ギフト 〜The Beginning〜
きょんきょん
宿願
東京郊外に位置する工場跡地、堂島組が所有する解体作業場は様々な用途に使用される。
今日も変わらず、与えられた任務を淡々とこなすだけだった。
「てててめぇ、頭ブッ飛んでんじゃねぇか!? 今すぐこのロープを解け!」
「そんな叫んだところで誰も来ねぇよ」
わけもわからず目隠しをされたまま連れてこられたスカウトマンは、身をよじらせて必死に逃げようと藻掻き続けていた。
パイプ椅子に両手足を拘束されながらも終始暴言ばかりを吐き続けるもんだから、こっちは殺意ばかり膨れ上がっている。
つい数時間前、神奈川県の繁華街を一人で
こっちはテメェの尻尾を掴むのに東京近辺の息がかかった店を虱潰しに探す羽目になっちまったってのによ。
「このクソヤローが」
「ヒィっ!」
怒りのあまり腰のガンホルダーからベレッタを取り出すと、勢いそのままに男の足元めがけ銃弾をお見舞いしてやった。
無駄打ちはするなと堂島さんに口酸っぱく咎められていたが関係ねぇ。炸裂音が倉庫内に反響し、男の情けない悲鳴が遅れて響く。
「ここ、こんなことして……兄貴が許すとでもおもってんのか!」
最初こそは酒の勢いを借りて威勢だけは良かったものの、少しばかりお灸を据えてやるとあっという間に酔いが覚めたようだ。
すっかり人相が変わっちまうほど顔面は腫れ上り、普段は女をソープに沈める為に役立つ二枚目のツラは面影すら残っていない。地面に残された銃痕の側にはインプラントで植えた真っ白な歯が複数落ちている。
精一杯強がってはいたが明らかに声が上ずり動揺を隠しきれていなかった。それでもなお馬鹿の一つ覚えのように看板をチラつかせるのは、なにが起きても自分だけは助かると根拠のない自信があるからに過ぎない。
そのメッキが剥がれたときの表情を想像すると、こんなチンケな仕事にも少しはやりがいを感じるってもんだ。
「そそそ、それ以上やってみろ……本当に命の保証はないからな。若松組の尾花っていやあ、そこらへんのチンピラでもわかんだろ。その人こそオレの兄貴なんだよ」
「若松組ねぇ……その尾花ってヤツのことは知らんが、その兄貴とやらにお前を捕えろと依頼されたこともわかんねぇのかよ」
俺の言葉に一瞬息を呑んだ隙を見逃すはずもない。
ヤクザに弱みを見せたが最後――骨すら食い尽される。
「はぁ? 兄貴がオレを? バカなことを言ってんじゃねぇよ。兄弟の盃をくれるって約束までしてんだぜ。はは……え……まさか……本当に?」
愚かすぎて笑えない。
黙ってゴミ屑のような男を見下していると、じょじょに血の気をなくしてとうとうメッキが完全に剥がれ落ちる。極上の瞬間ってやつだ。
「嘘だっ! なんで俺が……俺はなにもやっちゃいねぇよぉ!」
「本当かぁ? ならなんで若松組のシマで
足取りを掴むまでに証拠は全て握っていた。全て知られていることを悟った男は、それまでと態度を豹変させて命乞いを始める。
「な、なぁ……頼むから助けてくれよぉ」
荒っぽい手段は厳禁と、事前に堂島さんに口酸っぱく言われていたがこうムカつくとやむを得ない――鳩尾めがけ思い切り拳をねじ込んで黙らせてやると、蛇口を全開にした水道のように不愉快な音を立てて嘔吐をした。倉庫内に胃液とションベンがブレンドされた臭気が漂う。
「アホが、ヤクザは慈善事業じゃねえんだよ。テメェもヤクザの看板使うなら覚えておけ」
堂島さんに与えられた今回の仕事は、ウチがケツを持ってやってるスカウト会社に所属している社員を一人捕らえてこい――という内容だった。
気に食わないのが手打ち金として提示された二千万の要求を鵜呑みにしたこと。舐められたら負けだってのに、芋引いてどうするんだよ――
口から出かけた言葉を既のところで飲み込み、命令を受けはしたが。
ナニがあろうが上の命令は絶対。シロかクロか関係なく、必ず遂行しなくちゃならないのがヤクザの掟だからな。
腕時計を確認すると、約束の時間まで一時間を切っていた。
日付を跨いだ瞬間――土の下か海の底か、はたまた溶かされるか定かではないが、片道切符の旅行に出掛けることは確定している。自ら手を下せないのがなんとも口惜しい。
「頼むっ! 何でもするから助けてくれよぉ」
欠伸を噛み殺していると、男は洟水も涙も無様に垂れ流しながら命乞いを始めた。
クソが、最期くらいちったあ根性見せろよ。命乞いをするような人間はとっととくたばっちまえばいいんだ。
精根尽き果てたのか、男は項垂れたまま黙りこくっていた。無人の敷地内に何者かの車が乗り入れてくる音が聴こえると、数台の車が扉の外で止まる音が聞こえた。同時に男の首が跳ね上がる。死刑執行を迎えた囚人のようだ。
ようやく仕事が終わると思ったその時、握っていた携帯電話が震えた。
電話に出ると耳をつんざくノータリンなキャバ嬢の甘ったるい声が鼓膜を震わせ、なにやらいちゃついている堂島さんの声に聞こえない程度に舌打ちをする。
きっと綺麗所を両隣に侍らせてしこたま高い酒を飲んでるに違いない。
「おう、忙しいところ悪いな劉。ちっと話があんだけどよ」
今にも若松組が来るのに、と思わなくもない。
「ウス。なんスか」
スピーカー越しでもアルコールの匂いが漂ってきそうな呂律の怪しい声。
こんなチンケな仕事はさっさと終わらせて、俺もさっさと酒が飲みてぇ。
「そこのボウズを引き渡す話だが、計画変更だ。やってもらいてぇことがある」
「……なにをすればいいんスか」
それから命令が追加された。願ってもいない仕事とその報酬。
通話を終えると、俺の顔を下から覗いていた男は小さく悲鳴をあげ、二度目のお漏らしをしやがった。
まぁいい、どうやら退屈はしなくて済みそうだからな――
時間通りに倉庫に姿を現したのは肥満体の男だった。
「お使いご苦労さん」
俺の姿など路傍のネズミの死体くらいにしか認識していない尾花とやらは、武力よりも知力と狡賢さでのし上がってきたような醜い男だった。
己の力を誇示するように引き連れていた図体ばかりデカい部下五名の計六人――
――下手をふまなきゃ問題ない。
背後に静かに回った俺は、ベレッタの
下卑た嗤い声を上げて、身動きが取れない男をいたぶることに夢中になっている。
俺の野望の礎になる予定の、脂肪が詰まった背中に向けて躊躇うことなく
甘い痺れに酔いしれる。
「ノコノコ姿を現した豚共は蜂の巣にしてやれ」
堂島さんの酒の席には願ってもいない人物がいた。
手打ち金を払うくらいなら徹底的に抗え――その指示の下、俺の足元には計六体の物言わぬ脂肪の塊が転がっている。
「な……なあ……アンタ、こんなことして大丈夫なのかよ。今殺したのは……次期若松組の若頭候補だぞ」
硝煙の匂いが昇る銃口を血の海に沈んだ
「さぁな」
「さぁな、って……今に抗争が始まるんだぞ? 正気じゃねぇよ」
「正気かだと? 正気でヤクザなんてやってられっかよ」
再び掛かってきた電話に出ると、堂島さんとは比較にならない鋭利な声が俺の名を読んだ。
初めて耳にする本人の声に、携帯を握る手に思わず力が入る。
「お前が
「……ええ、喜んで」
――待ってろ、辻堂御幸。お前の首を取るのは俺だ。
ギフト 〜The Beginning〜 きょんきょん @kyosuke11920212
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