第6話 木曜日の電話

 光莉のノートから電話番号が書かれたメモを見つけてから、光莉の母親への挨拶もそこそこにいつもの電話ボックスへと向かった。自宅から電話をかけてしまうと家族に聞かれてしまう恐れがある。きっとどこにかけたのか、相手は誰なのかとそれとなく問い掛けてくるだろう。嘘を吐くのは苦手だ。きっとうまくは誤魔化せない。友人と話している事にしても、そもそも電話をする程仲が良い友人もいないため怪しまれるのが関の山だ。こういう時に友人が少ないと不自由だ。

 小学生である自分はスマホも持っていない。周囲には持っている生徒もいたが、基本的に連絡をとる人間は家族と光莉くらいで必要性も感じず、スマホよりも本が欲しいと強請ってしまった。あの時の自分を呪う日が来るとは思ってもいなかった。消去法として、公衆電話以外に電話をかける術がない。今日は木曜日だが、とりあえずこの電話番号が繋がることだけでも確認したい。体育の授業でしか走ることはせず、筋力も体力もないがなんとか走り続けた。


 久しぶりに走ったせいで息が苦しい。肩を上下させながら、なんとか電話ボックスまで辿り着いた。軋む扉を乱暴に開け、ランドセルから小銭入れを取り出す。中から10円玉を掴み出し硬貨投入口へ押し込んだ。

かたかた、かちゃん。

公衆電話の底に10円玉が落ちた後を確認してから、メモの通りにダイヤルボタンを押していく。

ボタンを押す手が微かに震える。信じているのだろうか、恐れているのだろうか、あの話を。

光莉が居なくなったことにこの電話番号が関わっているとは思っていても、全てを心の底から信じているのかと問われれば、それは否だ。

 受話器の奥で呼び出し音が鳴る。1回、2回、そして3回音が鳴った後、呼び出し音が途切れ、何者きが電話に出た。思わず息を呑む。今、確かに電話が繋がっている。

噂では「返答をすると呪われる」という話だったはずだ。仮に誤ってどこかの家や施設に繋がっていたとして、こちらから名乗らず問い掛けもしないことが失礼であったとしても、声を発する気にはなれなかった。

しかし、しばらく受話器の向こうを伺っていても、声を掛けられることはなかった。

早とちりだったのだろうか。この電話番号も違ったのだろうか。そもそもとして呪いの電話番号の噂すら、本当にただの噂に過ぎなかったのだろうか。そろそろ切ってしまおうかと思い始めたとき、小さな音に気が付いた。それは遠くでぼそぼそと話している声に聞こえた。

切れてしまっては元も子もない。また小銭入れから硬貨を取り出す。受話器を耳につけたまま取り出したせいで10円玉以外の硬貨も混ざっている。手の平でなんとか選り分けると100円玉と10円玉をあるだけ全て投入した。これで暫くは電話が切れることはないだろう。向こう側の音を全て拾うべく、目を閉じ、耳に全神経を集中させる。

『…、………っ、…。』

これは男の声だろうか。低く、もごもごとした声が聞こえる。言葉までは聞き取れない。所々でごそごそとした布が擦れるような音も聞こえる。

本当だったのだ。光莉の話は本当だったのだ。

ぞっと背中全体が冷たくなり、じわりと冷や汗が滲む。声をかけるべきなのか、何か行動を起こした方が良いのだろうか。しかし、もしそれで本当に呪われるのだとしたら。

喉がカラカラと渇く。酸素を取り込もうとしているのか呼吸が浅くなる。どうやら思っていたよりもあの噂を恐れていたらしい。意を決し、受話器を持つ左手にぎゅっと力を込めた。

「…あの、もしもし、聞こえていますか。」

腹からやっとの思いで言葉を捻り出す。

『…。…、………、…。』

一瞬声が止まったかのように思えたが、先程と変わらず男の声はぼそぼそと何かを話している。

「あの、聞こえてますか!」

遠くにいるのかと声を張り上げてみるが変化はない。安堵か落胆か、どちらか分からない溜息が漏れた。溜息が漏れると同時に、全身を強張らせていた力も抜けた。どうやらここで言葉を掛けても意味はないらしい。その後も数回言葉を掛けるが変化はなかった。力が抜けた手で仕方なく受話器を置いた。

実際に呪われるかどうかはわからない。どこに繋がっているのかもわからない。しかし、何かを話している男の声が聞こえるという事だけは事実だった。そしてそれが事実ということは、この電話番号も本物であることの証明にもなる。

水曜日にもまた電話をかけてみたいところだが、まずはこの電話番号から調べてみよう。光莉が辿り着いていたところまで追い付かなくては。気付かないうちに握り締めていたのか、メモはくしゃくしゃになっていた。

 小銭入れをランドセルにしまい、腕を通して背負った。背負うときに少し飛び跳ねてしまうのは何故だろう。自分だけの癖ではないはずだ。

ふと視線を上げると、こちらをじっと見つめる少女がいることに気が付いた。向かいの角から、じっとこちらを見つめてくる。明らかに目が合っていることに違和感を覚え、少し首を傾げると、その少女が慌てて両手を振り始めた。何か話しているようだが距離のせいで聞き取れない。知り合いかと一瞬思考を巡らせるが、記憶に一致する人物はいなかった。忘れている可能性を除けば、関わりがある人間ではないだろう。

こちらが聞き取れないことを察してか、少女が小走りで近付いてきた。距離が縮まることに比例して、自分より身長が小さいこと、しかし年齢は少しばかり上であろうことに気が付いた。持っている鞄はランドセルではなかった。年上の知り合いなど従姉妹くらいである。やはり声を掛け合うくらいの仲ではないはずだ。

「ご、ごめんなさい、急にじっと見ちゃって。あなた小学生?」

「そうですけど…誰ですか。」

警戒していることを告げるようにつっけんどんに言葉を返す。

「あっ!ごめんね、びっくりしちゃうよね。私、和泉中いずみちゅう千葉ちば美月みづきって言うの。少し気になる事があって…。えーと、何て訊けばいいのかな…。」

本人も思考がまとまっていないのか、話す言葉がいまいち的を得ない。顎に手を当てながら首を捻っている。

「うーんと…あぁでも私の勘違いだったら…。」

「はい?なんですか?」

「ごめん!怒らせるつもりはないの!」

はっきりとしないその美月という中学生に苛立ちを露わにすると、意を決した眼差しで見つめてきた。

「もしかして、呪いの電話番号って知ってる?」

知っているも何も、それは現在進行形で調べている怪談だ。この問い掛けはなんなのだろうか。この人も調べているのだろうか。それは興味からなのか、事情があるのか。しかし、自分が知っている以上の情報を知っている事だけは感じ取ることができたのだった。

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声を絶つ 藍ノ 羊 @aino_sheep

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