが近いから帰りたいというのも本音だ。それはここにいる全員に共通していた。1年生にとっては初めての定期試験になる。2年生が一人、二人と次々に立ち上がり、それに続いて1年生も席を離れた。それは3年生徒の決別を意味する。段田も部活のことは一旦置いておいて、ひとまず勉強するようにと言い残しこの場を去った。教室に残されたのは3年生だけであった。部員を待っていたときと同じ光景になった。

「やられたな。八坂と段田先生に。映画の内容に触れる前に終わらせやがった。先にストーリーと仕掛けを教える作戦にすれば旗色違っていたはずだぜ。タイミングも悪かった。どうする?須山。一人一人個別に当たっていくか。」

 嵐山がため息をすると他の3年生もそれに続いた。須山は一番前の席に座り、立ち並ぶ不安そうな瞳に応える。口調は冷静だが、意外なほどに声色は明るい。

「こうなることはある程度予想はしていたさ、話すのは今日をおいて他に無かったからしょうがない。テスト終わってコンクール作品の撮影に入ってから手遅れになるからね。全員あっちに付いたのは予想外だったけどさ。アラシが言った個別に当たるというのはやめておこう。彼らの人間関係を壊すような真似はしたくない。」

「ごめん、僕が余計なことを言ったから話がそれちゃったんだ。」と加山が弱々しい声を出す。冷静な須山のしゃべり口に怖さを感じたのかもしれない。

「いいんだ、加山。今日の失敗は全部僕のせいさ。もうちょっと上手く話せればよかったんだ。」と自嘲した。「そんなことない」と同級生は言葉をかけるが、須山は一人で考えたいと言ってみんなを先に帰らせた。

「はぁ。」

 夕日が差し込む教室に、須山の気の抜けたため息がと机を机の間をすり抜けていった。

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