とろけるような眼球

相沢 たける

とろけるような眼球

 コンタクトがゴロゴロするという経験をしたのは今日が初めてではなかったものの、まさかこんなにもゴロゴロする日がる来るなんて思いもしなかった。


 いいや、思いはしたさ。このコンタクトは薬局で買ったわけではなく、コンビニで買ったわけでもない。通販サイトで購入したのだ。それも並の通販サイトではなく、まぁいわば検索条件になかなかヒットしないあぶないサイトなのだが、ここで購入してしまったコンタクトは、なんと視力が十二倍にも膨れ上がるという代物だった。私が騙されたのもむりはないとは思わないか。え、思わない? そこは思ってほしいものだ。なにせ私は他人に共感されないと、やがて小屋の中で発狂して失禁してあらゆるものを壊したあげくに急に歌い出してしまう生き物なのだから。なよなよしい? そうさ、私はマヨネーズみたいな人間さ。人間、というよりヒト科の動物と言った方が正しいかもな。


 で、コンタクトをしてみたわけ。こいつは白色のコンタクトだ。つけたら白濁色の黒目になるやつな。そして次の日朝目覚めて目やにとろうとしたらビックリ、眼球溶けてなくなってやがんの。私がつけたのは右目だけだった。私はすぐに手鏡を手にして、右目に広がる眼窩を見て、あぁ、こりゃえらいことになったもんだなぁ、と感心してしまった。いや、あらゆる出来事ってのは焦って解決できるもんじゃないからな、私はとりあえず腕組みしてこの状況を解決できる方策を考えたんだけど、やっぱりこれはマズいなって気がした。私が考えている途中に右目があった場所から血が流れ始めたんだよ。病院に行かなきゃならん。私は手術されるのは大嫌いだったんだけど、行かないとマズいよとお兄ちゃんが言うので、テレビを消して家の鍵を閉め、自転車に乗って眼科に行った。眼科医は言った。


「これは溶けている」


 やはり溶けていたらしい。一瞬にして異世界へと消えたのかとも考えられたが、私の眼球にそんなに価値があるとは思えない。切り刻んだって宝石は出てこないし、千里眼でもない。ただのコンタクトをしただけの目だ。あのレンズのせいだ。死ね。レンズ死ね。クソ野郎がぁーーー。私は半分笑い、半分泣くという様相だった。これは解決策が浮かばない。しかし私ではなく先生は解決策を知っているかもしれなかった。


 どうしたらいいですかね。


「うーん、どうしたらいいんでしょうかね? というかふだんから眼力を鍛えてないからこういうことになるんですよ。毎日力強くまばたきを左右五百回ずつやらないからこういうことになるんです。自業自得だバーカ」

「なるほど、そうですか。それもそうですね。私の努力不足でした……」


 私が眼球を大切にしないせいでこんなことになったのだ。ちょっといきってカラコンなんかつけるからこういうことになってしまったのだと、私は反省せずにはいられない。しかし思うのだが、カラコンをつけたのが悪いのであって、私の努力不足はあまり関係がなくないか。まぁ先生が言うことに間違いはあるはずがない。私のせいでもあり、努力不足でもある。そういうことで手を打とう。


 目ん玉、どうか返して下さらないだろうか、神さま。私が闇を極めたようなサイトで白色のコンタクトを買ったのが悪かった。責められたっていい。水中に沈められたって文句は言えない所業をしたのだ、私は。こんな人間生きている価値がない。死のう。クソ、人生狂ってしまった。しかしいけないことをしたのは私だし、愚かなのは私だし、読者の方々の百人中百人が私を悪いと言うことだろう。死のう。


 ぶつくさ言いながら、私は帰り際にうどん屋に行った。私は湯気に包まれながら、先ほどは思考が暴走しかけていたことに深々と反省した。いや、病院を出たのは三分前くらいだから、先ほどとは言えないかもしれないが、そんなことはどうだっていいじゃないか! 責めないでくれよ。


「ヘイお待ち」


 私はまたもぶつくさ言いながら割り箸をワリーニョ、七味をイレーニョしてから、うどんを見て残った左目を飛び出させかけた。


 うどんの上に、私の目玉が乗ってるじゃないか。


 私はそいつを取り出し、汁気を吹いて、本来あった場所に戻してみた。


 嵌まったじゃないか!


 誰だ溶けたとか言った奴は!

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