第2話
意外な理由に笹川が再び疑問を投げかけた。
「去年も文化祭で上映したじゃないですか。生徒たちに見てもらうことなら、すでにやってるじゃないですか。」
須山はこの質問は想定通りだと、笹川に軽く微笑みかけた。
「そう、文化祭で一日二回公演。でも、見に来てくれたのは興味を持ったわずかな人たち。それも父兄や僕らの友達だけだった。全国のコンクールで受賞した作品がみんなに見られず、やがて資料庫に眠っていくのは悲しいことだと思ったね。」
この言葉に八坂が反応した。棘のある口調でくってかかる。
「だったら今年はもっと良い作品を作って見返せばいいじゃないですか。」
「八坂の言うこともわかる。でも、この映画をつくるのは見返すことが目的じゃない。みんなの心に深く刻まれるものにしたいんだ。そのためには全校生徒を巻き込んだものじゃないといけない。だから8月の夏休み明けの始業式にやる。僕たちの映画はこの日に上映することで完成するんだ。」
「ちょっと何言っているかわからないです。始業式にやるのとコンクールに出さないことが結びつかないです。」
八坂の語気が強くなる。まったく納得いかないといった様子だ。
「夏休みが終わると、自由な日々から一変して学校に管理される毎日が来る。みんなは代わり映えのない日常に疑問を抱かず、むしろ決められた時間割で過ごす日々に安心するかもしれない。僕のやりたいことはそんな彼らの心に深く刺さり込み、衝撃を与え、世界観を壊すことなんだ。それには規定に押さえつけられた映画じゃダメなんだ。」
「全校生徒の前でやって、笑われてもしたら元も子もないでしょ!」
「それは違う‼」
甲高い声で須山と八坂の間に入ったのは3年生の加山だ。彼は普段から物静かで、大きな声を出すような男子ではなかった。初めて聞く加山の怒声でヒートアップした教室の空気が凍り付き、一瞬にして静寂が包み込んだ。
「僕は知っているんだ。去年の先輩たちが同級生にバカにされていたことを。僕たちにとっては憧れの存在だったけど、先輩たちの凄さがわからない人から見れば、冴えない生徒だったんだ。みんなも聞いたでしょ、全体朝礼で表彰された時、先輩たちが変なあだ名でヤジられていたのを。」
壇上に立った先輩たちがバツの悪そうな苦笑いで嘲笑に応える姿を、一年経っても部員たちは忘れられない。あとに続く後輩たちも映画を撮り続けることにためらいを感じたのも事実だ。
「僕たちは須山君のおかげでいじめとは無縁だった。先輩たちも最後は笑って卒業していったけど、映画部の名誉が傷つけられたことに変わりはない。だから僕は映画部として全校生徒にあっと言わせたいんだ。」
加山と八坂は睨みあうように視線を合わせた。互いに自分の主張を引っ込めようとはしないのが言葉が交わされなくても伝わって来る。今年入学したばかりの1年生たちは事の成り行きを不安そうに見守るしかできなかった。この悪い空気を変えようと副部長の嵐山がしゃべりだした。
「俺たち3年生は須山のノートを見させてもらった。正直すごいと思ったよ。本当に始業式上映が成功したら、これは映画部始まって以来の大事件になると思うんだ。見返すとかそういうことは抜きにして単純に俺はこの映画をやりたいって思ったんだ。」
「先生はどう思うんですか。先輩たちの言うとおりにしていいんですか。」
八坂は嵐山の事を丸く収めようとする意図に反対するかのように、体の向きを変えた。視線の先には顧問の段田が立っている。ふっくらしたお腹周りを上下揃いのジャージで包み込んだこの中年は、今年赴任してきたばかりの社会科の教諭だ。3年A組、つまり須山の担任でもある。
「正直に言って映画のことは俺にはよくわからない。だけど今までのやり取りを聞かせてもらったが、3年生の気持ちもわかるし、2年生の気持ちもわかる。」
そう言いながら窓際から教壇の前に移動すると、須山はすっと身を引いて場所を空け渡した。
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