第10話 寂しくなんてありません
少しくらいなら大丈夫。私の中の
変わりに白いマフラーをきゅっと巻く。深呼吸を1つして、少しだけ落ち着いた脳内は冷静さを取り戻しつつあった。
「
ノックの後、母親の声がドア越しに聞こえてきた。
「うん、そうする」
トレーに乗せたクッキーとコーヒーを受け取る。
甘味と苦味で脳を刺激しつつ再開。最後のページまで終わったら少しだけ休む。確かに根を詰めすぎても効率が悪い。そうだ、これはわずかな気分転換だと自分に言い聞かせる。
夜11時過ぎ。
スマホとともにベッドへ飛び込んで、ごろんと仰向けになるとビデオ通話アプリをタップする。呼び出し中、すぐには相手は出ない。それでも待っているこの時間がいつもドキドキもするしワクワクもする。
『すいません、お待たせしました!』
『
画面の中の彼女は相変わらず元気そうで何よりだ。
『もうじき共通テストですよね。先輩、調子はいかがですか?』
『まあ、うん。順調と言えば順調かな……』
『それにしては何だか元気がないような。もしかして嫌な事でもありましたか? それとも……美緒と会えないから寂しいとかですか!?』
ニヤニヤと見透かされているような気がする。
『だったら悪い……?』
ああ、こういう言い方になるのをやめたいな。
『先輩もですか、よかった! 美緒もですよ! なんだか調子が出なくてご飯も2杯までしか食べられなくって』
『いや、いつも通りじゃんそれ』
画面を通してだけどやっぱり、声を聞いていると心が落ち着く気がする。
『でもあと少しの辛抱ですよ先輩。亜紀姫は、美緒が必ず救い出しますから待っててくださいね』
美緒はパチリとウインクをする。
『ねえ、なんでいつも私を姫にしたがるの?』
『あー。先輩は学校でなんて呼ばれてるか知ってますか?』
『知らないけどデカ女とかでしょ』
『それ、ただの悪口じゃないですか。正解は《王子様》です』
『ちょっと何言ってるのかわかんない』
『んー、美緒にはわかりますよ? だって、キリッとした端正な顔立ちに短めの髪、スラッとした手足のしなやかな所作。ちょっと素っ気ないところもいいですね。これ、王子以外の何者でもないです!』
言うとかなり興奮気味に顔を近づけて、鼻息がふんふんと聞こえる。
『発情期か。て言うか私はむしろ避けられてると思うんだけど……』
『なんて言うんですかね。クラスで聞いた話だと、自分には釣り合わないのはわかってるから、ただ遠くから見ていたいみたいな感じでしたよ』
私のあずかり知らないところで、イメージだけが先行してどうやら大変な事になっている。けれどこれ以上考えても仕方がなさそうだと溜息をついた。
『まあなんでもいいや。で、美緒の中ではどうして私は姫なの?』
『えー、それ聞きます? あ、えっと……ちょっと水飲んできます』
彼女は急にしおらしくもじもじとすると画面から消えた。
『先輩、まだ聞きたいですか?』
部屋に戻ってきた彼女は遠い位置に立っている。
『聞きたい』
2歩ほどの距離を詰めてくる。
『本当に?』
『本当に』
美緒が近くなってくる。
『どうしてもです?』
『どうしても』
もう間近にいる。
『美緒は先輩の事、本当は可愛い人だって知ってるから……。と、あとは他の子がするような呼び方と被るのは嫌だなと思いまして』
かあっと顔に熱が帯びるのがわかった。
『先輩、どうして顔逸らしちゃうんですか!? 美緒はすっごく頑張って言ったんですよ!』
『もう寝るから切る。あと、えっと、た……助けに来るの待ってる』
『! はい、おやすみなさい!』
通話を終えた私は、嬉しさと気恥ずかしさで布団の中でのごろごろを繰り返す。気付けばいつの間にか眠りに落ちていた。
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