第9話
「ここら辺まででいいわ」
駅前まで来たところで健はそう言った。
「そう、じゃあ気をつけてね。今度は僕が健の方に行こうか?」
「それもいいかもな。じゃあまた」
健が軽く手を振ったのに合わせて僕も同じように手を振る。一応、彼が駅に入るまでは見送る。
今日はなんだか久しぶりに、等身大の自分でいられる時間を過ごした気がする。新しく出来た友達もいいけど、やっぱり親友にしか話せないこともある。雨降って地固まるとは言うが、僕たちの場合それが中々の豪雨だったなと思う。
そんなことを考えていると「おーい」という健の声が聞こえて、見ると彼はいつの間にか振り返っていた。
「お前も気をつけろよ、"色々"とな!」
健は僕の後ろに指をさしてそう言うとまた駅の方へ歩いていった。色々と、とは何を言ってるのかよくわからなかったが、彼が指した方を見た瞬間、彼の言いたかったことは大体理解できた。
そこにいたのはティーシャツにギャザースカート、カーディガン羽織った女の子が立っていた。
暗闇で顔は見えないが、その娘が弥生であることはなんとなくわかった。そうだと僕に思わせる雰囲気がその娘にはあった。十秒程、僕は何をするわけでもなく彼女を見ていた。彼女もまた、僕を同じように見ていたが、彼女の方が先に動いた。
彼女はゆっくりと、カツ、カツと足音をたててこちらに来る。
見えなかった彼女の顔が街灯に照らされる。
「こんばんは、司」
そう言う彼女の表情は快活そうな、夜にはあまり似合わない笑顔だった。
「こんばんは、弥生"さん"。僕に何か?」
「特に用があったわけじゃないけど、偶然見かけたから声をかけただけ、だから気にしないで」
そう言い終えると彼女の笑みは忽然と消えた。
「それより、私たち友達でしょ?どうして急にさん付けで呼ぶの?こないだは普通に呼び捨てだったよね?どうして?」
先程まであれだけ笑顔だったのに、今僕をまっすぐに見つめる彼女の目は僕だけが知っている、彼女の執着を簡潔に現すものだった。
「いや、特に理由は無いよ。偶然、そういう気分だっただけだよ」
そう言うと彼女は「…そう…」と僕から一度視線を外し、もう一度こちらを見つめるころには皆が知っているであろう柊 弥生に戻っていた。
理由が無いなんていうのはもちろん嘘。僕は自分の中にある好奇心を抑えるのを我慢できずに、あることを試そうとした。
健も言っていたように今の弥生はおかしい、普通ではないと言えるだろう。彼女の異常性は僕に対する執着としてその姿を見せているわけだ。僕はそれがなんなのか気になった。
一度手放すことになったものに対する、ただ取り戻したいという幼稚にも思える単純な気持ちなのか。あるいは…、というのを知りたいという欲が少しだけ漏れてしまった。そんな理由があるわけだが今の彼女にそれを言う必要はない。
「僕は今から帰るんだけど、弥生も今から帰るところかな。もしそうなら、せっかくだし一緒に帰る?」彼女が後ろ手に持つ袋を指さして聞く。
「私も、そう言おうとしてんだけど、先に言われちゃったね」
「じゃあそれは僕が持つよ」
「ありがとう、司」
今僕の右後ろを歩く彼女は一体どんな表情なのかと、僕はまた少し気になった。
呪いのような愛を アレックス鈴木 @arexsuzuki
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