第11話 特別なんかじゃありません

「めでたいですねー! 本当に、本当におめでとうございます!」

「もう、そんなおおげさだって。でもありがと」


 大学の合格発表から2日。

 美緒みおを自宅に呼ぶとちょっとしたお祝いをしてくれた。

 発表当日の私は、両親から無言で発せられるピリピリからようやく解放されて、やっとそれが終わるんだとしか思わなかった。

 そして来た今日。テーブルに並んだケーキとお菓子やジュース、画面越しではない笑顔。それを目の当たりにしてようやく実感ができた。


「そうだ、これ。ちょっと遅れたけど渡しておきたくて」

 忍ばせていたラッピングの包みを彼女の目の前に。

「あ、美緒からもです」

 ほぼ同じタイミングで向こうからも何かを差し出された。


「「あ」」


 とある洋菓子店の包装紙に目が止まったのは、美緒も同じだったようだ。


「あは……は。被っちゃいましたね。まあでも開けてもらったら!」

「そうだね」と私は中身を確認しようと、受け取った箱の包装紙を丁寧に剥がす。


「こっちのも中は違うものだと思うし、とりあえず開けてみて」

「そうですね」渡した箱の包装紙を美緒はゆっくりと剥がしている。


「「あー……」」


 さすがに中身までもが一致しているとは思わなかった。


「美緒、なんかごめん」

「いえ、先輩。こちらこそすいませんでしたぁ!」


 お互いがっくりとうなだれること数分。


「あのですね。本当は手作りが渡したかったんですけど。美緒、失敗しちゃいまして……」

「私もそうしたかったんだけどね。こっちはそれどころじゃなくて」

「こればっかりは、しょうがないですもんね……」

 彼女は今までにないくらいに落ち込んだ様子で小さく呟いた。


 受験への開放感はもちろんあった。けれど、それ以上に自分のしたい事への欲望は強くなりつつある。彼女の喜びは私の喜びでもあるし、それを分かちあいたい。家族に対してもここまでの気持ちになった事はなかった。

 あんな顔をされて、はいそうですかと終わるのが私は嫌なんだ。

 なにがなんでもこの日を特別なものにしたいと思ってしまった。


「ねえ美緒。せっかくだし、材料買って一緒に作ってみない?」

「え、でも……?」

 美緒は目を大きくぱちくりとさせている。

「これは1年に1回しかない事なんだよ。ね、やろうよ?」

 思い切って彼女の両手を握る。けれど「今からですか?」と戸惑っているように見えた。

 私は追い討ちをかけるように、

「ダメ……?」

 顔を近づけてもう1度聞いた。


「うわぁーい、亜紀あきちゃん先輩いぃっ! そこまで言われたら、断る理由なんてありませんよおっ!」

「こらー、抱きつくなよー」

「だめです。いやでーす!」

 美緒は頬を染めてにっこりと微笑んだ。


***


 近くの製菓材料店はシーズンが終わったせいか人はまばらだった。

 いつもする服やアクセサリーの買い物と同じように、わいわいと品物を選ぶと会計を済ませ店を後にする。


「あの、先輩。キスをする時にちょうどいい身長差って、どのくらいだと思います?」

 帰り道を並んで歩いていると、彼女はふと立ち止まって質問を投げかけてきた。


「10センチとか15センチとか? 何かで見たような気がするんだけど覚えてないや」

「そうです、確か15センチくらいが理想なのだそうです。なので……」

「なので?」

 うつむきがちな彼女の表情を覗こうとかがんだ。


「こっちの身長が伸びれば、多分ちょうどよくなりますね! 美緒頑張りますから、先輩はそれ以上大きくならないでくださいね!」


 そう言って顔をあげ精一杯の背伸びをしながら、足をぷるぷると震わせている。

 私は思わず美緒の頭を撫でた。


「そっか。じゃあこのままで待ってようかな」



 帰宅するとすぐに2人で作業に取り掛かった。

 料理はできる方だと思っているのだけれど、お菓子となると話は別でまずはレシピを検索する。1つ1つの工程を確認しながら進めていく事にした。


「美緒、それ刻み終えたらこっちに渡して」

「湯せん大変じゃないですかこれ……?」

「温度調節がうまくいかなかったかも。1度やり直すよ」

「はい、次こそはいけますよ!」


 決してスムーズにはいかなかったけれど、

 こうしてお揃いのハートのチョコレートができあがった。


「思ったより苦かったかもね……。分量どこかで間違えたかな?」

「あ、じゃあこのカフェオレと合わせてみたらどうでしょう?」

「だったらバランス取れてるかも」


「でも美緒は一緒に作って食べれただけで、もう十分なくらいに幸せですよ」

 目の前の彼女が笑う。

 それは苦くて甘い味がする。けれど嫌いになれない事だけは確かだ。



「まあまた来月もあるしね。その時も一緒に作ろ?」

「3月……。あ、はい、楽しみにしてます!」


 一瞬曇ったように見えた帰り際の表情。

 その後すぐに元に戻ったものの、やっぱり気になると言えば気になった。

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