宇都宮餃子ミステリー紀行

さいとう みさき

 ~ 私を餃子屋さんに連れってって♡ ~


 「謎は全て解けた!!」



 いきなり部屋に入って来て声高々にそう宣言するのは高校時代からの親友だった。



 「うぉいぃっ! 何いきなり入って来てんだよ!? どうやって入って来た! 鍵かけてたはずだぞ!!」



 「それは私のおかげ。妹だと言ったら大家さんが合鍵貸してくれた」




 「羽澄はずみ!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!! ちょっとマテ今しまうから!!」




 言いながら彼は素早くズボンを上げる。

 そしてノートパソコンの画面を閉じて周りのモノを慌てて近くに有ったボックスにぶち込む。



 「忠司ただし、なんかこの部屋海産物の臭いする……」



 「プライベートの事だ! 換気するから入るのちょとマテぇっ!!」


 「既に遅い、貴様の謎は全て暴かれたのだ!」


 「友広ともひろてめぇっ! なんで羽澄はずみまで連れてきた!?」


 「なに貴様の部屋の鍵の謎を解くために連れてきたまでだ」


 そう言いながら彼、友広は靴を脱いでずかずかと部屋に上がって来た。

 後ろから羽澄も靴を脱いで部屋に上がる。



 六畳一間のアパート。


 社会人三年目にして宇都宮営業所に飛ばされた忠司二十五歳は土曜の休みを与えられた社宅の部屋で有意義に過ごしているはずだった。

 

 しかしそこへいきなり親友の友広と羽澄がやって来た。



 部屋は殺風景で、有るのは布団とテーブル、それと脱ぎ散らかされた衣服にコンビニの袋が縛った物がちらほら、それと雑誌などが散乱している。


 パソコンの横にティッシュの箱とゴミ箱が置かれているあたりお楽しみの最中だったようだ。



 「で、お前らなんでいきなり来たんだよ?」


 「いきなりでは無い。先ほどSNSで連絡を入れた」



 ぴろりろり~ん♪



 「今着信したわ! 先ほどじゃねえ、今だろ、今!!」


 「忠司沸点低い。それより約束」


 言いながら羽澄は一枚の紙を出す。

 そこには宇都宮餃子フェスとでかでかと書かれた広告があった。



 「いや、それ中止って言わなかったっけ? あの病気の蔓延防止で中止になったんだぞ?」




 カッ!


 ガラガラどかーんっ!!



 いきなり背景が真っ暗になり、友広と羽澄は真っ白になり後ろに雷を落とす。



 「そ、そんな馬鹿なぁ! 昨日は貴様の給与日で約束の宇都宮餃子食い放題を奢ってもらうはずがぁ!!」


 「酷い、私をもて遊んだのね!!」



 がっくりと肩を落とす二人。

 どうやら忠司の給与日を狙って餃子食べ放題に来たようだ。

 

 「なんで俺の給料日知ってんだ!? それに、大体にしてわざわざ同じ北関東からこんな宇都宮まで餃子の為だけに来るか?」


 「貴様は分かっていない、餃子の尊さを」


 「ついでに聖地である樺崎八幡宮も行きたい」



 友広と羽澄はぐっと親指を立ててそう言う。

 忠司は頭を掻きむしりながら言う。



 「ああぁ、もう、分かった分かった。餃子何ぞいくらでも食わせてやるから! もうすぐ昼だから店行くぞ、店!」



 彼はにこやかに親指をもう一度立てている友広と羽澄にそう言うのだった。



 * * * * *



 「そう言えば、ここ宇都宮で有名な店、セミの鳴き声の様な店に行きたいぞ」

 

 「駅の向こうにお店あった」



 着替えて財布を持ってマスクをして部屋を出ると二人が要望を言い始めた。



 「駅の方はだめだ。あそこは有名過ぎて人が多すぎる。本店が有るからそっちに行こう。上手くすれば並ばずに済む」


 そう忠司は二人を引き連れて歩き出す。

 バスに乗って駅方面に行き、駅まで行かず神社の近くで降りる。



 「ここが聖地。感動」



 「聖地って、あのアニメか? 問題の」


 「PCゲーム全部コンプリートした」


 「おまっ! 女なのにあんなゲームするのかよ!?」


 「好きなものは男も女も関係ない」



 何故かドヤ顔の羽澄。

 思わず忠司は顔に手を当て唸る。



 「相変わらずお前は何考えているか分からん」



 「忠司、それよりセミの鳴き声の餃子屋は何処だ?」


 友広にそう言われ忠司は裏路地かと思うような場所を指さす。

 そこには数人の客が列をなしていた。


 「まだ大丈夫だな、これならすぐに食べられるぞ」

 

 言いながら列に並ぶ。


 

 「ここが本店。水餃子も食べたい」



 「だったら両方喰えばいい。おっと、順番だ」


 言いながら忠司は店に入る。

 そして焼き餃子と水餃子をそれぞれ三人前注文する。



 「餃子を食いに来たならまずはここからだな」



 「セミの鳴き声のような名の店、元は中国北京に住んでいた人。日本に戦後引き上げて来てお店を始める。当時はまだ珍しく創業は昭和三十年頃より。当初は別の店名だったのが今のお店に名前を変えて有名になる。現在の餃子はニンニクの匂いが控えめに加工されていて宇都宮を代表する老舗の一つ」



 羽澄はそう言いながら席で餃子が来るのを待つ。

 すると程無くごま油の香り漂う焼き餃子とぷりぷりの水餃子が提供される。



 「うむ、うまそうだ。それでは早速いただきます!」


 「いただきます」


 「さて食うか」



 三人同時にまずは焼き餃子から手を伸ばす。



 ぱりっ!



 餃子たれをつけてかみしめると焼かれた面が香ばしい。

 そして反対側の蒸された皮がもちもちとして、ジューシーな野菜たっぷりの餡が口の中に広がる。



 「はふはふっ、これはたまらん!」


 「おいしい」


 「あー、ビールも頼みたかったな!」



 それは皮は厚めだが野菜餃子より肉が多く、これぞ餃子と言う物だった。


 

 友広は次いで水餃子のレンゲを手に取る。

 

 真っ白なそれはレンゲで持ち上げ口に運ぶとスルリと入ってゆく。

 皮が厚めなので崩れる事無く口に入り、噛みしめればじわっと旨味が染み出て来る。



 「うむ、これもいける!!」



 「本来餃子は炭水化物、タンパク質、食物繊維とバランスよく摂取できる食べ物。本家中国では餃子を食べる時には新鮮なうちは水餃子が基本。古くなると焼いて上海あたりでは鍋貼とも呼ばれる。そして更にやばくなると油で揚げて熱殺菌を行う。だから中国では油揚げの餃子はなるべく食べない方がいいとされる」



 羽澄はそう言いながらちゅるりと水餃子を口に運ぶ。

 小さい口の何処にあの大きな餃子が入って行くのか不思議なくらいの勢いで餃子を食べてゆく。



 「うむ、うまかった!」


 「ご馳走様。次」


 「まあ、宇都宮来たら餃子の梯子は当たり前か。そうだな、どうせなら変わり種の餃子でも食い行くか?」



 三人とも手を合わせて店を出る。

 そして忠司の発案で次は駅ビルに向かう。



 ここから駅までは歩いて行ける距離だからだ。



 途中で羽澄は大谷石で出来た餃子の女神の横で記念撮影をする。

 横に立つと羽澄の方が小柄なので女神像より小さく映るがご満悦のようだ。




 「さてと、ここでもいろいろな店があるが俺としてはおすすめがこの西遊記の猿の名の店だな。変わり種がある」


 「ほう、ではそこへ行こうか」


 「沢山餃子のお店がある」



 東武宇都宮駅ビルの中には餃子専門店がひしめく場所があり、その中でも西遊記の猿の名前を冠した店に忠司は迷いなく入ってゆく。

 そして席に着き、すぐに注文をする。



 「焼き餃子セット三つと、ビール二つね。あとフカひれある?」



 忠司はそう注文をすると店員はすぐにオーダーを受け引き下がって行った。

 そしてまずはビールが運ばれる。


 忠司は嬉しそうにそれをコップに注いで三人でグラスを持ち乾杯を始める。



 「ぷっはぁーっ! 昼酒うめぇ!! おっと、来た来た!」



 運ばれてきた餃子は大皿に乗っていた。

 そしてそれには特製肉餃子、野菜餃子、シソ餃子、ジャンボ餃子の四種類が入っていた。

 後から湯葉に包まれたフカひれ入り餃子も到着する。



 「さあ、食おう!」



 忠司はそう言ってまずは湯葉に包まれたフカひれ入り餃子から。



 ぱくっ!


 もごもご



 「うーん、以前は普通の餃子皮だったけど、湯葉の方が少しはフカひれが分かるかな?」


 「ふむ、この春雨のようなものがフカひれか?」


 「ぷりぷりの食感は悪くない」



 フカひれを餃子に入れる事はやはり冒険だったのか、三人の反応はそれ程では無かった。

 次いで焼き餃子に手を伸ばす。

 まずは特製肉餃子。

 肉の旨味にこだわった餃子らしい。



 ぱくっ!



 「うむっ! 肉汁があふれ出してこれは旨い!」


 友広はそう言いながらビールも飲む。

 熱々の餃子にビールの相性がたまらなく良い。

 肉餃子特有の脂っこさもビールに洗い流され次々と手が出るほどだ。


 「おいしい」


 羽澄も黙々と肉餃子を食べる。

 この店の人気ナンバーワンは伊達では無いようだ。



 「さて次は、野菜行ってみるか?」


 忠司はそう言いながら野菜餃子を口に運ぶ。

 それは落ち着いたいつも食べているような安心感ある餃子だった。



 「私はこれ好きかも。いつもの感じで落ち着く」


 「うむ、肉も良いが餃子と言うとこういった感がするからな」


 「そりゃぁ、ひとパック百円くらいのばかり食ってるからだろ?」



 まさに国民食の餃子を地で行っているような味だが、安心安定であるのは間違いない。



 羽澄は次にシソ餃子をつまみ上げる。

 この焼き餃子の中でも一番異色である。



 ぱくっ!


 もごもごもご……


 もご…… ごっくん。



 「微妙……」



 「うーん、久しぶりに食うがやっぱりこれって好き嫌い分かれるな?」


 「そうか? 俺は好きな味だが」


 シソの様な香りの強いものはやはり餃子に入ると微妙であった。

 もっとも、シソ好きにはたまらに逸品であることは間違いはないが。



 「さて、それじゃあ最後にこいつだ!」


 忠司はそう言ってビールで口の中を洗い流しながら最後に待っていたジャンボ餃子に手を伸ばす。

 箸で持ち上げるのも少々困難なほど大きい。

 しかしタレをつけ、口に運ぶとその圧倒的な大きさと旨味が口いっぱいに広がる。



 「「「美味い!」」」



 これにはさすがに三人とも大満足のようだ。

 餃子による餃子の為の餃子である主張。


 まさしくこれこそ「餃子」である。



 「ふう、うまかった。流石に腹も膨れてきたな」


 「ああ、昼酒も美味かったし、どうだお前ら満足したか?」



 友広と忠司はそう言いながら腹を擦る。

 しかし羽澄はさっとパンフレットを出してある店を指さす。



 「ここの餃子が食べたい」



 指さす餃子は何処かの男性の名前の様な店名だった。



 「この店か? 確かにセミの鳴き声の店よりちょっとお安いが、野菜餃子がメインだぞ? それに焼きと水の二種類しかないが?」


 「ここも名店。創業五十年を超える老舗」



 羽澄はまだまだ行けると言う感じで二人を促す。

 忠司は仕方なく一番近いその店に二人を案内する。



 「確かに男性の名前の様なこの店も老舗ではあるが、どちらかと言うとあまり変わり映えしない普通の餃子だが?」


 「かまわない。ここも楽しみ」



 羽澄はそれでも行列に並びその店に入ってゆく。

 そしてカウンター席で三人並んで焼き餃子と水餃子を注文する。



 「うむ、流石に腹もきつくなってたな」


 「まあでも、ここは野菜がメインの餃子だから大丈夫だろう?」



 席につきながら友広と忠司は一人前半の注文をする。

 そして半分焼き餃子、半分水餃子と言う知る人ぞ知る注文の仕方をする。

 忙しい時にははばかれるが、今はまだ客が少なかった。


 しかし羽澄はしっかりと二人前と注文している。

 あの小さな体の何処にそんなに入るか不思議に思ったが、目の前に焼き餃子と水餃子が出されるとそんな考えも消え去る。



 友広は焼き餃子に箸をつける。

 そして餃子のたれをつけてから口に運ぶ。



 ぱくっ!



 それは餃子であった。

 知っている何時もの餃子。

 いや、しかし少し違う。

 この野菜多めで肉などほとんど入っていない餃子だが、その味には明確に食欲をそそる味が潜んでいた。



 「なんだこれは? 毎日でも食べれそうな安心感! 焼き餃子の脂っこさが気にならないぞ?」


 「ああ、久しぶりに食べたが確かにセミの鳴き声かここかで地元でも割れるらしい」


 「ここはショウガが効いているからそのインパクトのお陰でたくさん食べれる。餡も野菜がメインでヘルシー」



 毎日食べるならこちらと言う人も多いのではないだろうか?

 その野菜メインの餡はいくら食べても胃もたれせずに済みそうな感じがして、更にショウガのお陰で食欲も促進する。



 羽澄は水餃子にも手を出す。


 

 焼き餃子と同じ餃子でも皮が薄いのでワンタンのようにちゅるりと口に入る。

 皮が破けるがスープと相まってそれはそれでアリだ。



 「これは……普通に二人前頼んでもいけたなかもしれんな」


 「ああ、あっちに比べやや小さ目ってのも助かった。おかげで残さず完食で来たな」



 餃子三昧でしかも宇都宮の老舗二軒も廻れたので満足感たっぷりになっていた。

 しかしここで羽澄はまたパンフレットを出す。



 「まだまだこことここへも行きたい」



 「ちょ、おまっ、まだ食うつもりかよ?」


 「うむ、こちらに来る電車の中で羽澄は既に餃子チップスと餃子味のうんまい棒を食っていた。しかしまだ餃子を求めるとは……」



 大の大人の男二人は既に腹がふくれていて動くのでさえ少々きつくなってきていると言うのに羽澄は最初に見たままの感じだ。

 そして忠司と友広を引っ張って次の店へと行くのだった。



 * * * * *



 「は、羽澄、もう勘弁してくれぇ」


 「ぐふっ、流石に餃子が逆流して来そうだ」



 忠司も友広も羽澄に付き合わされて既に何軒目か忘れてしまう程餃子店を回っている。

 しかし羽澄は全くと言って良いほど変わらずあの紙にバツ印をつけている。



 「次はここ」



 「い、いやもう無理だって!」


 「ぐっ、い、胃薬を……」



 はしっ!



 しかし忠司と友広はすでに限界を超えている。

 そんな二人の首根っこを掴んで羽澄はずるずると二人を引っ張って行く。


 忠司は思わず叫んでしまった。



 「羽澄! お前の何処にそんなに餃子が消えていくんだよ!?」


 「それは秘密。女には知られてはいけない秘密がいっぱいあるの」



 そう言って目元を暗くして「ふっふっふっふっふっ」と笑う。



 「うむぅ、羽澄、お前の餃子愛が此処までだったとは……」


 「おかしいだろ!? あれだけ食ったのにまだ食えるとか!! なんなんだよお前ってっ!!」



 わめく二人は羽澄に引きずられてまたどこかの店へと入ってゆく。





 女には知られてはいけないミステリーがたくさん詰まっているのだった。

 

 

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宇都宮餃子ミステリー紀行 さいとう みさき @saitoumisaki

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