Mermaid in mixed blue


 その日、私は鳥魔族ハルピュイアの男から指示された場所に辿り着いた。

 エインカイルの海からずっと東に行った、少し寒いけれど穏やかな流れの海域。


 鳥魔族の男──‬ゲイルには数分前に会って「あとはキミと彼等に全て任せる」と言われ陸から離れるよう更に指示を受けた。


「あの街程じゃないけれど、綺麗な海ね」


 そう言って自分を励ますけれど、暖かな海で育った私には少し寒い。


『アア、貴女デスネ! ゲイル様ガ仰ッテイタ綺麗ナ三日月の海精女族クレセント・マーメイドトハ!』

「──‬海魔族ビリッシュ!」


 魚の顔をした、全身鱗だらけで二足歩行の魔族。

 あまりにも気さくに声をかけられたので、少し反応が遅れてしまう。


(そう……。そうよね。私は彼を石にしたんだもの。相応の罰があって然るべきだわ)


 騙されたと思ったけれど、先に害を与えたのは私。これはきっと仕方のない事なのだわ。


「おいサルム、先に行き過ぎるなと……と、もういらしたのですね。私達の海域へようこそ。私は海精男族マーマンのオーバル」

「え、どうして海魔族と海精男族が一緒に?」


 私はきっと、ぽかんと口も目も開いてしまっている。

 だって、背びれと水掻き以外は人間と大差のない容姿をした海精男族が、敵なはずの海魔族と軽口を叩いているんだもの。


「はっは、驚くのも無理はありませんね。私達も最近まで海域を制するべく歪み合っていたものですから」

『ソノ争イニ人間ノ商船ヲ巻キ込ンデシマイマシテ。デスガソノ船ニハ、拐ワレタ海精女族マーメイドガイタノデス』

「え、もしかして、それって……」


 昂る鼓動と、早まる尾ひれの動き。

 まさか、また会えるの?

 もう二度と会えないと思っていたのに。


「そんな傷ついた彼女達を見ていると、わざわざ諍いを起こして傷つく自分達が馬鹿らしくなったのです。そこに魔王が現れて、皆で仲良く過ごす様叱られたのですよ。お恥ずかしい話です」

「そう……そうなのね。あの人は、本当に共存を目指しているのね」


 優しくて、強くて、どこかぶっ飛んだ発想を持つ魔王。

 彼女の言った野望も、世迷言ではないのかも知れない。


 そう考えていると、海の彼方から声が聞こえてきた。


「本当にいるわ。三日月の人魚!」

「無事だったのね、アスル!」


 涙が溢れ、海になる。


「ありがとう、良い場所ね」


 魔族がくれた、新しい私の居場所。


「お気に召しましたか?」

「ええ。イケメンもいるし」

『ハハ、コレデモ海魔族デハ美男デ通ッテイマスガ、面ト向カッテ言ワレルト照レマスネ!!』


 イケメンな海魔族の彼を尻目に、私は会いたかった人達や初めて会う子達に手を振りながら、私は込み上げてくる笑みを堪えず顔に出す。




「何より──‬──‬トモダチがいるわ」




***



 ある港町に、こんな噂話がある。


 南東の海域を渡っていると、それはそれは美しい女声が聞こえてくるそうだ。


 ある時は単独の、またある時は複数の笑う様な声に惹かれて船を寄せると、人影に出会える事がある。


 その人影に向かって手を振ると、人影は魚の様な脚で水を跳ねさせ、優雅に歌い出すという。


 ひとたび聞けば魅了される事請け合いな歌声に惚れた船乗り達は、口を揃えてこう言う。




『あの歌声は美し過ぎる。まるで石にでもなったみたいに、聞き惚れちまったよ』

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マ魔王様はお忙しい! 依静月恭介 @aslapis

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