卒業式はとどこおりなく終わった。

 雰囲気に当てられて泣いている子がほとんどだ。何が悲しいのかは正直よくわからない。

 さっさと帰ろうとしていると、後輩の女の子達に取り囲まれ時間がただ過ぎていく。

 あの子が言っていたのはこういう事なのかもしれない。

 それでも、私より見た目や性格のいい子なんていくらでもいるだろう。


 全力疾走をして、黄色い声を振り切る。逃げて正門を後にする。

 こればかりは運動部をやっていて正解だったと思う。

 息を切らしているとそこには、まだいて欲しいと願った見覚えのある姿が立っていた。


「卒業、おめでとうございます」

 美緒みおはスターチスのドライフラワーを携えて、物憂げな笑顔を見せた。


「ありがと。ねえ……ずっとここで待っててくれたの?」

「はい。どうしても伝えておきたくて」

「じゃあ今日は特別。何でも1つだけ言う事、聞いてあげる」

 やれやれと彼女に向けて両手を広げる。


 けれど彼女は、視線をわずかに下に向けただけだ。

 抱きついてくるものだと勝手に思っていた。

 いつものように大声で突拍子もない事を言うのだと。


「本当にいいんですか……?」

 おずおずと私の方を見上げて、それでもはっきりと口にする。


「そう言ってるじゃない」


 通り過ぎていく生徒達が私達を見ているような気がした。

 首を横に振って視線を戻すと、彼女の次の言葉を待つ。


「じゃ、じゃあ……。美緒は絶対に先輩と同じ大学に受かります。だからぁ……っ」


 ――その時まで、待っていてください。


 うわずるように途切れた言葉の先が、手に取るようにわかる。

 彼女は私に背を向けて押し黙ってしまう。俯き小さく体を震わせて、今にも儚く消えてしまいそうに思えた。

 その姿にともに過ごした月日を思い返していた。



 【最終話 これは恋なんかじゃありません】



 2年前の4月、美緒と初めて会ったのもこの正門前だった。

 あの時は桜が舞っていたけれど、今は膨らんだ蕾のまま。まだ花を咲かせてはいない。それでも何もかもはっきりと思い出す事ができる。

 最初はお互いに他人行儀で本当にぎこちなかった。

 それが段々と話すようになっていって、楽しいものなんだとわかって、私は変に意識をするようになっていった。きっと『普通』ではない。気持ちを悟られたら嫌われてしまう。それだけを恐れて、いつからか私は冷静を装うようになった。


 そして最後となる年が始まった。


亜紀あきちゃん先輩!』

 正門で、映画館で、教室で、砂浜で、体育館で、美緒の家で、部室で、コンビニで、街中で、画面の中で、私の家で。


 いつだって。


 いつだって、私の思い出の中では彼女が笑っていた。彼女の中にも変わらず私がいて、ふいっと顔を背けていたに違いない。

 この先の未来なんて誰にも私達にもわからない。

 けれど卒業くらいで、その程度の事で築いてきた関係が終わるはずがない。

 いや、まだ終わって欲しくない。


「今のあんたの学力じゃ厳しいっての。――だからさ、これからも家に来てくれたら勉強、教えてあげる。けど……それ以外の事は美緒が教えてよ」


 反応がない事に私の心はもう動じない。

 周りの目も、もう気にしない。もう『普通』を他人に決めさせない。

変わらぬ心スターチス」ごと彼女を、強く強く抱きしめる。


 伸ばした腕に、震える小さな手がわずかに触れる。


「好きだよ、美緒」


 彼女の泣く声を聞きながら、いつものシトラスの香りがふわりと風に乗って優しく漂った。

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これは恋なんかじゃありません! ひなみ @hinami_yut

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