生贄

 縁側から重い死体を引き摺りつつ軟禁部屋へと移動すると、当麻さんを床下へと投げ込みました。彼女の首に巻かれた注連縄と、目に刺さった五寸釘は取り除いて庭の一本松の下に捨てたままとなっています。

 私が彼女に対して出来たことはこれだけです。決して優しさからではなく、僅かな贖罪の気持ちと、死体の傷む姿を想像して起こした行動でした。それに、松の木の下で転がった死体が発見されたら大騒ぎになるでしょう。いや、殆ど人が居ないような山奥ですので、発見されることはないかもしれませんが、それでも事情を知らない人間に発見されるのは避けるべきでしょう。

 たとえ、いくら発見されないとは言え、死体をこんなところに投げ捨てたのです。私も何かしらの罪に問われるのでしょうが、もう関係ありません。どうせすぐ死ぬのです。死の足音が背後まで来ているのですから。

 私は足元の闇に蓋をして、黑く重い空気が漏れ出る薬袋家を後にしました。一体、誰が悪いのでしょうか。生贄を行っていた薬袋家の住民でしょうか。それとも、儀式を始めた過去の薬袋家当主か。将又、薬袋家を呪った私なのか。

 いえ、一番悪いのは薬袋家の祟り神です。

 すべての始まりであり、元凶なのだから。


 家に戻った頃には既に夜中になっていました。

 今日と明日の境界で、私は残された時間を指折り数えたのです。早ければ一日、長くても一週間は無いでしょう。

 私に出来ることは静かに死を待つだけ。今でも私は幻覚を見るのです。床下から伸びた複数の手が、薬袋家の縁側から届く声が、いつまでも私の足を、背中を掴み続けているのです。その手や声が、あの少女や当麻さん、もしかしたら父のものかもしれない。私を彼岸に誘い込もうとしているのかもしれない。何度も何度も魘されては、動悸と吐き気に襲われるのです。それでも私は最期にやらなくてはならないことが残っているのです。そのためにも私はいま、閉じてしまいそうな瞼を必死に開きながら指を動かしています。体の中に流れ込むコーヒーの香りによって、唯一生きていることを実感しながら。

 そこまで無茶をする理由は単純で、私が呪いの最後の犠牲者になるのは何となく癪に障るのです。ただ気に入らない。それだけです。

 では最期の呪いを残しましょう。

 私を呪った当麻さんも薬袋家の背負ってきた業の被害者ではあるのです。色々書き残したいことはありますし、恨みはしますが、責めることは出来ないでしょう。悪いのは薬袋家に憑いた祟り神とやらなのです。当麻さんは薬袋家の祟り神に対抗するために別の神を降ろしたと言っていましたが、たぶん祟り神を荒魂として祀っていただけなのだと思います。何故なら儀式の失敗に起因する薬袋家を護る神による犠牲者と、私の呪いに起因する薬袋家を祟る神による犠牲者が同じなのです。要するにミステリー小説的に言えば、犯行手段が同一の連続殺人なのです。

 つまり薬袋家には祟り神の一柱しか存在せず、生贄を捧げることで祟り神自体を抑えつけていたということ。決して祟り神とは別の神が存在し、薬袋家を護っていたわけではないのでしょう。そもそも祟り神に対抗する和魂を降ろすならともかく、別の荒魂を降ろすなどリスクしかないのです。

 もちろん私の推測に過ぎませんが、それでも私は思うのです。


 呪いの対象となる薬袋家の人間が全ていなくなったら?

 祟り神に生贄を捧げる人間がいなくなったら?


 私は薬袋家の滅亡が祟り神の消滅に繋がるとは思えません。

 対象が消え、虚空へと投げ出された呪いは、薬袋家から見境なく静かに波及していくでしょう。

 そんなことは止めた方が良いとは思いませんか?

 次に誰が呪われるか分からない世界は苦しくないですか?

 だから私は呪いを残すのです。

 誰かが呪いを解いてくれることを祈って……。


 私は薬袋家の人間です。

 私には父も母もいません。

 それでも家族はいます。


 ここまで読んでくれて有難うございます。

 貴方に感謝します。


 あとは私の遺す呪いについてつらつらと書くだけです。

 もし呪いに興味がない方はここまでで大丈夫です。

 見ても見なくても結末なんてもう変わりはしないのですから。


 親愛なる私の家族へ、

 愛を込めて。

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