フルコース
秋待諷月
フルコース
例えるならば、そう、フルコースだよ。
と、言っても、三ツ星レストランで純白のテーブルクロスの上に並ぶようなものじゃない。
出てくる料理は順不同だし、前菜から最後のコーヒーに至るまで非の打ちどころが無い、なんてわけでもない。まして高級であるはずもない。
どちらかと言えば、そうだな、君が作る食事に似ているかもしれないな。どういう意味かって? 済まない、済まない。そう怒らないでくれよ。
永い、気の遠くなるような永い時間をかけて、ずっと食卓に向き合っているんだね。飽きること無く、いや、飽きることもあったかな。それでも延々と咀嚼を繰り返し、次々運ばれてくる料理をひたすら味わい続けるんだ。
最初は酷い食わず嫌いだった。初めて目にした得体の知れないものは、防衛本能なのかな、全力で拒絶したよ。けれどそのうち興味に負けて、あるいは無理強いされて、恐る恐る口にする。
その中で、自分が好きな味と嫌いな味を知る。好きな味ばかりで腹を満たそうとした時期もあった。やがて嫌いな味もある程度は我慢出来るようになったけど、どうしても食べられないと、泣いて喚いて人に食べて貰ったりしたものだ。食事が始まったばかりの頃は、それが許されたからね。
いつしか、好き嫌いだけじゃ説明出来ない、不味い、という味の存在に気が付いた。個人の我儘ではなく、誰であっても食べたくない料理もあるのだと。
そしてやはり気付いたんだ。どれだけ不味くたって、残さず食べなければ次の料理を出して貰えない皿もあるのだと。
それが分かっていながら、こっそり料理を残す技も体得した。誰かの皿に移してしまう姑息な術も使った。そんなことをしているとね、僕は不味い料理を食べずに済んだはずなのに、嫌な後味がいつまででも口に残っていることにも気付かされるんだ。
それからは色んな料理、色んな味との出会いと戦いの連続だよ。
火を吹くくらい辛い料理も食べた。火傷した舌のひりひりした痛みに辟易して、二度と食べるものかと固く誓った。ところがいつの間にか、多少の辛さくらい平気になっていて、それどころか、刺激が無いと物足りなくなった。滑稽に思えるけれど、そんなものなんだよ。
ほろ苦い味に顔をしかめもした。次第に大人ぶって、平静を装って黙々と口に運べるようになっても、心の中では涙を堪えて毒づいていたものさ。
不得手な味ばかりが続いて、匙を投げ出したくなる時もあった。でもふと思うのさ。コースは終わっていない。この後、まだまだ美味しい料理が出てくるんじゃないか、って。今ここで席を立ったら、もう味わうことは出来ないんだ、って。
そう考えたら、全てが勿体なくてね。匙を握り直して、目の前の不味い料理を自棄のように掻き込んだよ。
するとね、ちゃんと出てくるんだ。まるでご褒美みたいに、素敵な味の料理がね。
そう。不味い味と同じくらい、美味しい味も勿論あった。とろけるような甘い味もあったよ。あまりの甘さに胸やけしてしまうことすら。
そうそう、その前には甘酸っぱい味も覚えたね。君も一緒に食べたはずじゃないか。もう忘れてしまったかな?
本当にたくさんの味に出会った。
代り映えのしない味を延々食べさせられることもあって、それは退屈で辛抱堪らないことだと思っていたけれど、いつしか、その味が一番美味しく感じるようになった。君と一緒に食べるその味が何より大切だと、今なら言い切れるよ。
ああ。もう満腹だ。数えきれないほどの味を平らげた。フルコースのような人生だった。僕は、とても満足だ。
一緒に味わってくれて、どうもありがとう。
ごちそうさま。
Fin.
フルコース 秋待諷月 @akimachi_f
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます