24:説法

 広場は閑散としていた。

 どうやら子供達への説法の時間は終わっているようだ。


 昨夜の宴でさくらが寄りかかっていた石の上に、導師のマルメロがちょこんと座っているのが見える。

 石の前に毛氈が敷かれており、そこに座して説法を聞く形らしい。


 先に着いたベルハイドが毛氈に寝転がって、辺りを飛ぶ蝶を眺めながら、尻尾をパタパタ振っている。

 何をしているやら。


 さくらが声を掛けた。


「ちょっとベルハイド。おばあちゃんに伝えておくって話だったでしょ」

「ウニャ、いや、あの調子でな」


 ベルハイドが指差すので見やると、石の上のマルメロはウトウト眠っているではないか。

 さくらは吹き出した。


「ぶは、寝てる。可愛いな!」

「ばっちゃんもトシだからな、こんなふうに陽にあたってると、すぐ寝ちまうんだ」


 そう言いながら起き上がると、するりと石に昇りマルメロを揺する。


「ばっちゃん、ばっちゃん。さくらが来たぞ。起きろって」

「んむ……ベル坊かえ。なんじゃ、寝ておらん、起きとったで」

「いや、明らかに寝てたろうが。なんでそこ認めないんだよ」


 さくらは笑いながらマルメロを覗き込んで挨拶した。


「おばあちゃん、こんにちは」

「これはこれは、さくら殿。こんにちはですじゃ」


 さくらはパンプスを脱いで毛氈にあがり、あぐらを掻いた。


「説法聞きに来たよ~」

「感心ですじゃ。そこの悪戯小僧に聞かせてやりたいで」


 石から降りたベルハイドは興味がなさそうに、さくらの膝の上に滑り込んで丸くなる。

 その所作は、もはや飼い猫のそれである。


 それを見たALAYAがカタカタ笑う。

 さくらは無言でALAYAにサムズアップした後、ベルハイドを撫でながらマルメロに言った。


「一通り伝承読んだよ。プロメテウスは、巨神の信仰を毛民に伝えたりしなかったんだね。むしろ自由にしなさいと明文化してある」

「ヒョヒョ。その当時、すでに毛民には信仰があったで。それを尊重してくれた形ですじゃ」

「なるほど。どういう思想なの?『示す道に幸あれ』だっけ」


 質問されたマルメロはふむ……と呟いて座り直した。


「先ず、物事は全部繋がっておりますじゃ。『南の集落で虫が飛ぶと、北の集落で雨が降る』なとど言うで」

「ん?」


 さくらは思わずALAYAと顔を見合わせた。


「これって『風が吹けば桶屋が儲かる』的な話かな?」

「そのように聞こえますね。『バタフライエフェクト』とか、そっち系の」

「ヒョヒョ。巨神の文化でも似たような考え方はありますかの。その繋がりを差して『道』とよぶで」


 さくらが腕を組んで言う。


「ふむ。偶発的な物事の連鎖性が『道』か。じゃ、意味合い的には『幸運を』とかになるのかな……。この場合『示す』とは?」

「物事1つ1つは、どちらに転ぶかわからぬで。しかしそれが繋がり道を成すと、意味合いを見いだせますじゃ」

「意味合い。いろいろな出来事から、何らかの意志、運命的な存在を見いだすと言うことかな」


 マルメロが頷く。


「巨神ですら終焉に抗えず、毛民の時代が到来した。その道が示されたですじゃ」

「おお……」

「なればその道を示した者に思いを馳せ、祈りますじゃ。せめて幸多き道を示したまえと。ゆえに『示す道に幸あれ』だで」


 ALAYAがゆっくりと頷くように上下する。

 さくらも合点がいった表情だ。


 毛民達の勃興。確かに、彼等からすると何らかの意志や運命を見いだせる話だ。

 歴史的、生物学的な転換期らしい宗教観とも言えた。


 続けてさくらは腕を組んだまま、片眉を上げて聞いた。


「例えばその、例えばね? 動物たちが毛民になったのは、とある巨神の魔法が理由だったとしたらどうなるかな? 物事1つ1つは偶然じゃ無くて、作為的に流れが決まる事もあるよね?」


 かなり突っ込んだ質問である。

 しかしマルメロは笑顔のまま返した。


「例えそうだとしても、同じ事だで。何故その巨神はそんな魔法を創り出すに至り、何故滅びの最中その魔法を使おうと思い至ったか。それはすでに、どちらに転ぶかわからない物事の繋がりにすぎないのですじゃ」

「ぬあ……」


 さくらは腕組みを解き、こめかみに手を当てて、唸るようにALAYAに言った。


「……なんか、量子力学の確率論と決定論みたいな話になってきたね」

「人に自由意志の在るや無しや、ですか。あれは結局、解釈だけの話ですから」

「量子テレポート通信を使いこなすALAYAがそういうこと言う~?」


 それを聞いたマルメロが笑う。


「ヒョヒョ。そのような難しい話でもないですじゃ。ほれ、先程さくら殿が言っておりましたで。『幸運を』。それくらいの心持ちで良いのですじゃ」

「そうか。結局、幸運を何に祈るか、ということだね。『南無三』『神の祝福を』『フォー○と共にあらんことを』。その系譜か」

「ああ、博士。またそんな古典ネタを……」


 さくらは納得したように頷いた。

 ALAYAのツッコミも流して、次の質問に移る。


「でね、おばあちゃん。信仰に絡む部分かわからなかったので、長老に聞きそびれちゃったんだけど」

「はいですじゃ」

「農作業とか、力仕事が多いよね?そういうとき、お馬さんや牛さんに力借りてないよね。このあたりは、どういう思想なのかなーって」


 マルメロは少し考えた後、言った。


「ふむ? 物言えぬ種族に力仕事をさせないのか、とな?」


 そういう発想自体がないような物言いである。


「それは信仰とは関係ない話ですじゃ。もともと毛民は皆、獣だったで。示す道により一部の種族が毛民と成ったに過ぎないのですじゃ」

「うん」

「毛民となった種族も、全員が毛民となる前は、同種の獣と子を成したで。そこに線引きは無いのですじゃ」

「同種じゃなくても、例えば毛民になっていない牛や馬でも、仲間として捉えているのかな?」

「勿論。集落にはいろんな種族がおるで。それと同じ事ですじゃ。馬や牛と我ら毛民、どれほどの差もありはせぬ」

「おおー」


 さくらは目を丸くした。

 彼等毛民の寛容さと仲間意識は、種族を超えている。

 毛民に成らなかった動物たちにも、その意識が及んでいるのだ。


「よくわかりました。ありがとう」

「ヒョヒョ。お安いご用ですじゃ。他にこのババと話したいことはありますかいな」


 さくらは膝で寛いでいる(マルメロの話は聞き流している)ベルハイドを撫でつつ聞いた。


「じゃ聞きたい事は次で最後。これは信仰関係なさそうなんだけどさ、毛民社会の恋愛、結婚について教えて欲しいの」


 マルメロは静かに目を閉じる。

 しばし経った後、不意にクワッと見開いて答えた。


「恋バナは、得意分野ですじゃ」


 さくらとALAYAは目を合わせて同じ事を思った。


(得意分野なんだ……)

(得意分野なんですね……)


「あたしの友達の子がさ、最近イイ関係になった男がいてね。ソイツがまた煮え切らないらしくて」


 聞き流していたはずのベルハイドが、スッと耳だけこちらに向けた。


「まあ、当人同士の問題なのでそれは良いんだけど、その二人は種族が違うんだ。なので毛民社会での、そのあたりのことを教えて欲しい」

「ヒョヒョ。任せんしゃい」


「オホン」


 ベルハイドが軽く咳払いすると、すばやく膝を降りて、そのまま走り去ってしまった。

 見事な体捌きで、音もなく遠ざかっていく。


「あ! 逃げた!」

「あやつか! 察するに、あの調査隊のお嬢ちゃんと恋仲になったと見たで」


 さくらは吹き出した。


「ぶは、あたり! さすがおばあちゃん!」

「ヒョヒョ」


 逃げていくベルハイドを見送りながら、さくらは座りなおして聞いた。


「毛民の社会では異種族の恋愛は、結構盛んなの?」

「盛んではないですじゃ。昔は『同種族の異性』でしか婚姻が認められなかったで。異種婚は子供ができんから、仕方ない話ですじゃ」


 それを聞いたさくはら腕を組んで呟く。


「子供……そうか……」

「今は認められるようになっておるで。好き合った者同士なら、子を成さなくても良いと。種族は異なっても結婚する者がおる。数は少ないがな」

「子供が出来ないカップル、昔は認められてなかった、数は少ない。ん……何かわかってきたかも。ベルハイドとシロップみたいな異種カップルって、セクシャルマイノリティ分野の話だったのか……じゃ、同性婚は?」

「同性も認められておるで。『同種異性』『同種同性』『異種異性』『異種同性』、全ての婚姻が認められておる」


 さくらは腕を組んで唸った。

 ALAYAも話に乗ってくる。


「興味深い。概念的に人類とは大分異なりますね。『性』だけじゃなく『種』も考慮すべき話ということですね」

「うーん……組み合わせだけでも『同種の男女』『同種の男男』『同種の女女』『異種の男女(ベルハイドとシロップ)』『異種の男男』『異種の女女』か」


 ALAYAが頷く。


「そうですね。バイセクシャルの定義も変わります。人間のように異性愛と同性愛を兼ねる場合にとどまりません。異性愛でも同種と異種を兼ねればバイセクシャル。さらにトライセクシャル、クアドラセクシャルまで行く事も考えられます」

「ああ~。『俺は同種の女も、同種の男も、異種の女も、異種の男も、全部好きだぜー』って言う場合か。そりゃクアドラだわ」


 さくらは苦笑しながら鼻の頭を掻いた。

 ALAYAが続ける。


「もっと言えば、種族も複数在りますからね。例えば『異種の中でも狸族の男性のみが恋愛対象』と『異種すべての男性が恋愛対象』というのは、同じ括りには出来ないのでは?」

「ぬおおおお、理解のキャパを超えそうだ」


 さくらは頭をガシガシと掻く。

 さらにALAYAが続ける。


「そうなると『トランスジェンダー』も狭い考えです。『トランススピーシーズ』が無いと言えますか? 『体は犬族の女性、種と性の自認はムササビ族の男性』となった場合は何と呼びます?」

「うきいいいいいい」


 さくらとALAYAのやり取りを聞いていたマルメロが楽しそうに言う。


「ヒョヒョヒョ。なので、最初に『異種異性婚』を認めろという声が上がった時、もう一切合切『全部自由』にしよう、となったで」

「す、すげえぜ毛民社会」


 色々納得したさくらは立ち上がり、パタパタとスカートを叩いた。


「ありがとう、おばあちゃん。今度またいろいろ聞かせてね」

「ヒョヒョ。でまはまたの。示す道に幸あれ」

「はい。示す道に幸あれ」



◇◇◇



 夕暮れ。

 石畳を歩くさくらが、ALAYAに声をかける。


「決めたよ、ALAYA」

「はい」

「毛民社会の近代化に取り掛かる」


 ALAYAが頷く。


「先程の導師とのやりとりで、思う所がありましたか」

「そうだね。きっと彼等はね……次代の子達なんだよ。毛民への進化が、神の手による物か、遺伝子操作だったのか、そんなのは問題じゃなかった」

「はい」

「仲間としてのくくり、その概念、その範囲が、種族を超えている。彼等は性別どころか種族すら超えて愛し合うの」


 ALAYAは深く頷き、少し楽しそうに言った。


「信じがたい寛容さですよね。種族の違いから来る違和や軋轢もあるはずなのに。その全てを許容している」


 おおらか、寛容。毛民の懐の広さは、人類の比ではない。


「うん。毛民ならきっと、近代化の負の側面を乗り越えてくれる。きっと人類では成し得なかった、発展と平和を両立させてくれると思う」

「同意します」


 さくらは意を決したように大きく息を吐いた後、ジト目でALAYAを指で突いた。


「あたしが決めるまで、あまり口挟まないようにしてたね?」


 言われたALAYAはカタカタ笑った。


「勿論です。博士がどうなさりたいか。私にとっては、それが大事なのです」

「さいですか。じゃあ、決めたからには毛民社会近代化大作戦。手伝って貰うよ」

「承知しました」

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