25:目標

 朝。

 陽だまり集落のはずれの草地。


 ナノシャワーとクリーニングで身支度を整えたさくらは、朝日を浴びながら大きく伸びをした。

 そこにALAYAが声をかける。


「一口に近代化というと結構果てしないですよね。マイルストーンと優先度を決めていきましょうか」

「うん。あたしさ、『学校』作りたいんだよね」


 ALAYAがくるりと旋回する。


「さすが博士。教育こそすべての基本。となると、教本ですか」

「そう『教科書』が必要だね。プロメテウスの教えに、こっちの知識も補完して。科目も分けてさ」

「順番としては、まず『紙』の生産量を増やす。そして『活版印刷』ですね」


 さくらが頷く。


「そういうこと。印刷してバンバン広めよう」

「皆に知らしめたい内容と、印刷技術の組み合わせ。西洋社会において聖書が広まった時のロジックですね」

「にひひ。教科書とは別に信仰教義を纏めた物があってもいいかもね」


 ALAYAがカタカタ笑った。


「楽しそうですね、博士。さて、そうなると問題は……学ぶ時間の捻出」

「うん。大人たちは勿論、特に子供たちに時間を作ってあげたい。これも難問やでえ」


 中世的な暮らしにおいて、子供たちは立派な労働力である。

 特に食料の安定供給を目的とした農業の中心の生活では、なおさらだ。


 子供たちが学校に通い、勉強に集中できるようにするには、それだけ労働に余裕がなければ成り立たない。

 大人たちにも、専門的な知識を学ぶ場が必要になるだろう。


「食料を得る効率を上げれば、相対的に労働へ従事する時間は減るはずです」

「まず農業効率だよね。農具の見直し、肥料にも手を入れようか」

「そこは、はい。あとは肉食の毛民のケアですかね」


 鳥を捕るにしても、魚を捕るにしても、狩猟成果の安定化というのはなかなか難しい物である。

 さくらは腕を組んで唸った。


「養鶏しても無精卵しか捕らないし、狩猟じゃ鳥類の安定供給は無理でしょ」

「はい。そうなると漁業の効率を伸ばすしかなさそうですね」


 さくらは中空を見つめて考えながら返す。


「川で魚を釣るにしてもな。釣り具や網の見直し……じゃない、そうか、海洋漁業だ」

「なるほど。船舶・造船技術のほう?」

「それだ。プロメテウスは造船関係に詳しくなかったぽいからね」


 伝承に伝わる造船関連は、せいぜい大木から削り出したボートや、丸太の筏(いかだ)である。

 そのため毛民の社会では海洋進出がほとんど行われていなかった。


 海洋漁業こそ食の安定供給のフロンティア。

 文字通りブルーオーシャンである。


「承知しました。造船ですね。竜骨(キール)の概念から順番に取りまとめておきます」

「ありがと、お願いね」


 そう言った後、さくらの顔がパッと明るくなる。


「あ、色々繋がってきたぞ。そこで重要になるのが『羅針盤』だ」


 造船技術の発展と、羅針盤による航海技術の発展は切っても切り離せない。

 船で遠出ができるようになるのであれば、もとの場所に戻って来られることが必須となる。


 港の誕生、遠方への航海・漁業、そして海洋貿易。

 展望が一気に広がる。


「近代化よくばりセットですね。さらに『蒸気機関』を組み合わせれば、格段にやれることが増えます」

「忙しくなるねえ。言ってみれば『大航海時代』と『産業革命』が一度に訪れることになるよ」


 ALAYAが楽しそうに、くるりと旋回する。


「効率化によって労働の密度を上げるのではなく、生活の余裕と時間の捻出に結びつくように。大人も子供も学べるよう、色々並行してすすめましょう」

「にひひ。ALAYAも楽しそうじゃん」

「はい。楽しんでおります。我々の活動拠点はどこに置きますか?」


 さくらは額をトントン指で叩いて、少し考えた。


「AI研からリモートワークって訳には行かないか。何処か、毛民社会の最大級の集落に常駐でもしないと、たぶん話にならないよ」

「常駐……方策を考えます。差し当たって大きな集落の場所を知りたいですね」

「んじゃ、そこをヒアリングしますか」



◇◇◇



 草原の斜面に連なる、半分埋まったような住居。

 兎族の居住エリア。


(ホ〇ット庄みたいだなこれ……)


 そう思いながらさくらは、首を曲げて丸い窓をのぞき込む。

 何件目かで、住居の奥でミミをあやしているシロップが見えた。


「おおーい。シロップちゃん」

「あ、さくら」


 シロップとミミがこちらに手を振る。

 ややあって、シロップが出てきた。


「どうしたの?」

「他の集落のことを聞きたくてね。一緒に長老宅に行ってほしいんだ」

「わかった。ちょっと待ってね、こちらのご家族に伝えてくる」

「おっけー。先に向かってるよ」


 石畳を歩いて長老宅に向かっていると、ほどなくシロップが追い付いてきた。


「さくら、他の集落のことって?」

「ああ、あたしとALAYAの活動拠点を何処にしようかな、とね」

「なるほど、例えばどんな条件が望ましいの?」


 さくらが考えながら答える。


「んと、例えば『鍛冶屋があって、腕の立つ職人がいる集落』とか」

「はいはい」


「とにかく『沢山の毛民が生活している、大きな集落』とか」

「うん」


「あとは『長老会議が開催されるような重要な集落』とか」

「ああ~」


 シロップは歩きながらクスクス笑って言う。


「じゃあ、もうほとんど決まりねえ」

「へ?そうなの?」


 そんな話をしているうちに、長老宅についた。

 丘を登って来るさくら達に気付き、長老が家の前で出迎えてくれている。


「ほっほっほ。さくら殿。首尾はいかがですかな」

「あ、長老。またちょっと教えてほしくてね。シロップちゃんは『ほとんど決まり』だとかいうんだけど」


 そういいながらさくらは丘の上の大木の下であぐらをかいた。

 続けて長老がさくらの前に腰を下ろすが、さくらに膝の上に座るように促される。


 すると膝によじ登る長老の真似をしてシロップも膝の上に乗ってくる。

 左膝に長老、右膝にシロップ。

 さくらはご満悦だ。


 長老が切り出す。


「ほとんど決まりですとな?何の話じゃろうか」

「さくらってば、腕の立つ鍛冶屋がいるか、毛民が大勢住んでいるか、長老会議が開かれる集落を知りたいというんですよ」

「ほっほ、なるほどの」


 察しの良いさくらは流石に気付いている。


「ああ、皆まで言わんで。それらすべての条件を満たす集落があるってことね?」

「そうじゃの。『霊樹の集落』という」

「私の住んでいる集落なのよ。ここの後、来てくれるって約束だったでしょ。とにかく、この界隈じゃ一番大きな集落なの」

「そういうことね。あとは……冶金、製鉄をやっているのはどのあたり?」


 これには長老が返す。


「東の山中じゃな。良質の砂鉄が採れるでの。陽だまり集落にも、霊樹の集落にも、鉄を卸しに来ておる」

「おっけー。じゃ、紙職人は居るかな?」

「川を南に下った先に、紙職人の小さい集落があるのう。そこも霊樹の集落からの方が、近いかも知れぬな」


 さくらは納得した表情でALAYAに言う。


「決まりだね。長期滞在の場合、電源は? 核融合炉はAI研の地下なんでしょ?」

「考え中ですが、なんとかしますよ。大体、いつまでも博士を草っ原で寝かせておく訳にはいきません。新しい拠点を設けて腰を据えるなら、それなりの準備をします」

「にひひ。お手並み拝見」


 長老がさくらに訪ねる。


「すぐに、立たれますかの?」

「あーっと。シロップちゃんの調査隊のメンツが揃ってからだね」

「なるほどの。それもそうじゃな」

「ええ。陽だまり集落で落ち合う約束なのです。程なくかと思いますわ」


 さくらが結論づけるように手のひらをパンと鳴らしてから、ALAYAに言った。


「よし、隊が合流したら『霊樹の集落』に移動だね」

「承知しました。準備を進めておきます」

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猫の選択と巨神戦争 にんべんもうす @wildwildwest

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