脚本バージョン
登場人物
月野絵奈(17)(21) 女子高生
七瀬柚子(17)(20) 絵奈の同級生
司会者
①ホテル・表彰式会場
中央に絵奈の姿、客席を向いている。
マイクを持った司会者、絵奈に近寄る。
司会者「それでは、大賞を受賞しました柚野奈々先生にお話を伺いましょう」
絵奈 「えっと……この物語は、私のものではありません」
司会者「?」
絵奈 「あっ、えぇっと、そうじゃなくて……このお話を語る前に、皆さんに聞いてほしい話があります。これは……」
舞台袖に柚子の姿。
柚子 「これは私たち二人の物語」
絵奈 「夢を追いかける、青春舞台」
柚子 「このお話がいつか」
絵奈 「未来を生きるあなたの背中を押す、風になりますように」
②学校・廊下(夏)
教科書を拾い集めている柚子。
絵奈、柚子の後ろでスマホを見ている。
絵奈 「七瀬さんって小説書いてるの?」
柚子 「え? あっ、それ私の……どうして月野さんが……」
柚子、絵奈からスマホを奪いとる。
絵奈 「ぶつかった時に飛んできたから」
柚子 「だからって勝手に……待って、パスワードは?」
絵奈 「1が六つって簡単すぎじゃない? パスワード変えたら?」
柚子 「普通の人は勝手に開かないから! ……中見た?」
絵奈 「ちょっとだけ。あのサイトなんだっけ? 素人がネットで自分の小説を公開できる……」
柚子、絵奈の口を押さえる。
柚子 「誰にも言わないで。親にバレたら怒られるし、一人でこっこり投稿してるの」
絵奈 「あぁ、確かにね。大学受験だしね、今年。でもじゃあ、私が最初の読者?」
柚子 「え?」
絵奈 「誰も知らないなら、私が最初の読者っことじゃない?」
柚子 「いや、アクセスついてるから読んでくれてる人はいると思うけど……読者になってくれる? 昨日新しいの公開したけど、評判よくなくて。読んで欲しいな、なんて」
絵奈 「いいよ。今日の放課後どう?」
柚子 「え?」
絵奈 「あ、今日塾だった。七時過ぎに終わるから、七時半に学校前の公園集合ね」
柚子 「え? え?」
絵奈 「それと私、ネットで小説読むの好きじゃないから。印刷して持ってきて。じゃあまた夜に」
絵奈、去る。
柚子 「読んでもらえる、私の小説を……印刷、印刷しなきゃ!」
柚子、絵奈と反対の方向へ走り去る。
③公園(夏・夜)
夜、ベンチに絵奈と柚子が座っている。
絵奈、プリントに印刷された短編小説を読んでいる。(3?5枚くらい)
柚子 「よ、読んだ?」
絵奈 「んー、ちょっと待って」
柚子 「ていうかネットでも読めるから。わざわざ印刷しなくても……」
絵奈 「だから、本は紙で読むものだと思ってるから、私は」
柚子 「ほ、本って……私はまだ素人だしそんな……」
絵奈 「ごめん、静かにしてもらっていい?」
柚子 「ごめんなさいっ! ……よ、読んだ?」
絵奈、無視。少し間を置く。
絵奈 「読んだ! 面白いじゃん! 特に最後、王子様とお姫様が同一人物だったって種明かし。全然気付かなくて、最初から読み直しちゃった」
柚子 「あ、ページ戻ってたね……」
絵奈 「でも、最初らへんはつまらないよね」
柚子 「え?」
絵奈 「何の話かわからないんだよね、序盤。キャラもいまいち、王子様かっこよくないし。それがラストの衝撃展開に繋がる伏線なのは凄いけど、最後まで読まないと魅力が伝わらない」
柚子 「物語ってそういうものでしょ? 最後まで読んで、面白さがわかる」
絵奈 「どーかなぁ? 面白くないと見ないんじゃない? ドラマだってそうでしょ?」
柚子 「ま、漫才とか……」
絵奈 「漫才? あれば身振り手振りあるし、面白いオチがくるのわかってるじゃん。柚子の小説は悪い意味で先が見えないんだよね」
柚子 「書いた事ないくせに」
絵奈 「え? なに?」
柚子 「ううん、なんでもない。次の作品は月野さんのアドバイスに従ってみるね」
絵奈 「あっ、また月野さんって……下の名前で呼んでいいって言ったでしょ?」
柚子 「だって恥ずかしくて」
絵奈 「絵奈って呼んでくれないなら、明日から柚子のことゆずゆずって呼ぶからね、学校で」
柚子 「ゆずゆずって私のペンネーム……え?ど、どうして知ってるの?」
絵奈 「タイトルのすぐ下に書いてある。作者、ゆずゆずって」
柚子 「あ、それ、そのまま印刷したから……」
絵奈 「悪くはないと思うんだけどさぁ、名前そのままだし、もっとひねったら?」
柚子 「ひねる?」
絵奈 「そう、インパクトのあるペンネーム……いや、違うな。もっとさ、世間に通用するようなカッコいい名前。苗字とかちゃんとつけてさ」
柚子 「……柚野奈々ってのは、どう?」
絵奈 「ゆずのなな?」
柚子 「私の柚に月野さんの野。奈々は絵奈の奈を二つ繋げて奈々」
絵奈 「柚野奈々(空中に文字を書く)かっこいいじゃん、小説家って感じ! ……え、待って、なんで私の名前入れたの?」
柚子 「読者一号だから、嬉しくて……め、迷惑かな?」
絵奈 「迷惑じゃないけどっ! 柚子はそれでいいの?」
柚子 「私はだって、ずっと一人でやってきたから。こうして初めて読んでくれる人ができて嬉しくて……やっぱり迷惑?」
絵奈 「そんなことない! 私も嬉しい!」
柚子 「よかった。じゃあこの名前で行く。柚野奈々、私と絵奈、二人のペンネーム」
柚子、空中に『柚野奈々』の漢字を書く。
絵奈、柚子の指に自分の指を重ねて合わせる。
絵奈 「がんばってね、柚野先生」
柚子 「なにそれ、先生って……小説、また読んでくれる?」
絵奈 「もちろん、読者第一号だもん! あー、でもいつか有名になって読者増えたらどうしよう。いや、それはそれで嬉しいかな」
柚子 「……一号は変わらないよ」
絵奈 「ん?」
柚子 「どんなにファンが増えても一番は変わらない、絵奈は私の小説の読者第一号だから」
絵奈 「うん……ありがとう」
二人、重ね合わせた指を見て微笑む。
④公園(秋・昼)
絵奈、柚子、ベンチに座ってスマホの画面を覗き込んでいる。
柚子 「昨日なんと! ブックマークが一つつきました!」
絵奈 「ブックマーク? ブクマってやつ?」
柚子 「左様でござる」
絵奈 「なにそれ、時代劇くさっ! これだから小説家は、普通の言葉を普通に言わないんだから」
柚子 「いや、まだ小説家ってわけじゃ……」
絵奈 「それで、今日私を呼び出した理由は?」
柚子、絵奈に小説を手渡す。
柚子 「絵奈に、新作を持ってきました」
絵奈 「苦しうない、おもてをあげよ」
柚子 「ははぁぁっ!(時代劇風な言い方)」
絵奈 「ふふっ、なにこれ。小説、読ませてもらうね」
柚子 「お願いします……紅葉(もみじ)が、赤くて綺麗だね」
絵奈 「こういう時は紅葉(こうよう)が美しいっていうんじゃない? 小説家なら」
柚子 「……私より絵奈のほうが、小説家に向いてるかもね」
絵奈 「ゆーず!」
柚子 「ごめん、静かにしてます!」
小説を読む絵奈。
少し間を置いて。
絵奈 「よーんだ!」
柚子 「ど、どうだった?」
絵奈 「相変わらず序盤が悪いよね。でも最後のオチは最高! あ、でもこれ、ネット用に書いてるよね?」
柚子 「どういうこと?」
絵奈 「柚子って小説家になりたいんだよね? てことはこれを本の形にしなきゃいけないって事で、そしたら大変じゃない?」
柚子 「大変?」
絵奈 「書籍化作業だっけ? 本で読むことを念頭に書き直したりしなきゃいけないでしょ。このままじゃダメじゃない?」
柚子 「ダメ……ダメじゃない!(大声) 昨日ブクマだってついた! 誰かが私の小説を面白いって評価してくれて……」
絵奈 「ゆ、柚子? あ、違うの。ダメっていうのは小説じゃなくて」
柚子 「絵奈にはわからない! 素人のくせに! 何も知らないくせに、口出ししてこないでよ!」
柚子、絵奈から小説を奪って走り去る。
絵奈 「待って柚子! 違うの、私は柚子の小説が好きで頑張ってほしくて……柚子」
絵奈、柚子を追いかけて走り去る。
⑤学校・廊下(冬)
卒業式、華やかな雰囲気の中。
それぞれ反対から歩いてきた絵奈と柚子が中央で顔を合わせる。
絵奈 「卒業おめでとう」
柚子 「そっちこそ、おめでとう」
絵奈 「小説、書いてるの?」
柚子 「受験勉強で、忙しかったから」
絵奈 「嘘。試験直前に新しいのアップしてたじゃん」
柚子 「……ネットで見てるじゃない。どうして今まで、わざわざ私が印刷して」
絵奈 「柚子の小説は紙で、本みたいな形で読みたかったの。これからはネットでも」
柚子 「これからなんてないよ、サイトももう見ないで。私の知らないところでこっそり見てるなんて嫌」
絵奈 「そんな……」
柚子 「バイバイ、絵奈」
柚子、絵奈の横を通って舞台からはける。
絵奈、正面を向く。
絵奈「それ以降、柚子とは会わなかった。サイトを見る事もやめて一年半が過ぎ、私たちは二十歳になった」
⑥絵奈の部屋(二十歳の秋)
絵奈、電話をしている。
絵奈 「同窓会? 三年の時のクラスのみんなで? 私は大丈夫だけど……他の人に連絡? 私が? ちょっと待ってよ、どうして私が」
電話切れて絵奈、スマホの画面を下にして置く。
絵奈 「他の人にも連絡しておいてって……柚子にも連絡すべきだよね。もう一年半も会ってないけど」
スマホのバイブ音、画面を見ずにそれを耳に当てる絵奈。
一拍置いて喋り出す。
絵奈 「柚子? 久しぶり……元気してた? ……私は、まぁ……そうだ、柚子に伝えなきゃいけない事があって……来年私たち、成人式でしょ? その時に……え? なに? 小説? 柚子、まだ小説書いてるんだ? ……あ、うん。生徒会長だった子が企画してるみたいで……」
口パクになり、絵奈、電話を切る。
絵奈 「小説がダメ……と、電話の向こうで柚子がそう言った。諦めたのかな、もったいないな、才能あるのに」
絵奈、客席を向く。
絵奈 「それが勘違いだと気付いたのは、随分経ってからの事。最初の電話から二ヶ月後、再び、柚子から連絡があった」
柚子の声『もしもし、絵奈? 久しぶり、前に電話してから二ヶ月だね……今、時間ある? ちょっとだけ会いたい』
⑦公園(二十歳の冬)
柚子が座るベンチに、歩いてきた絵奈が腰掛ける。
絵奈 「久しぶり」
柚子 「うん、久しぶり」
絵奈 「顔合わせるの二年近くぶり。同窓会、どうする?」
柚子 「欠席かな。成人式もたぶん、行けない」
絵奈 「そっか……」
柚子 「絵奈、私、小説家として生きる道諦めたの」
絵奈 「……うん」
柚子 「高校の時、絵奈は私の小説を読んでくれたよね。褒めてくれたのに、怒ってごめん」
絵奈 「それは……何も知らないのに、偉そうに口出ししてごめん」
柚子 「ううん、合ってるよ。絵奈の言葉が正解だったって、今になって気がついた。きっと私より、絵奈のほうが小説家に向いてる」
絵奈 「そんなことない! 私は小説なんて書いたことないし、柚子みたいな才能は」
柚子 「だったら書いてみてよ?」
絵奈 「え?」
柚子 「一行でも一ページでもいい、書いてみて。私より上手く書ける。絵奈は、小説家として生きていける……なーんちゃって、例えばの話し!」
絵奈 「……え?」
柚子 「絵奈のほうが小説家に向いてるとか、例えばの話し!」
絵奈 「あ、そっか……」
柚子 「書いてみよう、とか思った?」
絵奈 「いや……うん、ちょっと、もしかして書けるかも? とか、思った」
柚子 「……私が夢を諦める話は本当」
絵奈 「やっぱり、そうなんだ」
柚子 「苦しかった、ずっと。頑張っても誰にも誉めてもらえなくて、つまらなくて。そうしたら次は作品を完成させる事が、やり遂げる事が怖くなった。ちゃんと出来ない私が悪い、認めてもらえない私が悪いって自分を追い込んで追い詰められて。逃げ道もわからなくて一人、苦しかった」
絵奈 「柚子……」
柚子 「だから今日は、絵奈にお別れを言いにきたの」
絵奈 「お別れ?」
柚子 「夢を追いかける私は今日で終わり。柚野奈々という小説家は今日死ぬの、小説家を目指す私とはこれでお別れ」
絵奈 「過去の自分と、訣別するってこと?」
柚子 「サヨナラをしてくれる? 絵奈」
柚子、絵奈に手を伸ばす。
絵奈、その手をおそるおそる握り返す。
絵奈 「また会えるよね?」
柚子 「その答えは、絵奈の心の中に」
絵奈 「なにそれ。もー、ほんと、小説家ってやつは」
柚子 「終わりだよ、絵奈。小説家の私は今日でお終い」
絵奈 「そうだったね。バイバ……柚子にバイバイするのは変かな? 柚野先生?」
柚子 「柚子でいいよ。バイバイ、絵奈」
絵奈 「うん……バイバイ、柚子」
柚子のほうから手を離し、踵を返して歩き出す。
絵奈 「え? 帰るの?」
柚子 「お別れしにきただけだから」
絵奈 「また……また連絡するね! またね、柚子!」
柚子 「……バイバイ、絵奈」
柚子、振り向かずに退場。
絵奈 「それが、私が見た柚子の最後の姿、本物のゆずと交わした最後の言葉だった」
絵奈、客席に向く。
絵奈 「どこで会った? どんな話をした? どうやって別れた? と、たくさんの大人が私に詰め寄ったのは翌日のこと。人通りの少ない路地裏で倒れているところを発見されて、その時にはもう息をしていなかったらしい。そういえば柚子、成人式には行けないと言っていた……行"か"ないじゃなくて、行"け"ない、だって。日常生活にまで変な言い換えしないでよ。全くもう、小説家ってやつは」
⑧絵奈の部屋(二十歳の春)
絵奈、椅子に座ったまま居眠りしている。
舞台袖に柚子。
柚子 「バイバイ、絵奈。小説家としての私はもう、死んだの」
絵奈 「待って、柚子!」
絵奈が起きると同時に柚子、いなくなる。
絵奈の頭についていた桜の花びらが、床に落ちる。
絵奈 「そうか、柚子が死んでからもう、三ヶ月以上経ったんだ。柚子の夢見たの、久しぶりだな」
絵奈、椅子に座り直してパソコンを起動させる。
絵奈 「柚子のサイト、まだあるかな……まだ、生きてるかな」
パソコンを操作する絵奈。
絵奈 「あった、柚子が使ってた小説サイト……ログイン? いやいや勝手に……私が柚子と仲良くなったきっかけって、柚子のスマホのロックを解除して、勝手に中身見た事だっけ……1が六つ?」
キーボードを叩く絵奈。
ピコンというエラー音。
絵奈 「そうだよね。メールアドレスだって高校の時使ってたものとは限らないし……高校の時に使ってた、ペンネーム? それに1が六つ……えっ、入れた! バカじゃん、柚子。パスワードは分かりにくいようにしろってあれほど」
絵奈、言葉を止めて画面を見つめる。
絵奈 「面白い……下書きみたいなのもあるけど、全部面白い……やっぱり面白いよ、柚子」
絵奈、涙を拭いながらパソコンの画面を見つめる。
絵奈 「それから私は、柚子の小説を読み漁った。相変わらず序盤がつまらなくて終盤で一気に伏線回収、名作となる。だけどネットでの評価はいまいちどころか皆無だった、みんな序盤で読むのをやめてる。面白いと、ファンだと言う人は一人もいない」
舞台袖に柚子の姿。
柚子 「孤独な夜だった。誰かに認めてもらいたくて、だけどその誰かがわからなくて。ふと私は、思い浮かんだ人物に電話をかけた」
スマホを耳に当てる柚子、絵奈。
絵奈 「久しぶり、元気してた?」
柚子 「……絵奈は?」
絵奈 「私は、まぁ」
柚子 「そっか、あの」
絵奈 「そうだ、柚子に伝えなきゃいけない事があって」
柚子 「なに?」
絵奈 「来年私たち、成人式でしょ? その時に」
柚子 「あのね絵奈! 小説の……」
絵奈 「え? なに?」
柚子 「私の小説、やっぱり……ダ、め……いや、えっと」
絵奈 「小説? 柚子、まだ小説書いてるんだ?」
柚子 「……ううん。それより、同窓会?」
絵奈 「あ、うん。生徒会長だった子が企画してるみたいで……」
柚子、客席を向く。
柚子 「孤独だった。私は一人だ。あぁ、それなら……私はもう、柚野奈々という人間は、要らないよね?」
絵奈 「嫌だ、死なないで……どうして……こんなに凄い物語が作れるのにどうして柚子は……あれ、何これ?」
柚子 「それは私のサイトに届いていた、一通のメールから始まった」
絵奈 「なにこれ……書籍化の打診?」
柚子 「メールの内容は、柚野奈々の小説を一冊の本にしませんかというもの」
絵奈 「そんなの無理。だって柚子はもう死んでるし……でも」
柚子 「ここで断れば」
絵奈 「柚子の小説は一生、日の目を見ないかもしれない」
柚子 「その作品は」
絵奈 「彼女の才能は……埋もれていいものじゃない」
⑨ホテル・表彰式
絵奈、客席を向いて立っている。
絵奈の横に、マイクを持った司会者。
司会者「なるほど。ご友人の代理として出版社に連絡したのですね」
絵奈 「はい、それで、口コミで広がって」
司会者「ミリオンセラーになったのですね」
絵奈 「だからこれは、この物語の作者は私ではありません。作家としての生命を絶った友人の代理として今私は、この場所に立っています」
絵奈、司会者にマイクを突き返す。
絵奈「だから、私がこの場所に立つ資格なんて本当はない。ないんだけど」
客席後ろで物音。
客席の後ろに制服姿の柚子が立っている。(舞台袖から登場でもOK)
柚子 「今さらそれ言う?」
柚子、客席を通って舞台に上がる。
絵奈と柚子以外は静止、もしくは照明落として見えないように。
柚子 「私の作品で私の代わりに表彰式に出て、私の代わりにおめでとうって言ってもらえて。小説を書いたのは私なのに」
絵奈 「わか……わかってる」
柚子 「けど、アレンジしたのは絵奈だよね?」
絵奈 「アレンジ?」
柚子 「大変だったよね、本の形に直すの。誤字脱字も多かったでしょ?」
絵奈 「日本語も、単語の意味も間違ってるところ多くて、大変だった」
柚子 「あとラストシーン、あれを追加して書いたのも絵奈だよね?」
絵奈 「あれは担当の人が、感動的な場面があったほうがいいって」
柚子 「その意見を踏まえて考えた、新しい物語を作り出したのは絵奈だよ」
絵奈 「私はただ、柚子の物語に色をつけただけで」
柚子 「それも才能だよ。普通の人にはできない、絵奈が持ってる、特別な才能。いいよ、言っちゃえ言っちゃえ! 私、小説家になりますって」
絵奈 「なに……なに言ってるの?」
柚子 「ここで宣言していいよ。私がこの物語の続きを書きます、この作品を超える素晴らしい小説を書きます。だから皆さん、応援してくださいって」
絵奈 「そんなこと言えない! だってこの物語を書いたのは柚子だよ、柚子の才能があったから」
柚子 「夏の夜、公園のベンチで、私の小説を読んでくれたの嬉しかった」
星空の照明とか、背景とか。
柚子 「だけど序盤の拙さを指摘されて、正直、腹たったなぁ。喧嘩別れしたのは、紅葉(もみじ)色づく秋だったね」
照明変化、紅葉もしくは赤色。
柚子 「ブクマ一つで一緒に喜んでくれた。ネット向けの文章だから書籍化したら大変だよって絵奈の言葉を私は、わかっていなかった」
絵奈 「……大変だったよ、たくさん直した」
柚子 「すごいよ、絵奈は。才能ってこういう事なんだろうなって、今ならわかる。絵奈は、小説家として生きていける」
絵奈 「そんな事ない。私なんて、柚子に比べたら」
柚子 「絵奈、私はもう死んでるんだよ?」
絵奈 「知ってる……え、じゃあ今、私と会話してる柚子は」
柚子 「幽霊なんて言わないでよ?」
絵奈 「まさか、私の妄想? 私が作り出した世界?」
柚子 「正解。私は絵奈が作り出した、絵奈の物語を彩るキャラクターの一人」
絵奈 「でもだって、こんなにリアルに」
柚子 「すごいよね、絵奈は。こんなにリアルなキャラクターを、リアルな動きで作り出してる。ほら見て、観客の皆さんも驚いてる。あの子は本物? 今観てるこれは夢、それとも現実? って、観てる人を夢現にするくらいの物語を絵奈は作り出してる。小説家になっていいよ、絵奈」
絵奈 「……え?」
柚子 「宣言しなよ、今ここで。小説を書くので読んでくださいって。いい機会だよ、みんな見てる。ここで宣伝するのが一番効果的」
絵奈 「そんなの……だってこの舞台があるのは柚子がいたから、柚子の才能があったからで」
柚子 「柚野奈々のペンネームには、私と絵奈の二人が入ってるって言ったでしょ? 受け継いで、絵奈。小説家として生きる事をやめた私の代わりに、小説家として生きて」
絵奈 「……これは私の妄想?」
柚子 「都合いいよねー、ほんと! 私にこんな事言わせるなんてさ!」
絵奈 「ふふっ」
柚子 「でも、柚子ならそう言ってくれるって思ってるんでしょ? いつも私のことを見てくれて、小説家としての私を一番知ってるのは絵奈だった。だからキャラクターとしての私が生まれた。リアルな言葉を絵奈に伝えれる。いいよ、絵奈、あなたには才能がある。今、追い風が吹いてる。だから生きて、夢を追いかけて」
舞台、元に戻る。
柚子が舞台にいるが司会者は気付かず、絵奈にマイクを向ける。
司会者「はい、えっと……で、では柚野先生、ありがとうございま」
絵奈 「死なないで」
絵奈、司会者からマイクを奪い、正面を向く。
絵奈 「私の友人は、一人で小説を書いて一人で公開して一人で頑張って、誰にも認めてもらえず、一人で死んでいきました。だけど彼女には才能があった。たくさんの人が無視した彼女の作品がこうして脚光を浴びて、有名な先生方から賞賛を得て賞まで頂けた。彼女は言いました、私が悪いと。何も出来ない、人に認めてもらうだけの才能がなかった私が悪いと。だけど現状をみて、今ならはっきり言えます。彼女は悪くない」
絵奈、柚子に視線を送るがすぐに客席に向き直る。
絵奈「もしも今、彼女と同じように苦しんでいる人がいたら、才能がない何もできない役に立たないと悩んでいる人がいるのなら、私は言いたい、あなたは悪くない。つらいなら、自分を追い込んで死ぬくらいなら世間が悪いと思えばいい。才能なんてものに悩まされないで、十人が駄作と言っても、違う価値観を持った千人が傑作と褒め称えるかもしれない。名前も知らない誰かが絶対にあなたを必要とする、あなたの才能を待っている人がいる。報われない努力もあるけどきっと、無駄にはならない。いつか先の人生で、生き抜いた先の未来できっと、何かの役に立つ。頑張れば頑張った分だけ、例えそれが望んだ道ではなかったとしても、幸せな結末は待っている。だから諦めないで、あなたの才能を殺さないで。生きて夢を……風を追いかけてください」
正面を向く絵奈、少し間を置いて、
絵奈 「だから私は、小説家になります!」
司会者「……え?」
絵奈 「友人の代わりに私が小説家になってこの作品の続きと、新しい物語を作ります。皆さん、今後もよろしくお願いします!」
絵奈、客席に向かって頭を下げる。
拍手が起こる(舞台上の人が拍手でもいいし、客席や後方に拍手要員仕込んでも)
顔を上げる絵奈に柚子が手を差し出す。
絵奈 「柚子、王子様みたい」
柚子 「じゃあ絵奈は、お姫様?」
絵奈 「私たちは二人で一つ」
柚子 「一緒だよ、ずっと。これまでもこれからも」
絵奈、マイクを司会者に押しつけて柚子の手を取り、二人揃って退場。
⑩公園
ベンチ、二人で一つのスマホの動画を見ている。
動画は、前シーン(表彰式のラスト)を撮影したもの。
絵奈 「緊張したぁ、表彰式!」
柚子 「最初のほうすごい震えてない? 司会者さん困ってたよ」
絵奈 「緊張してたの! それより、この動画、私太くない? テレビって太く見えるって言うよね? 本物はもっと細いよね?」
柚子 「うーん……まぁ」
絵奈 「どっちよ?」
柚子 「それより最後、風を追いかけてくださいってどういう意味?」
絵奈 「あぁ、これね」
絵奈、微笑みながら立ち上がる。
絵奈 「私、小説家だからね」
柚子 「え? なに?」
絵奈 「小説家ってやつはね、普通の言葉を普通に言わないの。柚子が言った台詞をアレンジした」
柚子 「私の台詞? なんてやつ?」
絵奈 「柚子には秘密!」
柚子 「ちょっと、待ってよ絵奈! 教えてよ! (夢を追いかけるってやつ? 風を追いかけるのタイトルってそういうこと?←この台詞なくてOK)」
逃げる絵奈を追いかける柚子。
二人が舞台から消えて、幕。
―終―
風を追いかける 七種夏生 @taderaion
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