死縁

 一体、何人の方がここまで読んでくれたのでしょうか。まぁ、読んでも読まなくても結末なんて変わりはしないので、私にとっては関係のないことですがね。

 私は先ほど、呪いが見境なく波及することは止めないといけないと書きましたが、正直どうでも良いのです。誰が呪われようと、誰が死のうと興味なんてないのです。当たり前でしょう、私にはもう関係ないのだから。私が死んだ後の世界など崩壊したところで、痛みも無ければ苦しみも無いのです。

 そう、あの言葉は嘘です。

 呪いなんか止まらなくても良い。

 ただただ、私が呪いの最後の犠牲者になるということが癪に障るだけです。引鉄を引いたのは自分自身であっても、これが正当性のない逆恨みであったとしても、このまま何もせずに死にたくありません。本音なんてそんなものです。この一連の話を残したのも、すべては自分が最後の犠牲者にならないようにするためです。

 これを読んだ人を呪うためなのです。

 呪いを広めたところで、その効力が薄まるとか、死の運命から逃れられるとか、そんな都合の良い話はあるわけないでしょう。呪いを広げることは、自分を含めた犠牲者を増やすこと以外のなにものでもないのです。つまりここにあるのは純粋な悪意のみ。

 では貴方は呪いを広めようとは思いませんか?

 自分だけが理不尽に呪われて苦しむのは納得できますか?

 自分が死ねば呪いは収まると、そう考えていますか?

 因みにこれは私からのアドバイスです。

 納得できないなら、せめて利用すれば良い。嫌いな人間を呪いの環の中に誘い込めば良い。見知らぬ人間も巻き込めば良い。たくさんの人を巻き込めば、その中の誰かは呪いを解こうと、元凶の排除の為に必死で足掻こうとするのではないでしょうか。そうすれば貴方は助かるかもしれない。

 一方で、下らない正義感から呪いを広めず、呪詛の拡散を堰き止めようとしても私にとってはどちらでも良いのですがね。


 それと余談ですが、思い出してください。薬袋家の呪いの条件を。とても単純で、理不尽なあの条件を。

 その条件とは「薬袋家の人間に、薬袋家の人間だと認められた場合」です。

 どうせ薬袋家の人間が皆いなくなれば、呪いなんて無くなります。誰かが意図的に広げない限り、私が先に記したように呪詛が見境なく世の中に広がるわけないでしょう。だって呪いはあの家に、あの一族に降り注いでいるのだから。

 まぁ、あのまま私が余計なことをせずに死ねば呪いは綺麗に消えたでしょうね。

 でもそれでは私が嫌だ。

 納得できない。

 だからこそ貴方に心を込めて呪詛を送ります。

 もう逃げようとしても遅いかな。少しでもこの話を読んだ時点で呪われていると思いますよ。

 ただいまと言っていませんか?

 想像した薬袋家の玄関を跨いでいませんか?

 自分を薬袋家の人物に投影して読んでいませんか?

 それに、そもそもこれは私の家族へ向けた遺書なのですから。

 薬袋家の人間である私が、家族しか読まないと思って書いているのですから。

 ねぇ、貴方は私の家族ですよね。

 えぇ、貴方は薬袋家の人間ですよ。


 最後に一つ忠告を。

 徐々に大きくなる足音には気を付けてくださいね。

 一人で歩く夜道。

 シャワーを浴びる水音。

 布団に入って目を瞑る静寂。

 そこに呪いはあるのだから。

 死は確実に近づいているのだから。


 私たちは、死という黑い糸で繋がっています。

 死という縁で結ばれています。


 親愛なる家族へ、

 呪詛を込めて。








 私にはもう足音は聞こえません。

 だからこの遺書は、明日の夜にはインターネットの海に流れるよう設定しました。真意を悟られ難くするように、少しずつ間隔を空けて、そっと流していきます。素敵ですね、呪いのメッセージボトル。

 私はどうやって死んでいるのでしょうね。この部屋で死んでいるのでしょうか。それとも、薬袋家のあの松の下で死んでいるのでしょうか。自分自身の末路を知ることが出来ないのが、唯一思い残したことかな。

 あぁ、何かが私の左目を手で覆い隠してる。逃げたいのに声も出ないし、足も動かない。

 本当、呪いとか、生贄とかくだらない。ふざけてる。

 祟り神など消えてしまえば良いのに。

 もっと生きたかった。勢い任せに恨まなければよかった。

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさ

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死縁 すぐり @cassis_shino

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